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第37話「戦争の魔術師たち(1/3)」

037


 それから何日か経って、「魔術師による通信網」の評価試験が始まった。

 サフィーデ軍とベオグランツ軍を想定した演習部隊が、お互いの拠点を奪い合う。

 拠点はマルデガル城近郊の農村から6つ選んだ。一辺がおよそ50アロン(5km)の六角形になるようにしている。



【演習地図】

黒軍(■)……120人+伝令7騎

白軍(□)……60人+魔術師7人


      ■黒城


■北西砦      ■北東砦



□南西砦      □南東砦


      □白城



 俺は通信兵の1人だが、サフィーデ軍の総大将でもある。責任重大だな。

 まずは魔術師たちの配置状況を確認しておこう。

『各員、配置についたか?』



『こちらトッシュ! 北西砦に張り付いてるぜ! 敵兵30人ぐらい見つけた!』

『スピネドールだ。敵の黒城に到着した。敵兵21人。正確に21人だ』

『マリエよ。敵の北東砦を監視中。敵は数えにくかったけど、およそ60~70人ね』

 よしよし、順調だな。事前の予想通りの部隊編成で、ちゃんと120人いるようだ。



『こちらアジュラよ。南西砦にいるわ。敵影なし。味方もいないけど大丈夫なのこれ?』

『ナーシアも南東砦に着いたよ。敵いないね。こっちも守備隊ゼロ』

『ええと、ユナです。味方の白城です。敵は見当たりません。味方の兵隊さんは12人です』



 配置が完了したな。

 魔術師たちはこのまま日没の実験終了まで、持ち場で定点観測をするだけだ。



 演習といえども女の子たちを何十アロンも遠くに出すのは心配だったので、男子たちとマリエを敵陣に送ったが、人選にいささか不安が残る。



 そのトッシュが念話でこう呼びかけてきた。

『なあジン、こっちの本隊は今どこにいるんだ?』

『そういえば、白城に12人いるだけみたいだけど……』

 ナーシアも不思議そうにしているので、俺は答えておく。



『平原の真ん中に48人まとめて配置している。砦は2つとも空っぽだ』

 その途端、マリエ以外の全員が驚きの声をあげた。

『おいジン、それは本当か!?』

『守ってないのかよ!?』

『ちょっとジン、大丈夫なのそれ!?』



 おいよせ、ログが流れる。

『確かに従来の兵法ではありえない用兵だが、それを可能にするのがお前たちの念話だ。1人でも欠けたら負けるから、みんな気を引き締めろよ』

『言われなくても引き締まりまくりだよ! こえーよ!』

 トッシュは元気だなあ。



 俺は安心して、目の前にいる味方の兵士たちに告げた。

「事前の予想通り、敵は拠点の『黒城』に21人を配置し、本陣としているようだ。残り99人が3つの小隊に編成されている」



 外見は10代の俺だが、そんな俺の言葉を兵士たちは直立不動で聞いている。

 彼らは王室直属の近衛兵なので規律は抜群だ。



「よって、我が軍は予定通り60人を5個小隊に分けて運用する。個々の小隊では敵と交戦する能力はないが、3個小隊36人になれば敵の1個小隊33人に勝利できる」



 そして1個小隊12人の兵力があれば、敵の1個小隊33人が『白城』を狙ってきても撃退できる。敵が2個小隊66人を送ってきても、こちらも2個小隊24人までは防衛に回せる。



『白城』を落とされると問答無用で敗北なので『白城』だけは死守しなくてはいけない。

 他の拠点は奪われても奪い返せばいい。



「俺の第1小隊は遊軍としてここに留まる。第2から第4小隊は開戦と同時に我が軍の『南東砦』に全速で移動せよ」

 近衛兵たちは無言で敬礼した。



 すると味方の『南東砦』にいるナーシアが質問してくる。

『ここが最初の戦場になるの?』

『そうだ。南東と北東の砦は50アロンしか離れていない。敵は自軍の北東砦に66人、つまり2個小隊を配備した』



 片方は侵攻部隊、もう片方は後詰めを兼ねた守備部隊だろう。

『敵も既に斥候を放って、こちらの各拠点の兵力は確認している。今頃は本陣への帰途に就いているはずだ。南東砦が空っぽなのを見れば、予定通り1個小隊33人を送ってくるだろう』



 敵は騎兵による偵察と伝令を行う。

 本陣である『城』と各拠点はどれも約50アロン、そしてこちらの拠点とは約85~100アロンぐらい離れている。城や砦は相互の連携が重要なため、実際の間隔もだいたいこんなものだ。



 そしてこれぐらいの距離になると、さすがに騎兵でもすぐには駆けつけられない。特に双方の『城』同士は100アロンも離れている。

 軍馬は屈強だが競走馬ほど速く走れないので、100アロンなら半時間ほどかかるだろう。長距離の移動だと襲歩で走り続ける訳にはいかない。



 この時間の差が、こちら側の大きな優位性だ。

『敵将がこちらの兵力配置を把握し、戦術を立て、進軍を命じるのには相当な時間がかかる。だがこちらは一瞬だ。味方の南東砦に3個小隊36人を送ったので、ナーシアは報告を欠かすな』

『うん、任せといて』



 すると敵の『北東砦』を監視しているマリエから報告が入る。

『敵が動き出したわ。33人が南東砦に進軍を開始したようよ』

『違う場所に向かう可能性がある。各員監視を怠るな』



 さて、そうなると今の兵力配置はこんなもんか。



【第1局面】


      ■黒城(21)


■北西砦(33)      ■北東砦(33)

              ↓進軍(33)

      白軍本陣(12)

□南西砦(0)      □南東砦(36)


      □白城(12)



『ユナ、味方の「白城」にいる兵士12人を、平原にいる俺のところに移動させてくれ』

『わかりました。でもそれだと「白城」が空っぽになっちゃいませんか?』

 ユナは不安そうにしているので、俺はなるべくわかりやすく伝える。



『「白城」が空っぽだと敵が気づくのは、開戦からずっと後だ。帰還中の敵騎兵が本陣に到着した後、次の偵察を送って往復で200アロンの距離を移動する必要がある』



 だから敵将が『白城』が無防備だと気づくのはかなり後になる。おそらく昼前になるだろう。

 そこから敵が進軍を開始しても、『白城』への到着は午後になる。こちらに対応する余裕は十分にある。



『日没までの時間と兵の進軍速度を考えると、お互いの「城」を狙うのは得策ではない。この戦いは4つの砦のうち3つを奪った方の勝ちだ』

 敵将がそれに気づいていたとしても、やはり本陣である『黒城』は堅守するだろう。



『兵法の常識では、劣勢側は正面からぶつかっても勝てない。当然、本陣への奇襲は有効な選択肢になる。だから優勢側は本陣の守りを忘れない』



 まともに兵を動かして戦っても、戦力差が2倍では勝ち目が薄い。だから敵の『城』への捨て身の全軍突撃もありえる。

 ……と、敵将は考えるだろう。同じ立場だったら、俺だって同じことを警戒する。



『敵は「黒城」に21人の兵を常に置かざるを得ない。送った兵を呼び戻すには伝令だけでもかなりの時間がかかる。俺たちの奇襲に間に合わない可能性が高いから、本陣の守備隊21人は動かせない。残る99人が実質的な戦力だ』



 すると横からアジュラが納得したように言う。

『確かにそうね』

『だがこちらは魔術師による即時通信で60人全てを動かせる。実質的な戦力差は2倍ではない。1.65倍だ』



 おおむね100対60。これぐらいの戦力差で勝利した戦争は、歴史上いくらでもある。

『敵がこちらの予想通り33人ずつの3個小隊を編成しているのも、偵察や命令に時間がかかって複雑な戦術ができないからだ。敵の動きは鈍い』



 なんせ「敵の様子はどうかな?」と思っても、騎兵を出して、その騎兵が戻ってきてようやく情報が手に入る。

 そこから味方にまた騎兵で命令を送る訳だが、騎兵はこちらの魔術師と同数の7騎しかいない。

 部隊数を増やし過ぎると、各部隊に命令を送る騎兵が足りなくなる。



 だから動かせる部隊はせいぜい3つだ。それぞれの部隊に命令を送る騎兵を3騎、常に本陣に待機させておかねばならない。

 残る3騎は各部隊に随伴して偵察や本陣への報告を行う。

 部隊を1つ作るのに騎兵は最低2騎必要になるので、余った1騎は予備の伝令として本陣に待機だろう。



 これ以上細かく部隊を分割すると、何かあったときに伝令不足で合流できなくなる。兵をあまり細かく分けないのは古来より兵法の鉄則だ。もっとも今後は変わるだろうが。

 すると何かに気づいたのか、トッシュが口を開いた。



『なあジン、実はこの条件ってひどくね?』

『連絡要員はどちらも7人。実に公平だな』

『お前って……』

 大人は狡いんだよ。



 こんな実験しなくても、魔術師によるリアルタイム双方向通信が強力なのは明らかだ。実は実験とも呼べないデモンストレーションなので、てきぱきやってもっと有益なことをしよう。



 やがて味方の『南東砦』にいるナーシアから、第一報が届く。

『味方が36人到着したよ。敵はまだ来てない』

『わかった。敵の攻撃を待ち受けろ。ただし』

『ただし?』



『敵を撃退したら、すぐに味方全員を退却させてくれ』

『なんで!?』

『機動防御を行うからだ』

 今日は歩いて歩いて歩きまくるぞ。


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