第31話「戦場の作法」
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ベオグランツ軍先遣隊はおよそ7千。
大半が火縄銃を装備した戦列歩兵だが、砲兵隊と騎兵隊、それに輜重隊が確認できている。1個の戦闘単位として完全に機能する集団だ。指揮官はベオグランツの貴族将校、それもそこそこ偉いヤツだろう。
「さっきから平原のあちこちで騎兵がうろちょろしてますね。焼きますか?」
「斥候だな。開戦前だし、今回は見逃してやろう」
「よくわからない理由ですけど了解しました」
サフィーデにはベオグランツ帝国を滅ぼすだけの力がない。従って国土の防衛は今後もずっと続く。運が悪ければ負けることもあるだろう。
そのため、この地域の戦争のルールを遵守する必要があった。こっちがメチャクチャなことをしていると、あっちもメチャクチャな真似を始める。
「さて、素振りでもしておくか」
俺はコズイール教官長から奪った『雷震槍』を起動させる。
先端の竜の彫刻(ツボを刺激するのにちょうどいい)が展開し、鉄製の翼を広げた。先端から鋭い槍の穂先が出現し、竜がそれに絡みつく形になる。
解析結果ではこれが本来の形のようだ。
「ゼオガの十文字槍に似ているな」
「『トモンゾ』ってなんです?」
カジャが首を傾げるので、俺は教える。
「矛槍の一種で、左右にも刃がついている。幅の広い一撃は避けにくく、また引き戻すときにも攻撃が可能だ」
うちの実家にも十文字槍は1本だけあったので、使い方も一応知っている。
軽く振り回してみる。穂先と竜の翼からバリバリと放電し、青い火花が散った。
「なるほど、刃は電極としても機能する訳か。3つの刃のうち2つが軽く触れるだけで、相手を感電死させられる」
効率的に人を殺せる良い武器だ。あまり使わないようにしよう。
俺が魔法の槍を振り回して遊んでいると、徐々に敵の軍勢がはっきり見えてきた。
「えーと、ベオグランツ先遣隊が監視塔に接近中です」
「予想通りだ」
この監視塔は街道の近くにある。普通は街道を通って進軍するだろうからな。
ついでなのでベオグランツ軍の進軍速度を測っているが、元の地図に誤差があるので正確な数字は出せない。
横隊を重ねた戦闘隊形ではなく、4列縦隊による通常の行軍隊形だ。ここで一戦交えることになるとは想像もしていないらしい。
俺は監視塔のてっぺんで幻術を使う。映像を出すのは面倒くさかったので、音声による警告だ。
『聞け、ベオグランツの誇り高き戦士たちよ!』
隙あらば敵を褒めるのがゼオガの作法だ。偉大な敵でないと討ち取っても手柄にならない。
『我が名はスバル・ジン! マルデガル城の魔術師だ!』
若輩だと相手にしてもらえない気がするので、学生の身分だというのは伏せておく。
本当は「我こそは隠者シュバルディンなり」とでも名乗ればいいんだろうが、それではゼファーの教育方針が正しいことを証明できなくなってしまう。あくまでも「マルデガル魔術学院の優秀な生徒」として、こいつらを撃退しなくてはならないのだ。
『この鉄錆平原はサフィーデ王国が領有を主張している! ただちに撤退せよ! さもなくばサフィーデに対する侵略の意図ありと見なし、貴軍を殲滅する!』
「撤退はしないと思いますよ」
黒猫の使い魔カジャが小さくあくびをした。
使い魔は生物ではないので、あくびはあくまでも擬態用のモーションだ。
俺は威嚇攻撃の準備を始めながら、カジャに言う。
「わかっているが、こういう無駄な手続きは人間社会に必要でな。いちいち口を挟まんでよろしい」
「はぁい」
カジャがまた小さくあくびをした。
いきなり殲滅してもいいんだが、今回はベオグランツ側のデータを集めたい。火力や用兵の水準がよくわかっていれば、サフィーデ軍を投入したときに損害を減らすことができる。
これから先に失われる命を少しでも減らすため、ベオグランツ軍の手の内を見せてもらおう。
「照準はこんなものか」
敵の隊列の先頭、貴族将校らしい騎馬が先導している辺りを狙う。直撃させて貴族将校を死なせると後々面倒なので、最初の1発は死人を出さないよう慎重に照準を合わせる。
これから殺し合いをするというのに、何だか妙な話だ。
さて、では始めよう。俺は街道の地面を起点として、『石弾』の術を発動させた。
「だいぶ遠いからよくわからんな……。カジャ、望遠画像を投影しろ」
「はぁい」
空間に映像が投影される。街道にちょっとしたクレーターができ、ベオグランツの将兵たちが度肝を抜かれているようだ。
先頭の貴族将校は落馬して尻餅をついているが、どうもどこか骨折したらしい。従卒の兵士に担がれて後方に避難していく。
残された下士官たちは右往左往している。指揮系統が機能を停止してしまい、兵たちは大混乱だ。
『敵襲!』
『今の警告は本物だったんだ!』
『どっから撃ってきやがった!?』
『た、たた、大砲だ!』
魔法で攻撃されたとは思っていないらしい。何でもいいから、さっさと戦闘隊形になってくれ。
催促代わりにもう何発か『石弾』を発生させ、そこらじゅう穴だらけにしてやる。あくまでも警告なので損害は与えない。
そのうち後方から別の貴族将校が騎馬で駆けつけ、大声で何か命じる。やがて兵たちの動きも統制が取れてきた。
敵が行軍用の4列縦隊から、戦闘用の横隊に再編されるのを待つ。
「カジャ、隊列変更の所用時間を計測しろ」
「えー……わかりました。どの時点で隊列変更が完了したとみなしますか?」
「射撃準備に入るか、再び進軍を開始した時点かな」
ここから敵までは6アロン(600m)ほどあるので、さすがに撃ってはこないだろう。
ベオグランツ軍は意外に素早く隊列の変更を終えると、25人の2列横隊をいくつも作った。それぞれが1個小隊でできている。
「あるじどの、『ベオグランツ軍第1次先遣隊』が前進を再開しました」
カジャの報告に、敵の音声が重なる。
『進軍目標、前方の丘だ! 監視塔を攻略する!』
よしよし、餌に食いついたな。敵司令官は、今の『石弾』をこの塔からの砲撃だと判断したらしい。現実的な、だが間違った判断だ。
こんなに遠くから地面に魔法をかけてクレーターを作ったなんて、思いもよらないのだろう。今の魔術師にそれができる者はそうそういないはずだ。
「だが喜んでばかりもいられないな」
「敵が押し寄せてくるのに喜んでるんですか、あるじどの?」
「敵がこちらの思惑通りに動いているということは、最も安全な状態であるということだからな。問題はそうでない部分だ」
俺はカジャに命じる。
「この監視塔を迂回する兵力があれば、ただちに報告しろ。包囲されるのは構わんが、迂回してサフィーデ領内に侵攻されると困る」
「はぁい、わかりました」
こちらの防衛拠点は文字通りの「点」なので、無視して迂回することが可能だ。敵がそれを選択した場合、切り札を使わなければならない。
だが幸いにして、敵は愚直にこの監視塔を攻略することに決めたようだ。
7千の兵力があれば、この塔なんか力押しであっという間に攻略できる。わざわざ迂回するまでもないと判断したのだろう。
「敵の動きは悪くないな。だが知略というものを感じん」
カジャが監視塔の胸壁の上で、尻尾をぱたんぱたんさせる。
「敵がバカなら、それに越したことはないのでは?」
「敵がバカすぎると何をするかわからんから困る。今のところ敵の動きは実に堅実で模範的、つまり最も扱いやすい。さて、では行くか」
俺は塔のてっぺんから飛び降りると、地上にふわりと降り立った。
「ゼオガの男たるもの、やはり戦場では先陣を切らねばな」
「先陣もクソも他に味方いないんですけど」