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第32話「第1次サフィーデ防衛戦」

032


 俺は『飛行』の術で低空を一気に駆け抜け、敵最前列の射程圏内に突入した。

「遠からん者は音に聞け! 近くば寄って目にも見よ! 我こそはマルデガル城の魔術師、スバル・ジン! サフィーデ領には立ち入らせん!」



 ポーチの中からカジャがぼそっと言う。

「名乗りがめっちゃ古いですよ、あるじどの」

「いや、サフィーデの名乗りを知らんのでな」

「そもそも今って、戦争で名乗りをあげるんですかね……」

 言われてみれば、『書庫アーカイブ』の近代戦争では誰も名乗りをあげていなかった気がする。



 少し顔が熱くなってくるのを感じつつ、俺はやけくそ気味に叫ぶ。

「さあ、俺を撃ってみろ!」

 さっきと違い、今度はベオグランツ軍も本気だ。威嚇射撃のおかげで、こちらに十分な武力があることがわかっている。



「撃て!」

 小隊指揮官の号令と共に、敵の銃弾が横殴りの豪雨のように……と表現してあげたいが、実際はバラバラと飛んでくる。

 各小隊は50人だから、同時に飛んでくるのは50発。俺を射程内に収めているのは、せいぜい3個小隊程度だ。



 俺は魔力を使って物理的な力場を展開する。『盾』の術だが、俺は平面ではなく円錐形の力場を作った。

「あるじどの、この変な力場はなんですか?」

「避弾経始といってな。銃弾や砲弾を効率的に防ぐ形状だ」

 垂直ではなく斜めに受けることで、銃弾の運動エネルギーを分散させるのだ。こうすれば防御に回す魔力を節約できる。



 銃弾が俺めがけてバンバン飛んでくるが、全て手前で逸れてどこかに飛んでいく。味方が大勢いると流れ弾になってしまうが、今は俺1人だから被害は出ない。

「カジャ、総弾数と命中数を報告しろ」

「えー……136発です。力場に接触した弾のうち、命中する弾道を取っていたものは7」

 3個小隊150人の斉射だから14発ほど足りないが、不発や撃ち遅れだろう。あるいは小隊の定員割れか。



「ふむ、1アロンだと命中率はそんなものか。その記録はただちにゼファーに送れ」

 戦列歩兵は集団戦を想定した戦術なので、単騎で突っ込んでくるヤツに当たる弾はごくわずかだ。距離も遠いから、7発当てているだけ偉いとも言える。

「もう1回撃たせてみるか」

 俺は『雷震槍』を振り回してバチバチと火花を飛ばしながら、彼らを威嚇する。



「どうした、当たらんぞ!? さあ撃ってこい!」

「あるじどの、なんか神話の戦神みたいになってますよ」

 俺は真面目にデータを取ってるだけなんだ。



「両翼の小隊が突出して半包囲されています」

「しょうがない、力場の形を変えるか……」

 次の斉射は、前進してきた敵小隊が増えてさらに激しかった。

「何発当たった?」



「332発中、命中したと思われるものが18です」

 1アロンの距離では、人間大の静止目標に対しても命中率は1割には届かないようだ。

「やはり小さな的には当てづらいか。もう少し命中するかと思っていたが……」



「あと、再発射までの所用時間は22.4拍(秒)でした」

「戦場で戦うには十分だが、少々遅いな。それもゼファーに送っておけ」

 もし俺がここで戦死しても、ここで得た貴重なデータはゼファーが活用してくれるだろう。



「さて、情報収集のフェイズは終わりだ。こいつらを追い払うぞ」

「実験しながらですよね」

「その通りだ」

 今回は電気着火の実験だ。



 俺は事前詠唱プレキャストしておいた『放電』の呪文を発動させる。威力はなるべく抑え、その代わりに範囲を最大化しておいた。

「さてどうなるかな?」

 次の瞬間、敵陣全体がボワッと青白く発光した。



 あちこちで銃が暴発する音が聞こえてきて、兵士たちが必死の形相でコートを脱いでいる。弾薬ポーチや肩ベルトが燃えているからだ。

「あれ? 爆薬なのに爆発しませんね」

「黒色火薬は低速で爆燃するだけだ。よほど大量か、密閉されていなければ爆発は起きんよ」



 ベオグランツ兵たちはゼオガの銃兵同様、1発分の火薬と弾をセットにしたものを紙に包んで携帯している。あれはゼオガ銃術の秘伝だった「早合」、つまり紙薬莢の一種だ。

 この紙薬莢は金属薬莢と違って密閉されていないし、爆発性の高い雷管もついていない。だから着火しても燃えるだけで済む。



「カジャ、敵の戦力分析を」

「えー……あ、はい。見た感じ、ほぼ全軍の紙薬莢に引火しているようです。戦闘可能な銃兵が見当たりません。輜重隊の弾薬に引火、誘爆しました。ベオグランツ第1次先遣隊の脅威度、急激に低下」

「次もこれで電気着火してやればいいな」

 追っ払うだけなら簡単そうだ。



「これでおとなしく帰ってくれればいいんだが、そうもいかんだろう」

「でも敵側には弾薬がありませんよ?」

「戦争は鉄と肉で行うものだ。彼らには銃剣と肉体がある」

 敵の指揮官はまず間違いなく、銃剣突撃を命じるだろう。



 案の定、敵歩兵は銃を構えて俺に殺到してきた。

「あるじどの、敵歩兵およそ100が接近中。2個小隊と思われます」

「小隊長が独自の判断で命じたようだな」



 もう戦の決着はついている。彼らがここで俺を倒したところで、弾薬の大半を失った以上、補給を受けられる地点まで退却せざるを得ない。無駄な争いだ。

 とはいえ、俺を倒さずに退却というのも指揮官としては難しいだろう。責任問題になりかねない。



「軽くあしらっておくか」

 雷震槍の穂先と竜の両翼を模した刃が、青白い火花をバチバチと散らす。なるべく手加減してやりたいが、電圧の加減が難しい。それにこちらもそんなに余裕がある訳ではない。



 100人ほどの敵兵が、銃剣刺突で俺に肉薄する。

「びびるな! 相手はたった1人だ!」

「突っ込めーっ!」

「うわああああぁーっ!」

 銃に取り付けられた銃剣を必死の形相で繰り出してくる。気迫と勢いは十分だ。



 こちらも油断すれば殺される。本気でやるしかない。

「では参る」

 俺は事前詠唱しておいた魔法をいくつか解放し、筋力・持久力・動体視力を底上げする。さらに身体能力を限界まで引き出すため、アドレナリンを分泌させた。



 戦闘態勢を整えた俺は、雷震槍で敵の刺突を片っ端から払い流す。

「槍術の基礎がなっとらんぞ」

「ぐえっ!?」

 雷震槍の電撃は銃を伝わって敵兵を感電させる。



 普通の槍と違い、火縄銃は鉄の銃身を持つ。銃剣戦闘では剥き出しの銃身を握るので、この電流を防げない。

 だから雷震槍で敵の銃剣を受け流すだけで敵兵は悶絶する。



「槍衾は突出してはいかん。そこを破られる。歩度を合わせ、同時に突くのだ」

「ぎゃあっ!」

「いぎっ!」

 雷震槍の電撃自体は非常に強力なので、あんまり手加減できている気がしない。みんなバタバタ倒れていく。生死不明だ。



「あるじどの、戦争嫌いなんですよね?」

「嫌いだが?」

 嫌いなのでさっさと終わらせて帰りたい。

 それに長時間戦い続けると、こちらも集中力と魔力が尽きてしまう。迅速にケリをつけよう。



「ぬぅんっ!」

 雷震槍を横薙ぎにして放電させると、周囲に青い雷光がまき散らされる。数十人がまとめて感電した。

「ぎゃっ!?」

「うわぁっ!?」

 ベオグランツ兵たちが折り重なって倒れていく。



 するとそのとき、カジャが急に報告する。

「両翼の騎兵が動き始めました」

「厄介だな」

 騎兵も馬が放電に怯えて大変だったはずだが、態勢を立て直したようだ。白兵戦なら騎兵の方が圧倒的に強い。



 彼らがどんな命令を受けているのか、俺にはわからない。

 もし俺を無視して強行偵察をされた場合、俺の後方にサフィーデ軍がいないことがバレてしまう。それは非常に困る。



 切り札を使うときのようだ。

 俺はマリアムから預かった呪符を取り出すと、地面に投げた。マリアムに教わった解放の言葉を唱える。

「命よ、命ずる」

 呪符の魔力が解放され、竜茨の若木たちに力が宿った。



 竜茨の若木はみるみるうちに背を伸ばし、周辺に鋭い茨を広げる。

 マリアムの専門は生命を操る魔法だ。人間を若返らせることに比べたら、植物の生育を早めるなど造作もない。



 猛スピードで駆けていた騎馬たちは、竜茨が壁のように伸びていくのを見て慌てて減速した。さすがに飛び越えられる高さではないだろう。

 しかも竜茨は狭い間隔で2列に植えているので、1列目を飛び越えても2列目は助走なしで飛び越えねばならない。不可能だ。



 茨の壁の隙間から様子を見ていると、騎兵たちはしばらくうろうろした後に引き返していった。幸運にも無駄な殺生をせずに済んだようだ。



 ふと気がつくと、ベオグランツ兵の大半は遥か遠くに後退しつつあった。どうやら撃退に成功したらしい。

「ふむ」

 俺はつるんとした顎を撫で、それからあちこちに倒れているベオグランツ兵を見下ろす。



 『雷帝』で倒れた者もいれば、味方の銃の暴発で撃たれた者もいるようだ。『雷震槍』の電撃でやられた者も多い。

 戦場に倒れているのは数百人。死者が出ているのはほぼ間違いないが、生存者もそれなりにいるだろう。



「あるじどの、まだ生存している敵が多数います。どうしますか?」

「戦は終わった。もう殺すな。落ちている銃は全て接収する」

 落ちている銃も数百挺ある。鉄錆平原の土にしてしまうのは惜しい。



 ゼオガの戦作法では、打ち負かした敵兵からの戦利品は名誉ある収入だ。

 そしてゼオガの戦作法に従い、生き残った強者は敬意と慈悲をもって遇しよう。

 俺は『念話』でマリアムに救護を依頼する。



『マリアム、すまんが少々しくじった。外傷の手当を頼む。急いでくれ』

『どうしたの!? すぐに行くから、傷を押さえて止血してて!』

 滅多に聞けない妹弟子の悲鳴に、俺は思わず苦笑する。



『俺じゃない。戦場に置き去りにされたベオグランツの負傷兵たちを治療してやろうと思ってな。俺1人だと治療中に攻撃を受ける可能性がある』

 溜息が聞こえた。



『あのね……いえ、あなたはそういう人だったわね。すぐ行くわ』

『うむ? すまんな、ありがとう』

 どうも怒らせてしまったようだ。昔っから気難しい妹弟子なんだよな……。



 うめいているベオグランツ兵たちを見下ろし、俺は声をかける。

「お前たち、捕虜になるなら手当をしてやるぞ。ついでにメシも食わせてやろう」

 いろいろ聞いておきたいこともあるしな。

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