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第29話「竜殺しの荊」

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   *   *   *


 俺は荒野の真ん中で、腕組みしていた。

 ここはサフィーデとベオグランツの国境地帯にある荒野で、「鉄錆平原」の名で知られている。有史以前からここは幾度も戦場になっていて、少し掘れば錆びた武具がぼろぼろ出てくるからだ。



 サフィーデは周囲を山脈に囲まれているが、南東側にあるこの鉄錆平原だけは開けている。

 そしてこの地平線の向こうには、強大なベオグランツ帝国があった。

「うーむ」



 とりあえず地図をもう一度確かめてみるか。

「カジャ、地図を表示しろ」

「はぁい。空間投影します」

 目の前の空間に地図が表示される。サフィーデ王室から借りた、この国で最も精密な地図のコピーだ。



 市販の地図は農業用や旅行用、あるいは徴税用などの用途別にディフォルメされている。つまり意図的に歪めてある。使いやすくするためでもあるが、最大の目的は敵に地理を把握させないためだ。

 精密な地図は高度な軍事機密であり、極めて厳重に管理されている。



 ただ、俺はそれを信用しなかった。地図上に記された目標物のうち、監視塔と国境の村、それに小川に掛かる橋を示す。それぞれの距離は20アロン(2km)ほどだ。



「カジャ、地図のこの3地点の座標を記録。地図の精度を検証しろ」

「えー……では少し時間をください」

「わかった」



 小さな黒猫が一生懸命走っていく。他の作業をしながら待っていると、やがて測量の結果が出た。

「測量結果を地図に反映します」

 元の地図が少し歪んだ。



 監視塔と村の距離方位は正確だが、橋の位置が1アロンほど南東にズレているようだ。5%ほどの誤差がある。

「こんな狭い範囲でさえ、これだけ誤差があるのか」

「どうします? これ全部更新しますか?」

「いや、必要ない。戦術レベルならこれで十分だ」

 測量技術の問題というよりも、予算と人員の問題だろうな。ここは無人の荒野だから細かく測量しても無意味だ。



 俺は投影された地図に指で線を何本か引いていく。

「敵が取り得る侵攻経路は、このいずれかになるだろう」

「なんでわかるんですか?」

「他の経路だと輜重隊が通れないからな」



 歩兵や騎兵は頑張れば悪路でも進軍できるが、馬車はそうもいかない。馬車は砂地や岩場を通れないし、湿地や斜面も苦手だ。柔らかい地面でさえしょっちゅう立ち往生する。

 そして主要都市や城塞の城門を攻略するには、馬車が運ぶ大型砲や大量の弾薬が必須だ。食料と違って、これらはなかなか戦地では略奪できない。



「これらの経路のいずれも、この地点の近くを通る」

 俺が指差したのは、街道沿いにある小さな丘だ。てっぺんにはサフィーデ軍の古い監視塔が1本建っている。いい位置に建てたと思う。サフィーデ人たちが昔から国防に心血を注いできたのがよくわかる。



 ただ最近はサフィーデ王室お抱えの交易商たちが国境を行き来して常に情報収集しているので、ここに監視部隊を置く必要がなくなった。今は無人だ。

 ちょうどいいので、あの塔を借りよう。

「あの塔に『作業員』を集積して、防戦準備を進めよう。マリアムに連絡してくれ」

「はぁい、魔力回線つなぎます」



 それから俺は学院と鉄錆平原を毎日のように往復し、敵の侵攻を阻む準備を続けた。

 マリアム、いやマリエも手伝いに来てくれる。

「私の得意とする生命の術は、戦争に無縁だと思っていたけれど……」

「戦争は命のやりとりだから、むしろ密接な関係があるぞ。だが今回はそれとは別だ。鉄条網を作ろうと思ってな」



 10代の姿をした魔女は、怪訝そうな顔をする。

「鉄条網って何?」

「師匠の『書庫アーカイブ』に記録されているのに知らんのか。戦列歩兵といえば鉄条網だ」

 機関銃もあれば最高だが、ちゃんと作動する機関銃は極めて高い工作精度が要求されるようだ。そもそも「書庫」にも設計図がない。



「まあ本当は魔法で巨大な城壁でも建てちまえばいいんだが、城壁は大砲で崩される。おまけに予算不足だ」

 大量の石材を準備するととんでもない費用がかかる。魔法で作るにしてもタダという訳にはいかない。材料と魔力を集めるのにやはり膨大な費用がかかる。



「鉄条網は安価な上に破壊が難しい。敷設も容易だ」

「ふーん」

 マリエは愛用の魔術書を取り出し、『書庫』にアクセスしているようだ。鉄条網のことを調べているのだろう。



 そして当然のように疑問をぶつけてくる。

「でもこれ、生命とは何の関係もない鉄製品じゃない。おまけに高度な技術力と生産力が必要みたいよ?」

「ああ。サフィーデ中の職人を集めて作らせても、この平野に敷設する量の鉄条網は作れないだろうな。そこで代用品を探してみた」



 俺は『書庫』の情報を引っ張り出し、空間に投影する。

「だいぶ前にカラカドス地方の奥地を調査したときに、面白い植物を見つけてな。『竜茨リュウイバラ』と命名したんだが、覚えてるか?」

「初めて聞く名前だわ」

 お前らが俺の報告書を全く読まないからだろ。



「そこは草食性の竜たちが生息していた地域でな。熊や狼などが怖がって近寄らないせいで、植物と草食動物しかいない環境だったようだ」

 草食だからといって温厚な訳ではなく、竜たちは侵入者には容赦しなかった。だいたいの竜は縄張り意識が強い。巨体を維持するために大量の餌が必要になるからだ。



「でまあ、おそらく数万年にわたってむしゃむしゃ食われ続けた結果、植物の方も生き残るために特殊な進化をした。そのひとつが『竜茨』さ。お、来た来た」

 話しているうちに、マリエから借りた『作業員』たちがやってきた。

 マリエが溜息をつく。



「それで『豊穣の子』たちをあんなに作らせた訳ね」

 やってきたのは動く土人形たちだ。人間よりも一回り大きい。

 戦闘や作業に従事させるのが主な目的だが、マリエの場合はちょっと違った。

 彼女は腐葉土を運搬するのに使う。方法は実に単純で、腐葉土をゴーレムにして歩かせるだけでいい。目的地で術を解除すれば、ただの腐葉土に戻る。



 今回は『竜茨』の好きな土壌でゴーレムを作ってもらった。種を植えつけておいたので、後は所定の位置で土に戻すだけだ。

 カジャがゴーレムたちに指図している。

「はーいこっちこっち、こっちですよー! 1セノン(約1.7m)間隔に並んで、すっぽり寝転がれる穴を掘ってくださーい! 掘ったら埋まって土に戻ってくださーい!」

 もう少し言い様はないのか。ゴーレムだからいいけど。



 作業の様子を見守りながら、俺はつぶやく。

「『竜茨』は竜の咀嚼にも耐え、胃酸でも酵素でも消化されない。とにかく強靱だ。火にも強い。煮ても焼いても食えなかった」

「竜の咀嚼や胃酸に耐えるのなら、刈り取るのは大変でしょうね……って、食べようとしたの?」

 したよ?



「おまけに地下茎を伸ばして広がるから、地上部分を刈り取ってもすぐに再生する」

 さすがの竜たちもこれは持て余したようで、他の植物を食べるようになった。すると他の植物がいなくなった場所に竜茨がどんどん根を伸ばし、一帯は竜茨しか生えていない大草原になってしまった。



 その後、竜たちはいなくなった。飢えて滅びたのか、新天地を求めて立ち去ったのか、今のところは定かではない。

 そして竜茨は残った。

 しかし今では他の植物も復活し、徐々に植物相が変わりつつある。竜茨は捕食者に対しては無敵を誇るが、他の植物との競争では無敵ではないようだ。

 というような調査結果を、改めてマリエに教えてやる。



「だから竜茨は竜と共存していたとも言えるな。竜が競争相手だけを排除してくれたから繁栄できたんだ」

「激しくも静かな命の営みね。好きだわ、そういうの」

 マリエは微笑みながらうなずいたが、すぐに首を傾げる。



「でも大砲を撃たれたら、さすがに竜茨も吹き飛ばされちゃうんじゃない?」

「どうだろうな。鉄条網は案外耐えるらしいんだが……まあその辺の評価試験も兼ねてる」

「結局あなたも実験がしたいだけよね?」

 否定はしづらいな。


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