第18話「火竜の恩返し」
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* * *
【特待生2年首席スピネドール視点】
俺はジンの勉強会からの帰りに、他の特待生2年たちから呼び止められた。
「なあおい、スピネドール」
「なんだ」
俺の級友たちは渋い顔をしている。
「首席のお前がどうして、あんなヤツの勉強会に出席してるんだよ?」
「それもあんなに熱心に教えを請うて、あれじゃまるで師弟だ」
どうやらこいつらは、俺がジンから魔術を学んでいるのが気に入らないらしい。
だから俺は言ってやった。
「不満なのか? 俺より弱い癖に」
その言葉で他の特待生2年はビクッと震える。
俺とジンとの間に圧倒的な実力差があるように、俺とこいつらの間にも圧倒的な実力差がある。俺が「火竜」などと呼ばれているのは伊達ではない。
級友たちは卑屈な笑みを浮かべて、それでもしつこく食い下がってきた。
「でもお前ぐらいの使い手なら、ジンから学ぶことなんかないだろ?」
「そ、そうだよ。こないだの決闘だって、いい勝負だったんだから」
呆れた連中だ。あれだけの実力差を見せつけられても、まだわからないらしい。
「俺が10人いてもジンにはおそらく勝てん。だからお前らが100人いてもジンには勝てんぞ。争うだけ無駄だ」
10人どころか俺が1万人いても勝てる気が全くしないのだが、さすがにそれはプライドが傷つくので言わないでおく。
俺がそこまで言ったので、こいつらもようやく引き下がる気になったようだ。
「わ、わかった。スピネドールがそこまで言うのなら……」
「10年に1人の天才だからな、スピネドールは」
俺は不愉快になり、首を横に振る。
「10年に1人程度は天才とは呼ばん。それに今のままだと、1年の特待生どもに追い抜かれそうだ」
するとこいつらはまた騒ぎ始める。
「まさか!?」
「1年だぜ!? それも入学して1月も経ってない」
本当に愚かな連中だ。俺は言ってやった。
「俺たちの1年は、あいつらの1月にも劣るということだ。ジンの教え方が尋常じゃない。すぐに1年の一般生たちも俺たちを超えるだろう」
冗談じゃない。俺にもプライドがある。
だからこそ、恥を忍んでジンに教えを請うているのだ。
「お前たちも早く認識を改めることだな。さもないと数年後に『22期生と比べると21期生は使いものにならん』と言われるようになるぞ」
本当に冗談じゃない。想像するだけで寒気がする。
後の判断は彼らの好きにさせることにして、俺は廊下を歩いて行く。
すると教官長のコズイール師と出会った。教官たちを束ねる学院最年長の大魔術師で、マルデガル魔術学院随一と称される使い手だ。
「先生、おはようございます」
「ああ、おはよう」
コズイール師は軽くうなずいて、それからふと俺に質問をしてくる。
「君は1年のジンという生徒を知っているかね?」
「はい、存じております」
嫌と言うほどな。だがまだ俺の知らない何かがあるに違いない。あれは底の知れないヤツだ。
するとコズイール師は重ねて質問してきた。
「ジンについて知っていることを話しなさい」
「それはどういうことでしょうか?」
「昨日、2年の特待生たちから暴行を受けたと申し出があってな。かねてから教官たちの間でも不品行だと問題視されている」
あのバカどもめ。もう俺はあいつらを学友とは思わんぞ。
俺は内心で舌打ちしたが、師の命とあれば仕方ない。俺はジンについて知っていることを、なるべく当たり障りのないように説明する。
「ジンは2年の俺よりも遥かに優秀な魔術師です。知識も深く、しかも非常に広い分野にわたっています。魔術だけでなく医術や算術にも秀でているようです。態度も大人びており、同期生への面倒見も良く、決して粗暴ではありません」
「ふむ」
コズイール師は少し考え込む様子を見せた。
俺は昨日の件についても事情を説明する。
「暴行の件も、発端は2年の特待生たちにあります。1年生たちの自主的な勉強会を妨害したのは2年生です」
「む? 自主的な勉強会だと? ジンの発案かね?」
コズイール師の表情が険しい。少し熱くなりすぎて余計なことを言ってしまったか。迂闊だった。
責任をもって適当にごまかしておこう。
「それは俺も知りませんが……」
「彼の魔術流派は何かね?」
「わかりません。元素術、精霊術、古魔術のいずれにも精通していますが、唱える呪文はいずれのものとも違います」
「ほほう」
また考え込んでいるコズイール師。
「どうやら相当な跳ねっ返りのようだな。まあわかった、君は2年の首席として為すべきことを為しなさい」
「はい、先生」
要するにジンと関わるなということだろう。俺はそれに従うつもりはなかったが、ここで教官長に逆らうのは得策ではない。おとなしく一礼しておく。
コズイール師が去った後、俺は小さく溜息をついた。
「もう少し借りを返しておくか」
失禁した俺の名誉を守ってくれた件、俺はまだ借りを返し終わった気分になれていない。
* * *
食堂で昼飯を食っていた俺は、スピネドールから妙な忠告を受けていた。
「今日、コズイール教官長がお前のことを根掘り葉掘り聞いていった。お前は相当警戒されているようだぞ。用心しておけ」
スピネドールは真剣な表情だ。彼は彼なりに、俺に対して誠意を示してくれているらしい。本気で心配してくれているようだ。
俺もまじめにうなずき返す。
「すまんな。そうしよう」
「ああ。何かあればまた報告する」
スピネドールはそれだけ言うと、スッと離れていった。
彼の後ろ姿を見送っているのは、2年の女子生徒たちだ。
「スピ様、素敵……」
「最近はあの1年生に御執心なのね」
「あの子、1年の特待生首席でしょ?」
視線がこっちに向いてくる。ところで「スピ様」ってスピネドールのことか?
「あの1年生……ええと、ジン君だっけ? やっぱり首席同士、気が合うのかな?」
「でもジンって子、2年の特待生たちを魔法も使わずに全員ボコボコにしたって聞いたわよ」
「うわ、凶暴!?」
否定はしない。ちょっとやり過ぎた。
しかし2年の女子生徒たちは勝手なことを話し合っている。
「炎の貴公子と名高いスピ様と、手のつけられない暴れん坊のジン君」
「気高き竜と野生の猛獣ね。ん、意外と絵になる組み合わせかな?」
「ジン君も顔だけ見たら綺麗だもんね。抜き身の剣みたいな鋭さがあって割と好みかも」
心底どうでもいいから他所でやってくれ。
「でもジン君、1年生を集めて勉強会を開くぐらい人望あるんだよ」
「あ、それ見た見た。しかもスピ様が座って、熱心に話を聞いてたの!」
「えーっ!? スピ様がジン君から教えを受けてるの!?」
本当にどうでもいい。食べ終わったのなら早く教室に戻ってくれよ。
全力で聞こえないふりをして昼飯を食っていると、2年の女子生徒たちは妄想をエスカレートさせ始めた。
「スピ様ったら、そんなにジン君に御執心なのね……」
「やだ、なんかドキドキしてきた。これって恋? どっちに対しての恋?」
「あ、そういうの好きなんだったら、今度いい本貸そうか?」
もういいや、俺の方から出ていこう。やっと食い終わったし。
俺は立ち上がって食器を返却すると、図書館にでも逃げ込むことにした。
しかし教官長か。そいつを攻略すれば、学院長のゼファーの耳にも届きそうだな。