第15話「雷帝の講義(前編)」
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さて、このマルデガル魔術学院をメチャクチャにするといっても、どうしたものか。
物理的にメチャクチャにするだけなら、今すぐにでも終わる。この山城を改装した学校は、地図から綺麗さっぱり消え去るだろう。山ごと。
もちろん生徒や職員に被害を出す訳にはいかないし、生徒たちの将来のこともある。メチャクチャにするといっても、綺麗にメチャクチャにしなければならない。
どうしたものか……。
迷った末に、俺は最も賢者らしい方法でやることにした。賢者じゃないけど。
「トッシュ」
「どした?」
俺の寮の部屋で勝手にくつろいでいるトッシュに、俺は声をかけた。
「アジュラとナーシアに声をかけてきてくれないか。勉強会をしようと思うんだ」
「勉強会か」
トッシュはちょっと面倒くさそうな顔をしたが、すぐに笑顔になる。
「ジンと一緒に勉強できるなら、ここの教官どもから習うより役に立ちそうだな! いいぜ、すぐに呼んでくる!」
やっぱり、そういう反応になるか。
俺が教官たちの面子をボコボコにしたので、今年の新入生たちは教官をあまり信頼していない。
本来は最も良くない状態なのだが、今回はこれを活用させてもらおう。
すぐに特待生仲間のアジュラとナーシアが、寮の食堂にやってきた。彼女たちは男子寮には入れないから、勉強会はここでやるしかない。
「なんか、ジンが勉強会やるって聞いたんだけど……」
火の精霊術を使うアジュラが、怪訝そうな顔をしている。
古魔術使いのナーシアも、不思議そうな顔をしていた。
「急にどうしたの、ジン? トッシュにひどいことされた?」
「してねえよ!? お前ら、俺とジンとで信用度に差がありすぎないか!?」
「自業自得でしょ」
アジュラはトッシュに笑いかけた後、俺に真面目な顔を向けてきた。
「それで、どんな勉強会? 魔術よね? 歴史とかだったらさすがに帰るわよ?」
「魔術じゃない。熱力学という学問の話だ。破壊魔法の取り扱いには必須の知識だが、帰りたければ帰っていいぞ」
無理強いはできないからな。
アジュラは唇に指を添えて「う~ん」と悩んでいたが、最後に大きくうなずく。
「ま、特待生首席の雷帝さんが主催してくれるんだから、参加しとかないと損よね。いいわ、その熱力学ってのを聞かせて?」
「私も興味あるかな。魔術に役立つんだよね?」
ナーシアが尋ねてきたので、俺はうなずいた。
「もちろんだ。これを学べば呪文の適切な選択ができ、効率的に敵と戦える。本来の実力以上の力を発揮できるだろう」
魔法で引き起こした現象といえども、術者の手を離れた後は物理法則に従う。炎は弱まり、稲妻は導電性の高いものへと導かれ、石弾は放物線を描く。
物理法則を知らずに熱や運動といったエネルギーを扱うことはできない。
俺は食堂のテーブルの上に置かれている燭台から、ろうそくを1本失敬した。魔術学院の建物は魔法の照明が使われているので、燭台は非常灯だ。
「ではまず破壊魔法の力の根源について、ろうそくを例にしながら考えてみよう。ろうそくに火を灯すと炎が生まれるだろう?」
俺が指をパチンと鳴らす……のが実は苦手なので、それっぽい仕草をすると、ろうそくにポッと火が灯る。
「この炎は破壊魔法の炎と違って、すぐには消えない。アジュラ、なぜだかわかるか?」
すると火の精霊術師であるアジュラは当然のように答える。
「ろうそくが燃えてるからね。燃料がなくなるまで燃え続けるでしょ」
「そう、その通りだ。ろうそくという燃料があるから、この炎は消えない」
俺はろうそくを手にしたまま説明を続ける。
「この炎は2つの力を持っている。『熱の力』と『光の力』だ。どちらも火の利用には不可欠の力だな」
「そうね、火こそ万物の根源だもの」
アジュラが誇らしげに胸を張る。
それはちょっと違うような気もしたが、説明を先に進めさせてもらおう。
「話を簡単にするために、ここでは『熱の力』だけに注目しよう。『熱の力』の源は、ろうそくにある。ろうそくが燃え尽きれば、炎が消えて『熱の力』も生まれなくなる。ここまでは別に不思議じゃないだろう?」
俺が尋ねると、一同はうんうんとうなずいた。さすがは特待生だ。
「この炎の『熱の力』は、無から生じたものではない。ろうそくの中に最初からあっただけで、それが炎という形で取り出されただけだ」
「さっきから当たり前の話ばっかりだな」
トッシュが早くも退屈そうにしているので、俺は意地悪な質問をしてやる。
「なら質問だ、トッシュ。ろうそくが燃え尽きた後、『熱の力』はどこにいく?」
「え? あー……うん?」
トッシュは腕組みして少し考え込んだ後、こう答えた。
「そりゃ消えちまうだろ。ろうそくも炎も無くなって、『熱の力』も無くなる。当たり前じゃん」
「ところが、そうじゃないんだ」
ここが大事なポイントなので、俺はぐっと身を乗り出す。
「もし百万本のろうそくを燃やせば、さすがに部屋の中は暖かくなるだろう? それと同じように、1本のろうそくの炎も部屋の空気を暖める。『熱の力』は消えていないんだ」
「いやでも、さすがに1本じゃ部屋の空気は暖まらないだろ」
トッシュの言い分ももっともだが、俺は首を横に振る。
「体感できないだけで、ほんのわずかにだが室温は上昇している。力は決して消えない。見えなくなっただけで、この世界を永遠に巡り続けるんだ。見えないものを無視しちゃいけない」
「ふーむ……」
お、トッシュが真面目に考えてるぞ。
「だったら質問していいか? 百万本のろうそくで部屋を暖めた後、火を消すとそのうち部屋はまた寒くなるよな? 百万本分の『熱の力』はどこにいったんだ?」
「壁や窓から外に逃げていく。部屋という小さな系で考えずに、屋外も含めた大きな系で考えれば、『熱の力』は消えていない。平衡状態になるべく散っていっただけだ」
ふと気がつくと、ナーシアが熱心にメモを取っていた。紙には部屋とろうそくが描かれ、太い矢印が何本も引かれている。熱エネルギーの移動を表しているのだろう。
「なるほど……うん、そうか……」
ナーシアは顔を上げて、目をキラキラさせた。
「ジン、すごい! この話とっても面白いよ! もっと聞かせて!」
アジュラとトッシュが顔を見合わせると、俺に曖昧な笑みを浮かべてみせる。
「ええと、そうね。すごく……なんか、火が……神聖でアレだから」
「お、おう! 熱いよな!」
こいつら大丈夫かな……。