第3話『魂の円卓』
03
二次試験が終わった後、俺たちは全員が口頭試問を受けた。内容はそれぞれの実技試験についてだ。
俺も聞かれた。
「029番、君はなぜ一次試験で落雷の魔法を使ったのですか?」
動かない的に当てるんなら、あれが一番楽で減衰しにくいからだよ。標的の直上で発生するんだから無駄がない。
そう思ったが、さっきの実技で派手にやりすぎたのでここは控えめにいく。
「一番得意な魔法があれだったので」
「……ふむ」
試験官たちが何かメモしている。
「火の魔法を使おうとは思わなかった?」
「着火しませんから」
受験生レベルの火の魔法で、あの距離から丸太を燃やせるとは思えない。焚き付けじゃないんだから。
「それでは次だ。二次試験で、なぜ近接戦闘をしたのかね?」
適当に嘘ついておこう。
「一次試験で魔力を使い切り、他に方法がないと思いました」
「そうか……」
また何かメモされてる。気になるぞ、おい。
適当な魔法を使って盗み見してやろうかと思ったが、受験生として正々堂々と振る舞うことにする。こんな試験でも、試験はやはり厳正に行われるべきものだ。
すると試験官の1人が笑う。
「それにしても豪快だったねえ」
「ええまあ……」
「まるで騎士物語の英雄みたいだったよ。魔術師っぽくはなかったけどね」
「ははは……」
余計なことを言うとボロが出るので、曖昧に笑っておく。
すると試験官たちは顔を見合わせ、大きくうなずく。
「君の魔力、判断力、そして体力は素晴らしい。我々は君を当学院の特待生に相応しいと判断した。入学証明書を発行するので、準備ができたら学院に向かいなさい」
「ありがとうございます」
こうして俺は『マルデガル魔術学院』に特待生として入学することが決定した。
受験会場を後にした俺は、魔術国家と名高いサフィーデ王国の首都、イ・オ・ヨルデの賑わいを眺めながら宿に戻る。
さて、あのババアに連絡しておかないとな。
「カジャ」
「はぁい。御用はなんでしょうか?」
使い魔のタロ・カジャがすぐに黒猫の姿で現れ、俺は命令を与える。
「周囲を警戒してくれ。接近する生命体と使い魔、それに空間魔力の人為的な変化があればすぐに報告しろ」
「承知しました。ええと、現在は全ての項目において異状なしです」
「よろしい」
俺は自分が魔法的な探知を受けていないことを確認し、宿のベッドで瞑想する。この為だけにわざわざ個室を借りた。
やがて俺の意識は肉体を離れ、物理的な距離が意味を持たない空間、俺たちが『魂の円卓』と呼ぶ仮想の部屋へと向かう。
がらんとした円卓には席が八つあり、そのうちのひとつが俺のものだ。
ここは俺たちの師匠が作った仮想空間で、部外者には知覚することができない。ここには膨大な情報を収めた『書庫』や、高度で複雑な演算を行う魔法装置も置かれている。研究や情報交換の拠点だ。
その代わり、ここの維持費は俺たちの魔力から支払われている。維持費を支払う者がいなくなったとき、この空間は消滅する。
かつて、ここを守る者たちは8人いた。
今は3人しかいない。
とりあえず座ってから、ここにいるはずの妹弟子に声をかける。
『おい、マリアム、マリアム』
俺の呼びかけに、魔女マリアムが姿を現す。
あちらは俺と違い、品のある老婦人の姿だ。
『あら、シュバルディン。試験は終わったのかしら?』
『済んだ済んだ。特待生で合格だとさ』
『ふふ、さすが三賢者の一人ね』
嫌みを言われた。
『あんな試験で落ちるほど老いぼれとらんよ。お前も一緒に受けたら良かったんじゃないか?』
『うーん、私はあなたほど優秀じゃないから』
また嫌みを言われた。
妹弟子の癖に生意気なんだよ、こいつは。
『兄弟子シュバルディンが17のガキに体を作り替えて、こんなどうでもいいことに苦労してるんだぞ。少しは労ってくれてもいいだろう』
『あらあら。あなたが見た目にこだわるタイプだとは思わなかったわ』
くすくす笑うマリアム。笑ったときの表情は、10代の頃から変わらない。
俺は腕組みする。
『実は俺もそうなんだ。あんな腰痛持ちのガタガタの体でも、長年使えば愛着が出てくるものだな』
ああでも、老眼が治ったのは凄く嬉しいぞ。老眼鏡なしで研究書が読めるのは最高だ。細かい作業も楽になった。
するとマリアムが俺をじっと見つめる。
『でも今の姿も可愛いわ。なかなか素敵よ』
実はこの姿、俺が実際に10代だった頃の外見だ。
まあマリアムは覚えてないだろうが……。
『さて、話を戻そうか』
『ええ、兄弟子殿』
俺がまじめな口調になると、マリアムもスッと真顔になった。
俺は円卓の一席を示す。
『兄弟子ゼファーの考えはまだわからん。三賢者……まあ本当は八賢者だが、とにかく学友として座視はできんだろう』
『そうね。私たちに黙って、20年以上も前に学校を作っていた理由は何かしら?』
『さあな。試験では丸太に魔法をぶつけるよう指示されたから、その辺に意図がありそうだが……』
可能性はいろいろ考えられるが、早計は禁物だ。
俺は顔をしかめる。
『俺たちの師匠は常々、魔術師の育成は導師1人に生徒2人ぐらいが望ましいと言っておられた。学校を開いて大々的に弟子を集めるなど、師匠の教えに反している』
『先生の言いつけを全く守らなかったあなたが……』
『言うな』
仮想空間なのに顔が熱くなってきた。
『とにかくだ。兄弟子ゼファーの真意を確かめねばならんが、ぶっちゃけあいつが何考えてるのかわからんので怖い。俺、ゼファーは苦手なんだよ』
『私も。あの人、何考えてるのかよくわからないのよ』
兄弟子の中で一番苦手なヤツが残ったせいで、微妙にぎくしゃくしたトリオで「三賢者」なんて呼ばれるようになってしまった。
マリアムがつぶやく。
『こっちの呼び出しにも一切応じないから、もしかするとラルカンのときみたいに……』
『おいよせ』
危険な研究に手を出し、魂を失ってしまった兄弟子を偲ぶ。八賢者の中でも特に優しい人だった。
『ただ、お前の危惧もわかる。だからこうして生徒として潜入するんだ』
『導師の募集があれば良かったのにね。生徒じゃ身動きが取りづらくない?』
『募集してないんだからしょうがないだろう。開校当時はともかく、今は魔術学院の卒業生しか採用しないそうだ』
その結果、マルデガル魔術学院の全貌は秘密のベールに覆われている。学校も古い山城を改築しているから、部外者は近づくことができない。
俺はつるんとした顎を撫でつつ、溜息をついた。
『ま、調べるだけ調べたらとっととおさらばしよう。兄弟子が単に変節しただけなら、別に止める理由もない』
『そうね。世界を滅ぼそうって訳でもないでしょうし』
マリアムはそうつぶやいてから、ふと微笑んだ。
『でも、こういうのってワクワクするわね? 懐かしいでしょ?』
『お前な……』
妹弟子はいくつになっても子供みたいだ。