第16話「雷帝の講義(後編)」
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こうして俺は、とりあえず特待生の残り3人を巻き込むことに成功した。トッシュたちは毎日、俺の拙い講義を聴いてくれている。
といっても彼らは魔術師であり、物理学者ではない。必要なのは一般教養程度、数式を用いない範囲での知識だ。
この3人が、俺の尖兵となって学院をメチャクチャにしてくれる。
「俺たちは最近、ジンの勉強会に毎日参加してるんだぜ!」
お調子者のトッシュは、頼まれもしないのに他の生徒たちに自慢しまくっている。あいつの口の軽さはどうかと思うが、今回ばかりは頼もしい戦力だ。
ただひとつ、こいつには問題があった。
講堂に集まっている一般生の連中が、疑わしそうな表情で言う。
「それ本当なの?」
「トッシュはすぐ適当なこと言うからな……」
トッシュは新入生の間でも信用が低かった。
すると特待生の一人、アジュラが口を開く。
「心配ないわ。そいつが言ってることは本当よ。私もナーシアも参加しているもの」
「うん。魔術の奥義を教わってるんだよ」
それは違うけど、まあいいや。
さすがにアジュラとナーシアは信用されているので、一般生たちが互いに顔を見合わせる。
「四天王筆頭のジンの勉強会か……」
「魔術の奥義って、どんなことを教えてもらえるんだろ?」
みんなの視線が俺に突き刺さってくる。
俺は講堂の隅でおとなしく読書していたが、ちらりと顔を上げた。
「破壊魔法を効率的に操るために必須の知識、熱力学の基礎だ」
するとマリアム……いやマリエが、すかさず口を挟む。
「じゃあここの教官たちは、そんな必須の知識も教えてくれないのね?」
ナイスアシストだ、妹弟子。
マリエの言いようはだいぶひどいが、教官たちの知識は確かに浅い。
それだけに実力も低い。あれじゃ火縄銃相手に戦っても勝てないだろう。
火縄銃に勝てない魔術師から戦い方を教わっても、やはり火縄銃には勝てない。ここの卒業生が戦場に赴くことになれば、大半が戻ってこられないだろう。それは避けたかった。
そのためには教官をこき下ろすのも仕方がない。そういうことにする。
そして自分の発言が真実だと証明されたので、トッシュのトークが止まらない。
「ここの教官の講義なんかクソさ! それに比べたらジンの勉強会は本当に凄いんだぜ! 特に魔力に余裕がないヤツは、エネルギー保存の法則ぐらいは絶対に知っといた方がいいって!」
特待生と違って、一般入学の生徒たちは魔力に余裕がない。程度の差こそあれ、みんな初心者レベルだからだ。
みんな顔を見合わせていたが、やがて一人の女子生徒が声をあげた。
「あっ、あのっ、ジンさん! その勉強会、私も参加できますか?」
ユナだ。魔法の射程が足りなくて四苦八苦していたが、ちょっとした手ほどきでいきなり射程を伸ばした子だ。素質がある。
学ぶ意志と能力のある者を拒絶なんかしたら、俺の師匠に叱られるからな。
「歓迎するぞ」
俺がうなずくと、マリエも挙手した。
「私もいいかしら?」
「もちろんだ」
こいつ、タイミングを見計らってたな。
一気に2人の生徒が参加を希望して受け入れられたので、他の生徒たちもおずおずと挙手する。
「ええと、それじゃ俺もいいかな……?」
「あ、じゃあ私も」
「参加していいのなら俺も頼むよ」
全員の能力を把握している訳ではないが、こうなったらまとめて面倒みよう。
「誰でも歓迎するが、そんなに面白い勉強会じゃないぞ?」
なんせ地味だからな。
新入生は数十人いるので、寮の食堂で全員まとめて教えるという訳にもいかない。さすがに邪魔になるし、2年生が黙っていないだろう。
そこで3つの流派、元素術・精霊術・古魔術のそれぞれに分けて勉強会をすることにした。
例えば元素術はこうだ。
「元素術は最も物理学に近い魔術だ。自然科学の知識があることを前提にしているから、おそらく最も難解な流派になっていることだろう。それだけに応用の幅は広く、最終的には最も強力な魔術を行使できるようになる」
俺は元素術の祖となった学友リッケンタインを思い出す。
「元素術の奥義を究めるには、高度な数学の知識が必要になる。数学が苦手な者は今のうちに精霊術か古魔術に転向するか、数学の特訓をした方がいい。ただし俺は数学がさっぱりわからんから聞くな」
お前の魔術はクソ真面目すぎて敷居が高いんだよ、リッケンタイン。
そして精霊術の場合はこうなる。
「精霊術は難解な魔術をわかりやすい4つの属性に分け、系統ごとに精霊という個性を与えたものだ。直感的に魔術を扱える」
リッケンタインの難解な指導法ではなかなか弟子が増えなかったので、焦れたレメディアが作った流派だ。
個々の事象を「精霊」というキャラクターに置き換え、性質や注意点を「火の精霊たちは凶暴で飽きっぽい」とか「水の精霊たちは悠長だが面倒見がいい」といった感じで理解させている。
もちろんそれは科学的な態度とは少し違うが、レメディアは「とにかく普及させなきゃ話になんないでしょ」と言っていた。
また「地・水・風・火」の4属性が「固体・液体・気体・プラズマ」も意味していたりと、とにかく科学と魔法の融合に苦心した流派だ。
たまに無理矢理なこじつけがあったりもするが、「この精霊はそういう性格だから」で強引に乗り切っている。
「精霊術師たちは平行して自然科学を学び、精霊たちの本質についてより深い理解を得ていけばさらに強力になれるだろう。精霊たちは自然現象であり、付き合いが長くなったからといって甘やかしてくれる訳ではない。それを肝に銘じてくれ」
最後に古魔術だ。
「古魔術は、魔術言語の組み立てによって力を行使する。本来の難解さでは元素術と同じようなものだ」
古魔術は祭礼や祈祷に用いられていた古い言葉を用い、魔法が使えるようにしたものだ。
これらの言語は一般の人々にとって親しみがあり、さらに神聖で神秘的とされる。だから人々に受け入れられると創始者のユーゴは考えたらしい。実際、三大流派として広く普及した。
元素術を理系の魔術とすれば、古魔術は文系の魔術だ。数学を一切必要としない画期的な魔術だが、その代わりに複雑な文法をマスターする必要がある。
ただ、既存の信仰や文化と密接に関係している言語だけに、創始者の神格化も激しかった。そのせいでユーゴは各地で聖人として崇拝されている。
「現在の古魔術は、『聖典』と称される古典魔術書の暗誦に重きを置いている。だがあれは聖典ではなく教本だ。少なくとも創始者ユーゴは構文の作例として著述している」
古魔術の教本は、例文の単語を少し入れ替えるだけで無限のバリエーションが生まれる。教本の例文を神聖化し、暗誦ばかりしているのはもったいない。どんどん新しい呪文を作るべきだ。
「ユーゴや高弟たちを神格化せず、彼らの遺した呪文をどんどん作り替えてみるといい。文法を守っている限り、危険なことは決して起きないからな。古魔術は世界の真理と対話するための言語なんだ」
3つの流派はアプローチの方法が違うだけで、目指しているのは真理の探究だ。
魔術とは「真理の宝物庫に入るための手段」であり、合鍵を作って忍び込んでもいいし、窓を破って押し込んでもいいし、壁を粉砕して乗り込んでもいい。重要なのは結果だ。手段ではない。
リッケンタインたちはこの考え方を「盗賊の理論」と呼んでいた。
そんな話をしていくと、生徒たちは意外にも熱心に話を聞いてくれた。
「まじかよ、リッケンタインってそんなこと考えてたんだ」
「精霊王レメディアにそんな意図があったなんて知らなかったわ。でもそれ本当?」
「ユーゴ導師の聖典がただの教本だったなんて、先生は教えてくれなかったぞ?」
本当も何も、本人たちから直接聞いたんだから間違いないんだよ。
するとマリエが当たり前のような顔をして言う。
「ジンは賢者シュバルディンの後継者だから、言うことに間違いはないわ」
「えっ!?」
俺と他の生徒たちが同時に声をあげた。
マリアム、いやマリエ、お前は何を口走ってるんだ。
生徒たちがざわめいている。
「シュバルディンって、ゼファー学院長と同じ『三賢者』の1人だろ?」
「『聖者』ゼファー、『隠者』シュバルディン、『魔女』マリアム。みんな有名だよね」
「シュバルディンだけは弟子を取らずに、世界中を探索してるって聞いたけどな」
意外と知られてるんだな、俺。
ていうか、ゼファーのどこが「聖者」なんだ。
やがて生徒たちは俺を見て、深くうなずく。
「でもジンのメチャクチャな強さを考えたら、むしろ『三賢者』の弟子でない方がおかしいよな」
「ああ、さすがは四天王筆頭だぜ」
さすがに事実を全部話す訳にはいかないし、かといって全部ごまかすのも難しい。
この説明なら俺の知識に信憑性を与えつつ、俺がシュバルディン本人ではないということにできる。ちょうどいいだろう。
あれでも、いっそ俺がシュバルディンだって名乗った方が、ゼファーのヤツは出てくるんじゃないかな?