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第28話「スピ先輩と俺」

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   *   *   *


【1年特待生トッシュ視点】


 最近、うちの学院は講義の様子がおかしい。

「えー……破壊魔法の基本原理だが」

 教官が説明しているのは、破壊魔法の基礎理論だ。ジンに教えてもらった内容と重なっている部分もある。



「全ての魔法は、魔力という未解明の力を源泉にしている。魔力は光や熱など、さまざまな力に交換できる『力の通貨』だ。ここは非常に重要なので、必ず覚えてほしい……うん」

 微妙に自信なさそうなのは何なんだ?

 それと、さっきからチラチラこっちを見てくる。



 いや、見てるのは俺じゃない。

 隣に座っている、四天王筆頭のジンだ。

 ジンが率いる骸骨銃兵が、2年生たちを一方的にぶちのめしたあの試合から半月ほど。講義の内容が大きく変わり、俺たち1年生は座学が中心になった。



 そして不思議なことに、教官たちがジンを怖がっているように見える。

 いや、不思議じゃないな。

「見ろよジン」

 俺はジンをつつく。ジンは露骨に迷惑そうな顔をしているが、俺はそういう細かいことは気にしない主義だ。



「あの教官もお前を見てるぜ」

「だから何だ。静かに聞いてろ」

 つれないな、親友。だがそんなところも嫌いじゃないぜ。



 教官たちがジンを怖がってる理由ははっきりしてる。自分たちが鍛えた2年生が、銃の前にあっけなく負けたからだ。

 それにコズイール教官長とエバンド主任教官の失踪。

 そしてゼファー学院長の突然の帰還。



 どれもジンが関わってると、みんなが噂してる。

 まあ俺はジンに直接聞いてみたんだが、こいつは否定も肯定もしなかった。

 長い付き合いだからわかるが、こいつがはっきり否定しないときは肯定とみていい。ジンは嘘が嫌いだからな。



 俺は親友として、ジンの肩を優しく叩く。

「俺だけはお前のこと、ちゃんとわかってるからな」

「いいから前を向け」

 素直じゃないなあ……。



 俺は前を向いて教官の講義をノートに書き取りながら、ジンのことを考える。

 魔術の腕は超一流。大賢者と名高いゼファー学院長さえ一目置くほどだ。

 魔術以外の知識も豊富で、兵を率いれば2年生総掛かりでも蹴散らしてしまう。

 おまけに何とかいう格闘術の使い手で、数人相手でも一瞬でやっつける。



 いいなあ……俺もそれぐらい強くなりたい。就職先はよりどりみどり、仕官すれば出世間違いなし。一代限りの貴族として自分の領地ぐらい持てそうだ。

 もちろん女の子にもモテモテだろう。金も名声も溢れるぐらい手に入るぞ。

 想像するだけでにやけてくる。



 それなのにジンときたら、今日も講義を黙って聞いているだけだ。

 俺だったらもっと自慢するし、学院の人気者を目指すけどなあ。親友としてもそのへんは謎なので、俺は首を傾げるしかない。

 こいつ、いったい何が楽しくて生きてるんだ?



 講義の後、俺は寮の食堂で昼飯を食う。

「……というのが謎なんですよ、スピ先輩」

「お前の疑問の方が謎だが。あと俺をスピ先輩と呼ぶな」

 相談相手は特待生2年首席、スピネドール先輩だ。



 他の1年は怖がって声をかけようとしないが、俺はジンがスピネドール先輩をあっけなく倒したのを知っている。ジンの前じゃ俺もスピネドール先輩も同じ未熟者、大差ないってことだ。

 だから仲良くなることにした。



「だいたい何で『スピ先輩』なんだ。略しすぎだろうが。せめて1音足して『スピネ先輩』だろう」

「どうでもいいじゃないですか、そんなこと」

「良くない」



 スピ先輩は秀才なんだけど、細かいことにうるさいんだよな……。

 あと、思ったほど怖い人じゃなかった。すぐ怒るし神経質だけど、他の2年の特待生と違って落ち着いてる。やっぱり秀才だからだろうな。



「でもスピ先輩だって、ジンぐらい強かったら誇りに思うでしょ?」

「そうだな……。おい、だからスピ先輩はやめろと言っている」

 他の1年生が怖々見守る中、スピ先輩は伏し目がちになって考える様子を見せた。

 あ、このポーズかっこいいな。なるほど、これがスピ先輩のモテ仕草か。

 後で俺も練習してみよう。



 スピ先輩は顔を上げると、こんなことを言う。

「あいつはお前が思っているよりも遥かに凄い男だ。お前みたいな価値観は持ってないんだろう」

「人気者になりたいとかモテたいって、価値観で違うもんなんですかね」

 なりたくないヤツなんかいるの?



 するとスピ先輩は親指でクイッと後ろの席を示す。

「当然だ。本当に優秀な人間は上しか見ていない。あいつを見ろ」

 スピ先輩が指差したのは、1年の特待生四天王の1人アジュラだ。

 アジュラは燭台のろうそくに手をかざしている。暖まろうとしてるのかと思ったけど、ろうそくに火がついてない。



「あいつがどうかしたんですか? ていうか、あいつ何やってるんです?」

「風の精霊に呼びかけてるんだ」

「あいつは火の精霊使いですよ?」

「そんなことはわかってる。俺もそうだ。黙って見てろ」

 スピ先輩は不機嫌そうに言う。



 アジュラはろうそくを前にうんうん唸っていたが、そのうち精霊に呼びかける声が聞こえてきた。

「大気の精霊よ、震えなさい。静かにその場で震えなさい。静かに、もっと激しく」

 なんだありゃ。



「あの、スピ先輩……」

「黙ってろ」

「はい」

 スピ先輩が真剣な表情なので、俺は黙る。おちょくって大丈夫なときと、そうでないときの区別ぐらいはつく。



 アジュラはその後もうんうん唸っていたが、とうとう最後に叫んだ。

「震えよ!」

 次の瞬間、ろうそくの芯にポッと火が灯った……けど、すぐに消えた。火が弱すぎたんだろう。芯が少し焦げただけだ。



 でもアジュラは会心の笑みを浮かべて、グッと拳を握る。

「よっしゃ! できた!」

 訳がわからなかったので、俺はスピ先輩を振り返った。

「あの先輩、俺って元素術の人なので、何が何だかさっぱり……」



 スピ先輩は小さくうなずく。

「あいつは今、風の精霊を使って火を熾したんだ。元素術使いにはわからんだろうが、普通ならありえないことだ」

「それって凄いんですか」

「サフィーデのどの精霊使いにもできないだろう。俺にも無理だ」

 じゃあ凄いんだ。



 そこにアジュラがやってくる。

「トッシュ、今の見た?」

「ろうそくに火を着けようとして失敗したのは見た」

「失敗じゃないわ。まあ、威力が足りなかったのは認めるけど……。でもこれでジンの知識が本物だってことが証明できたわ」



 するとスピ先輩が食いつき気味にアジュラに質問した。

「では空気の『粒』を振動させて、熱を生じさせたのか」

「そうよ、先輩。やってみたら本当にできちゃったから、あたしもびっくりしてるところ」

「そうか」



 空気の粒……。ああ、それなら俺も聞いたぞ。万物は目に見えないほど小さな粒が集まってできているって。空気も例外じゃないらしい。

 そしてその粒が激しく震える状態こそが熱の正体だという。

 俺は少し考え、それからハッと気づく。



「もしかして、凄いことをやったのか!?」

「だからそう言ってるでしょ、バカ」

「本当にお前はバカだな」

 アジュラとスピ先輩から同時にバカ呼ばわりされた。でもバカ呼ばわりされるのは慣れてるから別にいい。



「発火は火の精霊だけが持つ力だと思ってたけど、粒を振動させてやれば風の精霊でも物を燃やせるのね。まだ効率が悪いけど、将来的には戦いにも使えそうよ」

 アジュラが得意げに笑うと、スピ先輩はギュッと険しい表情をした。それから息を整え、アジュラに頭を下げる。



「俺にその方法を教えてくれ。その代わり、実用化に向けた研究に全面協力する」

「ん? もちろんいいわよ」

 当たり前のような顔をしてアジュラが笑う。

「だってこれ、ジンに教えてもらったことを確認しただけだもん。むしろ私からもお願いするわ。同じ火の精霊使い同士、肩肘張らずに仲良く一緒にやりましょう」



 アジュラは嬉しそうで、スピ先輩に心を開いている様子だ。俺相手のときとは全く違う。

 なるほど、これがスピ先輩のモテテクニック……。参考になるな。やっぱ特待生首席は違う。

 同じ特待生首席でも、ジンのモテテクは全然参考にならないからな。あいつのは実力一辺倒だから真似しようがない。



 そういやジンのやつ、今日はまだ姿を見てないな。

 どこ行ったんだ?

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