第23話「侍」
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こうして俺は、マルデガル魔術学院の教育が無駄なものだと証明することになった。
『魂の円卓』に存在する『書庫』には、異世界の事物まで幅広く記録されている。俺はここで、ベオグランツの銃士隊に一番近い兵力を調べた。
「この中だと、やはりナポレオンの大陸軍が一番近いか」
師匠が「神世界」と命名した世界。その世界にかつて実在した軍隊だ。
当時の前装銃を最も有効活用するための兵科で、彼らは「戦列歩兵」と呼ばれる。
ベオグランツ軍も戦列歩兵を主力としていた。
しかしここで俺は頭を抱えることになる。
「しまった、こいつらの銃は燧発式だ」
火縄銃の進化形で、火打ち石を使って着火するタイプだ。火打ち石をガチンガチンぶつけるので銃がブレて命中率が下がるが、面倒な火縄がいらないので取り扱いは簡単になる。
燧発銃の使い手は火縄の扱いを知らない。だがベオグランツ軍はまだ火縄銃だ。
「くそ、別の軍隊にしよう。『神世界』で最も火縄銃が普及していた国といえば、ニッポンだな」
ニッポン、あるいはニホンという名の国では、燧発銃がほとんど普及しなかった。そのため、数百年にわたって火縄銃が用いられた。
だが今度は別の問題が出てくる。
「ニッポンには戦列歩兵がいなかったのか……」
参ったぞ、ちょうどいい連中がいない。やっぱり異世界だから微妙に違う。
しかし考えてみれば、ニッポンの鉄砲使いに足りないのは戦列歩兵の銃剣突撃だ。これは着剣した銃を短槍にして戦うので、短槍が使える鉄砲兵なら同じ動きができるだろう。
「となると、やはり士分か」
長槍は農民兵に持たせて槍衾を作る兵器だが、短槍は武人の武器だ。騎士や郷士などの士分、つまり職業戦士がいい。
問題は火縄銃を使う士分なんかいるのかという話だが、ニッポンでは士分も積極的に火縄銃を使っている。つくづく不思議な国だ。
「カジャ、ニッポンのブシたちを検索しろ。短槍と火縄銃の扱いに慣れている連中を頼む」
「はぁい。ええと……シマヅという貴族に仕える士分たちが第一候補のようですよ」
「じゃあそれで」
第二候補以下にはサイカ、ネゴロといった傭兵集団が表示されているが、彼らが槍の扱いにどれぐらい習熟しているのかがわからない。
ここは無難にシマヅとやらを呼んでみることにする。
「『書庫』の霊的領域と魔力回線を接続します。読み込み中……」
ニッポンのブシたちを召喚するといっても、本当に呼べる訳ではない。彼らは異世界の存在であり、質量を持ったものを行き来させることはできない。
あくまでも師匠が「それっぽく再現した存在」を読み込むだけだ。
「読み込み完了しました」
俺の目の前に、何も身につけていない骸骨が50体立っている。骸骨はこちらで用意したもので、これにブシたちの霊魂が転写されている。
このブシたちはあくまでも「それっぽいコピー」なので、言葉の心配はない。オリジナルとはかなり違う点もあるだろうが、とにかく火縄銃と短槍が扱えれば何でもいい。
「シマヅのブシだな?」
『左様、シュバルディン殿。我らは島津家に仕える武士、鉄砲衆にござる。もっとも本物ではござらんがな。我らもそれは重々承知しておる』
音声会話ではなく霊話だが、ちゃんと俺たちの言語でしゃべっている。やや古風だが。
彼らは自分たちがレプリカであることを認識しており、その上でなお士分としての誇りを持っているらしい。なかなか骨のあるヤツらだ。
俺は彼らに命令することもできたが、ここは敬意を払って相談を持ちかける。
「本物の戦ではなく試合なのだが、お前たちの武勇を貸してほしい。頼めるか?」
『知れたこと。武を求められて応じねば、我らが主家の家名に傷がつき申そう。何なりと申されよ』
うん、この感じは当たりだな。いいのを見つけてきた。
「では準備を始めよう。あまり日数がない」
『承知いたした』
まずは資料室の火縄銃を人数分コピーするところから始めないとな。時間を捻じ曲げ、違う時間に存在する同じ銃をかき集める。要するに「翌日の銃」や「翌々日の銃」を前借りする訳だ。過去の銃を借りることはできない。
「これやると銃がメチャクチャ傷むんだよな……しばらくずっと銃の手入れをしないといけないし」
「前借りの後払いってことですね」
カジャがまるっきり他人事の口調でそう応じた。
そして数日後、魔術と鉄砲の勝負……いや検証実験が始まった。
魔術師側はマルデガル魔術学院の2年生たち約50人。彼らは去年1年間の修業で、戦場で使える程度の魔術を習得している。
鉄砲側は俺が召喚した骸骨兵だ。中身はシマヅ軍の士分である。
「本当は背の高い帽子を被せる予定だったんだが……」
戦列歩兵につきものの長大な帽子を用意したかったのだが、ブシたちが微妙に不満そうな態度を示したので仕方なく旗指物に変更した。
彼らの背中には、円に十字を入れたシマヅの家紋が翻っている。
それを間近で見上げてから、俺は独り言を言う。
「まあいいか、こっちの方が効果ありそうだし」
俺は今回、この鉄砲隊の指揮官だ。戦う以上、自分だけ安全な場所にいるのは性に合わない。俺もゼオガの士分出身だ。
俺は腰に差した指揮刀を抜く。
「装弾確認! 火縄に点火しろ!」
こいつらは戦争のプロだし、ほっといてもきちんと仕事をするだろう。だが俺も指揮官らしく仕事をしないとな。
今回の「敵」である2年生の生徒たちは、ここからおよそ3アロン(300m)先に布陣している。お互いに射程範囲外だ。
俺は指揮刀を振りかざし、50体の骸骨兵に命じた。
「二列横隊! 距離1アロン半まで前進! 狭間筒は先行せよ!」
骸骨兵が二列に並び、ざっざっと規則正しい早足で進軍を開始する。
魔術師たちはどうかなと思って見ると、やけに密集している。彼らは散兵戦術が可能なはずだが、やはりバラバラになるのは不安なのだろう。
しかし戦列歩兵相手に密集陣形は命取りだぞ。
俺は骸骨兵たちの先頭に立って歩き始める。矢が来ようが魔法が来ようが、大将は先頭。それがゼオガの戦心得だ。まさかこの年になって一軍の将になるとは思っていなかったが、人生というヤツは面白い。
「さて、さっさと終わらせるか」
こんな実験、結果は見えてるからな。