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第19話「図書館の罠」

19


 マルデガル魔法学院のトップは学院長のゼファーだ。だが現場のトップは教官長のコズイールという魔術師らしい。教官たちのリーダーだ。

 浮遊円盤などの魔法設備を管理する魔術師や、王立軍から派遣されている衛兵隊も、コズイールの指揮下にあるという。衛兵詰所や食堂でも話を聞いてみたが、衛兵も食堂の若い女性たち(主に40代)も、みんなコズイールの顔色を気にしているようだった。



 俺の目的は兄弟子であるゼファー学院長を引っ張り出すことだ。現場のトップであるコズイール教官長なら、ゼファーと連絡が取れる立場だろう。

 コズイール教官長の目に留まるよう、なんか問題でも起こしてみるか。



 そんなことを図書室で考えていると、俺は急に周囲の異変を感じ取った。

 ほぼ同時に、使い魔の黒猫カジャが異変を報告する。

「あるじどの、周囲の魔力濃度が急激に低下しています。現在0.00047カイト」

「実験用の魔力清浄室みたいだな。人為的な操作がなければ起きない現象だ」



 魔力は熱や光などと同様、エネルギーの状態のひとつだ。質量が消滅することは決してない。ただし別の状態への変換は容易だ。

 おそらく誰かが周辺魔力を別のエネルギーに変換しているのだろう。

 だが何のために?



「カジャ。周辺の人物と魔法生物、それに魔法設備を全て捕捉し続けろ。通常と異なるものは全て報告だ」

「わかりました。現在、あるじどの以外の人物は図書館内に1人しかいません。1年主任教官のエバンドが魔力排除装置を稼働させているぐらいです」

 絶対にそれが原因じゃん。



 魔術師にとって、周囲の魔力を奪われるのは面白くない。剣士が剣を奪われ、丸腰にされるようなものだ。

 だがプロの剣士は丸腰でも戦うすべを身につけている。

 プロの魔術師もまた、魔力を奪われても戦う方法は備えているものだ。



「カジャ、戦闘準備」

「承知しました、あるじどの」

 魔法を使った殺し合いは久しぶりだが、できればそうならないことを祈ろう。



 だが残念な事実をカジャが報告する。

「図書館内に新たな人物を一名確認。生体情報照合、コズイール教官長と一致」

「他には誰もいないか?」

「いませんね。図書館の全ての出入り口が施錠されたのを確認しました」



 宣戦布告を受けた訳ではないが、状況的に襲撃の意志ありとみて間違いないだろう。

 しょうがない、やるか。

「カジャ、非実体化しろ」

「了解しました。非実体化手順を実行開始しますよ」



 カジャはするりとポーチから抜け出す。小さな黒猫の姿が崩れて、黒い霧となった。

 そのままカジャは、文字通り雲散霧消する。

「非実体化を完了しました。ばっちりです」

 声はどこからともなく聞こえてくる。遠いようでもあり、近いようでもある。



 カジャは今、どの座標に存在しているのか確率でしか表せない。霧の濃い場所はカジャが存在している確率が高いが、実際にどこにいるのかはカジャ自身すらわからないのだ。

 こうなってしまうと、敵がカジャの存在に気づくことはほぼ不可能になる。



「よし、カジャは侵蝕優先で警戒態勢」

「はぁい」

 戦いはまだこれからだが、これでもう決着がつくだろう。結末もだいたい想像がつく。魔力枯渇戦術の定石と対抗策は飽きるほど実践した。



 エバンド主任教官は司書室にいるようだが、そこから全く動いていない。

「エバンドの生体情報を更新しろ」

「はい。生体反応が時間経過と比例して微弱になってます」

「死にかけてるのか」

 何やってんだろう。



 コズイール教官長の動向が気になるが、エバンド主任教官も放ってはおけない。俺は用心しつつ、司書室に入った。

 するとそこには、顔面蒼白のエバンドがガタガタ震えている。



「ジ、ジジ……ジンか!?」

「そうだが、あなたは何を?」

 エバンドは変な形の杖を握りしめたまま、それにすがりつくようにして震えていた。いや違う、手が離れないのだ。



「た、助けて……! あいつに……騙され……も、もう手が……」

 エバンドの手は灰色に変色し、既に生体としての機能を失っているようだった。あれは切断するしかないだろう。灰色の病変らしき部分はどんどん拡大し、エバンドの体を蝕んでいく。まずい。



「その魔法装置を解除します。決して動かないように。呼吸を整え、体内の魔力を引き留めてください」

「わ……」

 たぶんエバンドは、「わかった」と言いたかったのだと思う。だがもう確かめる方法はない。

 彼の体が一瞬で灰色になり、粉々に四散したからだ。



「まさか神聖なる学び舎で、教官を殺害するとはな……」

 聞き覚えのない声が背後から聞こえてくる。コズイール教官長だろう。やはりこいつが主犯格か。

 俺は背中を向けたまま、エバンドを救命する方法を模索する。

 どう考えても無理だ。蘇生しようにも体が粉々だし。



 エバンドの救命について断念した俺は、自身の防衛について全力を傾けることにした。

 周囲の魔力濃度は極限まで低下し、もはや魔法は全く使えない。

 原因はわかっている。エバンドが持っていた杖だ。周辺の魔力を消費し尽くす道具なのだろう。



 人間の体にも魔力は蓄積されている。魔力のある世界で生まれた人間にとって、魔力は生命維持に不可欠だからだ。

 こんな強力な装置で周辺の魔力を根こそぎ奪うような真似をすれば、起動させた本人はまず助からない。エバンドは捨て駒にされたのだ。



 コズイール教官長は悲しげに言う。

「栄えある1年生首席が主任教官を殺害し、私は教官長として学院の秩序と安全を守るために1年生首席を制圧した。だがその結果、彼は死亡した。とても悲しい事件だ」

 なるほど、そういう筋書きか。



 俺が振り返ると、コズイール教官長は別の杖を構えて微笑んでいた。

「はじめまして。私が教官長のコズイールだ。君は王室か学院長が送り込んできた密偵だろう?」

 全然違うよ? なんか勘違いしてるみたいだけど、こいつもう1人殺っちゃってるから後戻りはできないな。

 それよりもあの杖は、おそらく破壊魔法を射出する武器だろう。杖の魔力は吸い取られないよう、何か防護処置がされているに違いない。



 相手の腹は読めたので、俺はこの学院の一員として挨拶を返す。

「特待生1年のジンだ。教官長の今の発言は、事実とは完全に異なるようだが」

「いや、これから事実になる。君が入学前に浮遊円盤ごと墜死してくれていたら、エバンド君も犠牲にならずに済んだのだがな」

 あれやったのはお前か。だいぶ早い時期から警戒されていたらしい。



 それだけ用意周到に俺を殺すつもりなら、もう話し合いの必要はない。俺の中に眠る、古きゼオガ郷士の血が燃え立つ。ここからの俺は戦士だ。

「コズイールとやら、覚悟はいいか」

「覚悟するのは君だけでいい」

 コズイールの杖から稲妻が放たれた。



 なんていうチャチな電撃だ。俺の体内の魔力だけで防げる。

 俺は電撃を指先で弾くと、その指を緩やかに広げて構えた。ゼオガ具足術の基本、「虎の構え」だ。

 そして彼に告げる。

「では覚悟せず死ね」


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― 新着の感想 ―
[一言] 「では覚悟せず死ね」 ホンマにもう。どうして、こんな格好いい台詞思い付けるの?
[一言] あらかっこいい
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