第38話「戦争の魔術師たち(2/3)」
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それから少しして、味方の『南東砦』にいるナーシアからまた報告があった。
『敵軍33人来たよ。こっちが36人いたから、がっかりして帰っていった』
トッシュが不満そうに言う。
『そこは防衛成功とか、敵33人を撃退とか、もっとかっこよく言おうぜ』
どうでもいい。
『事実だけ伝われば十分だ。ありがとうナーシア。味方全員に、俺のいる平原まで戻るように命じてくれ』
『はぁい。でも本当に大丈夫?』
大丈夫だと思う。
この結果、しばらくすると兵の配置はこうなった。
【第2局面】
■黒城(21)
■北西砦(33) ■北東砦(33)
敗走中↑(33)
白軍本陣(60)
□南西砦(0) □南東砦(0)
□白城(0)
敗走した敵部隊は自軍の『北東砦』まで強制的に退却させられる。それまでは「指揮系統が喪失している」という設定で0人扱いだ。
帰還後、彼らは守備隊と合流して66人の兵力になる。
『敵はこちらがまだ「南東砦」にいると思っている。だから今度は66人で攻撃してくるだろう』
なんせこちらは60人しかいないので、それを防ぐ方法がない。
『もちろん敵が違う行動を取る可能性もあるが、どちらにせよこちらの居場所はバレた。敵の持つ情報を無意味にするため、「南東砦」にいる味方はすぐに動かす』
追加で兵を送っても前述の通り無駄なので、いっそ潔く拠点を放棄する。
『トッシュ、「北西砦」にいる敵兵33人はどうだ?』
『まだ動いてないぜー。ぶっちゃけ暇だ』
『伝令の出入りも見張っておけよ。伝令が動いたらすぐに報告しろ』
『おう』
お互いの西側の『砦』同士も隣接しているので、敵がこちらの『南西砦』に進軍を開始するかもしれない。こちらの用兵が予定通りに進めば、それを迎撃できる可能性があった。
やがてトッシュが報告してくる。
『敵の「黒城」から伝令が来たみたいだ。あ、「北西砦」の敵が動き出したぞ! たぶん「南西砦」に向かってる!』
『予想通りだな。すぐに「南西砦」に援軍を36人出す』
兵の再集結が終わったので、こちらは戦場中央の平原に60人がいる。
味方の『南西砦』を防衛するために3個小隊36人を派遣したところで、マリエから連絡が入った。
『こちらマリエ。敵の「北東砦」に敗走部隊33人が帰還したわ。まだ動いてないけれども、かなりざわついているようね』
『動きがあればすぐに知らせてくれ』
まさかとは思うが、こちらの『白城』に66人で大攻勢をかけるかもしれない。その場合は2個小隊24人を『白城』に戻して迎え撃つ。『城』は3倍の兵力差がないと陥落しないので、これで迎撃可能だ。
ただ、『北東砦』にいる敵は伝令を本陣に送ったらしい。総大将への報告を優先させ、次の指示を待つようだ。まさか撃退されるとは思っていなかったからだろう。
「サフィーデの近衛兵は、やはりよく訓練されているな」
俺が腕組みしながらうなずくと、味方の近衛兵たちがフッと笑った。
「もちろんさ、小僧。俺たちは王室を護る最強の盾だからな」
「ではこちら側の活躍も期待しているぞ」
勤勉で規律正しいのは間違いないんだけど、傭兵や諸侯の私兵と違って実戦経験が乏しそうなんだよな。そこが心配だ。
しばらくすると、『北東砦』の敵兵が予想通り再侵攻を開始した。ただし予想していたのとは違い、66人全員が進軍してくるようだ。
『61人いれば確実に勝てるのに、どうして66人で来るのかな?』
ナーシアが不思議そうにしているので、俺は自分なりに予想を立てる。
『あっちは部隊を細かく分割すると、命令や報告に使う伝令が足りなくなる。だから非効率だとわかっていても兵を束ねて運用するしかない』
『あ、そっか』
もちろんそれ以外の理由も考えられる。
『あるいは「南東砦」を確実に占領した後、そのまま一気に「白城」を攻め落とすつもりかもしれないな。城の防御力は通常の3倍だから、兵はありったけ必要だ』
『あー、それは怖い……』
相手の腹は読めないが、こちらは相手の出方を見てから兵を動かせるので何とかなるだろう。
こうして、こちらの『南西砦』と『南東砦』がほぼ同時に攻撃されることになる。
【第3局面】
■黒城(21)
■北西砦(33) ■北東砦(66)
↓進軍 ↓進軍
白軍本陣(24)
□南西砦(36) □南東砦(0)
□城(0)
『ジン、大丈夫なんだろうな?』
スピネドールが冷静に問いかけてくるので、俺は答えた。
『問題ない。こちらの「南東砦」は敵にくれてやる。代わりに敵の「北東砦」をもらう』
俺は残っている味方に命じた。
「誰か1人で敵の『北東砦』を攻略してきてくれ。敵の守備隊が残っていないから、1人送れば占領できる」
「おいおい」
「一騎駆けで敵の砦を攻め落としたとなれば、例え演習でも自慢できるぞ?
近衛兵たちは顔を見合わせたが、まんざらでもなさそうだ。
「じゃあ俺が」
「いや待て、俺だ」
「お前らは走るのが遅いだろう。俺に任せろ」
俺はうなずく。
「行軍速度は重要だ。足の速い者がいい。往復の早駆けができる者で頼む」
「よっしゃ、任せとけ」
脚力自慢らしい近衛兵が、ガッツポーズをしてみせた。
おっと、大事なことを忘れていたぞ。
『アジュラ、兵を1人だけこちらに呼び戻してくれ』
『1人だけ?』
『そうだ。入れ替わりに、こちらから敵の「北西砦」に1人だけ兵を進軍させる』
『意味がわかんないんだけど……』
敗走中の敵と同じ街道を歩いて攻め込む訳にはいかないからな。
こうして、戦況はさらにややこしくなる。
【第4局目】
■黒城(21)
□北西砦(1) □北東砦(1)
敗走↑(33)
白軍本陣(23)
□南西砦(35) ■南東砦(66)
□白城(0)
敵はこちらの『南東砦』を66人がかりで攻め落とした。守備隊は0なので無駄な動員だ。
一方、こちらは相手の『北東砦』を1人で占領する。お互いの東側砦を交換した形だ。
そしてこちらの『南西砦』を攻撃した敵は、撃退されて『北西砦』に逃げ戻る。
だがそこは俺たちに占領されているので、戦力復帰の条件である「自軍の拠点」ではない。奪い返そうにも彼らの兵力は0扱いなので、こちらの兵が1人いるだけでも勝てないのだ。
従って彼らはさらに敗走し、『黒城』まで戻ることを余儀なくされる。
そのことに疑問を感じたのか、ユナが口を挟む。
『兵力ゼロだとしても、やっぱり33人を1人で追い返すのって変な気がしますね』
『実際の戦争では、この数百倍の兵を動かすからな。北西砦を守っているのは数百人の守備隊だ』
敗走中の敵は多数の死傷者と脱走者を出しており、指揮系統が崩壊しているという設定だ。
それとこの実験は通信網の威力を検証するためにやっているので、実戦のリアリティはそこまで重要じゃない。同じことは相手もできる。
俺は空を見上げ、太陽の傾きを見た。
「時刻は昼過ぎか。『黒城』にいる兵が今から出陣しても、日没までにはこちらの『白城』にはたどり着けないな」
問題はこちらの『南東砦』を占領し、今も健在な敵兵66人だ。あれがこちらの『白城』に攻め込んでくると、防衛に兵を回す必要が出てくる。
『ナーシア、南東砦の敵はどうだ?』
『さっき本陣に伝令を送ったみたいだけど、それからまだ何もしてないみたい』
敵の各小隊は偵察や伝令に使う騎兵を1騎ずつ随伴している。相手は2個小隊なので伝令に1騎送って、残りは1騎だ。
こちらの『白城』にいるユナが発言する。
『その人たち、もしかしてこっちに来ますか?』
『可能性はあるな。敵は「白城」に兵が12人しかいないと思っている。実際は1人もいないんだが、とにかく攻略が可能だ。ただしすぐには動かないだろう』
『なんで?』
そう発言したのはトッシュだ。俺は説明する。
『侵攻してきた敵は後方の様子が全くわからない。後背の「北東砦」を占領されたことにも気づいていないだろう。ただ、白軍36人がどこかに移動してしまったことはわかっている』
戻るべきか進むべきか、判断材料がなくて困っているはずだ。
小隊長たちは総大将の指示を仰ぎたいはずだが、なんせ連絡に時間がかかる。
そして時間をかければ俺たちがどんどん兵を動かしてしまうことにも、そろそろ気づいているはずだ。
さて、どうする?
俺も彼らの出方は不明なので、固唾を呑んで様子を見守る。
するとナーシアから報告が来た。
『敵が全軍で「白城」に進軍を開始したよ! 急いで!』
『心配するな』
こちらは戦場の中央に陣取っているので、どの拠点にも短時間で移動できる。
俺は近衛兵たちに命じた。
「ここにいる23人のうち22人で『白城』を防衛する。1人は『南東砦』の奪還に向かえ」
「一騎駆けの好機だ、今度は俺に任せろ! 足なら自信がある!」
近衛兵の1人がそう申し出たので、彼に『南東砦』の奪還を任せることにした。
【第5局面】
■黒城(54)
□北西砦(1) □北東砦(1)
白軍本陣(1)→↓進軍
□南西砦(35) ■南東砦(66)
↓進軍
□白城(22)※防御力3倍
これで『白城』の防衛と『南東砦』の奪還は両立できるだろう。
問題は敵の『黒城』にいる54人の動向だ……。