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第27話「シュバルディン教官長」

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 俺はぶつくさ文句を言いながら魔術学院に戻ったが、帰ったら帰ったで面倒事が待ち受けていた。

「皆の者、よく聞いてほしい」

 学院長であるゼファーが、教官たち全員を集めて重々しく告げる。



「特待生1年首席のジンは、実は私の古い友人シュバルディンだ」

 おい待て、誰が友人だ。文句を言いたかったが、話の腰を折るのも悪いので今は黙る。後で覚えとけよ。

 ゼファーの言葉に、教官たちがざわめく。



「シュバルディン!? あの『隠者シュバルディン』ですか!?」

「三賢者の1人と名高い……」

 賢者とか呼ばれても特に何もせず、放浪しながら研究ばっかりしてたんだけどな。なんでそんなに知名度があるのか疑問だ。



 ゼファーはなぜかちょっと誇らしげな表情をしてうなずいた。

「そうだ。私が創設した学院のことを心配してくれてな。その結果、諸君には気まずい思いをさせてしまったことと思う」

 ちくりと皮肉。ゼファーは学院の現状に不満を抱いているが、出資者である王室に対しては何も言えないのだ。



 王室や諸侯は自分たちの子弟やお気に入りの家臣などを学院に送り込み、教官や職員として採用させている。実力ではなくコネで採用されているから、中身はお察しだ。

 ゼファーはここぞとばかりに日頃の不満を晴らす。



「戦闘実験の検証でも、我が学院の生徒にはベオグランツ軍の相手は無理だとわかった。前途ある若者を戦場で無為に死なせる訳にはいかん。教育課程の刷新が必要だ。そこで、シュバルディンを教官長に任命する」

 ちょっと待て。今聞いたぞ。



「コズイール教官長については、私が直々に調査を行った。彼は蔵書を粗悪品で賄うことで、差額を懐に入れていたようだな」

 俺もつい先日知ったのだが、コズイール教官長は立場を悪用して私腹を肥やしていたという。図書館の蔵書がゴミばかりなのは、つまりそういうことらしい。



 ゼファーのやつが学院の運営から離れてしまったせいで、現場のトップであるコズイールに権力が集中し過ぎた。明らかにゼファーの怠慢だ。

 これで「三賢者」とか呼ばれてるんだから、賢者の程度が知れるというものだ。



「栄えあるマルデガル魔術学院の蔵書が、盗品や粗雑な写本であって良いはずはない。コズイールはシュバルディンを密偵と勘違いし、口封じに動いた。……だが、三賢者の中でも最強と名高いシュバルディンの敵ではなかったようだな」

 三賢者で最強と言われても全く嬉しくないぞ。お前もマリアムも純粋な研究者だからな。



 しかし教官たちは恐怖の色を浮かべて俺をちらちら見ているので、俺は仕方なく腕組みなどして威圧感を演出してみせる。なんで俺がこんなことしなきゃいけないんだ。

 でも腕組みしたところで外見は10代の子供だから、威圧感なんか全くないだろう。



 ゼファーは続ける。

「シュバルディンは教官長の地位に就いてもらうが、実際の教務は私が陣頭指揮を執る。シュバルディンには生徒目線での講義の監査を任せる予定だ」

 だから聞いてないっての。お前、事前に一言言っておくぐらいの配慮はしろよ。使えねえ賢者だな。



 組織の運営という点においては、ゼファーの手腕はあまりアテにできない。こいつは魔術の研究では間違いなく天才だが、それ以外では普通の人だ。

 そしてまた、俺は教官たちの視線を集める。俺が溜息をつくと、彼らは明らかに動揺した。別に君たちに何か言いたい訳じゃないので勘違いしないでくれ。



 ずっと黙っているとますます誤解されそうなので、俺は仕方なく口を開く。

「今まで諸君を欺いてすまなかった。そういう事情なので、しばらく当学院の改善に協力させてもらう。生徒や他の職員たちに知られることのないよう頼む」

 なんで俺が学校運営の再建に協力しなきゃいけないんだよ。



 こうして俺は「シュバルディン教官長」という新しい顔を持つことになったが、もちろん教官たちの中には不満も大きい。

 まず教える内容が大きく変わるので、教官たち自身が猛勉強する必要があった。ごくごく初歩的なものだが、数学や物理の基礎をゼファー自身が短期間で叩き込む。



 しかしここで問題が発生した。

 ここの教官たちはコネで採用された者が多い。一応、特待生試験は突破しているので破壊魔法の投射については確かな腕を持っているのだが、それ以外がまるでダメだ。当然のように脱落者が出る。

 それでも向学の意志のある者は良かったが、心が折れて退職を申し出る者が続出した。



「ゼファー、お前の指導は相手に寄り添っていないぞ」

「これでも精一杯、教わる者に寄り添ったつもりなのだがな……」

 離職の挨拶を済ませて去っていく教官たちを見送りながら、ゼファーが溜息をつく。

「私にとって数学は空気と同じもの。呼吸の仕方をどう教えれば良いのか、私にもわからんのだ」



 俺も溜息をつく。

「優秀すぎるのも考え物だな。俺は数学も物理も苦手で良かったよ」

「ならお前が教えれば良かったのではないか?」

「無茶言うな」

 俺は数学や物理が苦手な者の立場に立つことができるが、教えるための知識が足りない。細かい演算などは使い魔のカジャに丸投げなので、自分では数学ができないのだ。



 ゼファーは静かにうなずく。

「天性の素質はなく、それでいて知識豊富な者こそが最も優秀な教師になれるのかもしれんな」

「師匠もそんなことを言っていたな。学問の喜びと苦労、その両方を知っていなければ、学問を教えることは難しいと」



 するとゼファーは目を細めて、どこか遠くを見つめる。

「師が去った後にも、改めて師から学ぶことが多いな……」

 感心してないでお前は去った弟子の方を何とかしろよ。



 去った者たちは数学や物理についていけなかっただけでなく、ゼファー主導の新体制にも不満だったのだろう。

 ガチガチの研究者であるゼファーが相手では、予算のごまかしや指導の怠慢は許されない。楽して給料をもらうことができなくなった。



 俺は名簿を眺め、それから学院長殿にこう申し上げる。

「残った教官たちのうち、数学や物理が苦手な者には引き続き実技の指導を任せよう。数学や物理を修めた者は少ないが、各学年で講座を開くには十分だ」



「そうだな。私も賛成だ。シュバルディンよ、やはりお前は師が見込んだ通りの逸材だな。魔術だけでなく、あらゆる分野で力を発揮する」

「おだてて俺に実務全部押しつけようとしても無駄だからな」

 だから兄弟子は嫌いなんだ。


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