第123話「魔術師の決闘」
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俺は雷震槍を携え、サーリヤという少女の前に立つ。本当は奇襲で仕留めたかったが、巻き込まれたら皇帝が死ぬ。機をうかがう余裕もなかった。
こいつムチャクチャしやがるな。
導師はまだ俺がシュバルディンだと気づいていないようで、怒り狂っている。
「また貴様か! 何のつもりだ!」
しょうがないからもう名乗ることにする。
「シュバルディンという男に復讐したいんだろ? 来てやったぞ」
「なに!?」
導師は目をギラつかせ、俺をじっと睨みつける。俺はその間に、ギュイ皇帝に防御の術を幾重にもかけておいた。導師が次に何をするか全く予想できないからだ。
その導師はというと、口元に歪んだ笑みを浮かべてきた。
「そうか、貴様は……貴様が、貴様がシュバルディンだったのか……なるほど、ふははははは!」
怖い。
我が友ラルカンよ、お前はもう少し慎重に弟子を選ぶべきだったと思うぞ。
次の瞬間、導師は複数の破壊魔法を同時に解放する。
「死ね!」
ほらみろ、メチャクチャだ。
ベオグランツ帝国の帝都宮殿が大爆発し、石柱やガラス片を巻き上げながら粉々に吹き飛ぶ。大惨事だ。
不幸中の幸いというか、俺は広範囲に防御魔法をかけていた。宮殿敷地内にいる人間に被害は出ていないはずだ。
導師は周囲への巻き添えを全く考慮しないので、戦う前に周辺の安全を確保しておく必要があった。
「死ね死ね死ね死ね!」
稲妻が飛んでくる。『雷帝』を授かった俺に電気エネルギーを当てても無駄だぞ。習得の前提条件となる術のおかげで、電気に対する防御はほぼ完璧になっている。
他にも猛毒の瘴気やら、凶暴な召喚獣やら……召喚獣が猛毒の瘴気で動かなくなってるんだが、あれはいいのか? 手当たり次第にも程がある。
俺は飛んでくる術を片っ端から解除しつつ、導師に声をかけた。
「無駄だ。どんな魔術にも必ずそれを無効化する術がある。一定以上の魔術師同士が争う場合、破壊魔法は意味を持たないぞ」
すると攻撃が止む。
それはいいんだが、立派な宮殿が瓦礫の山だ。その瓦礫の中から衛兵や侍女たちが這い出して、必死に逃げている。時間を稼ぐから早く避難してくれ。
正直なところ、帝都で戦うのだけは避けたかった。こうなるのが目に見えている。
しかし導師の居場所がなかなかわからなかったので、皇帝に接触することにした。そうすればほぼ確実に、俺の動きが導師にも伝わる。
そう思って来てみたら導師が皇帝を殺そうとしていたので、慌てて戦いを挑むはめになってしまった。ここで皇帝に死なれると戦争を終わらせるのが難しくなる。
だが困ったことに、導師は決して侮れない力を持っている。腐っても八賢者の高弟だ。
その導師はハアハアと息を切らしつつ、砂埃の中から姿を現す。
「これは挨拶代わりだ。私から逃げ回ったお前へのな」
「ラルカンは魔術師同士の挨拶も教えてくれなかったのか?」
軽く挑発しておこう。
その瞬間、導師は逆上した。
「黙れ! 貴様らが我が師の名を口にするな!」
「そうか、やっぱりラルカンの弟子か」
恨まれるのは覚悟の上だが、それにしても恨み方が凄まじいな。
俺は時間稼ぎを兼ねながら、導師に言ってやる。
「ラルカンは宇宙の熱的終焉を防ごうとしたんだ。だが彼の力をもってしても、宇宙の理を変えることはできなかった」
「黙れと言っているんだ!」
雷撃が飛んでくる。
もちろん効かない。
俺も黙らない。
「あいつは実験開始と同時に死んだ。助けようがなかった。そして術者不在となって暴走した術には、この惑星程度なら跡形もなく吹っ飛ばすほどの力があった」
「嘘だ! 私はお前が師を殺すところを見た!」
やけくそみたいに破壊魔法が飛んでくるが、火も氷も効きはしない。俺は続ける。
「お前の記憶が間違ってるんだ。お前は侵襲型転生を繰り返し、当時の記憶は劣化しているはずだ。自分の名前を言えるか?」
「なっ……名乗るつもりはない!」
導師は即答したが、その表情は肯定としか思えない。彼は……いや彼女かもしれないが、とにかくあいつはもう自分の本当の名前すらわからなくなっている。
だが人間は忘れてしまった記憶を勝手に作り出す。あいつの記憶の中では、俺がラルカンを殺したことになっているんだろう。
まあいい。俺たちが殺したようなものだ。
あのとき、俺たちがラルカンの悩みに気づいていれば。
大勢の弟子に囲まれ、幸せそうに研究に没頭していた温厚な兄弟子。
まさか彼が「遠い未来に全てのエネルギーが平衡状態になり、あらゆる生命が存在できなくなる」という、熱力学第二法則をあんなに深刻に考えていたなんて。
正直、今でも俺はラルカンの悩みがわからない。
それって何兆年ぐらい先の話なんだ? その頃には人類なんかとっくに滅んでる。種の寿命なんてせいぜい百万年そこらだぞ。
でも彼は大真面目に悩んでいた。
だから俺は苦い悔恨と共に言葉を吐き出す。
「あのとき、俺が師匠の言葉を繰り返してやればよかったんだ。『永遠を望む者に永遠は訪れぬ』と」
「何を言っている!」
導師は火球を投げつけ、俺の周囲に大爆発が起きる。もちろん効かない。
こんな茶番でも周囲には甚大な被害が出る。この哀れな過去の亡霊を止めなくては。
俺は瓦礫を踏みしめながら印を組んだ。
「お前はわかっているはずだ、魔術師の本当の戦いはこんなものではない」
すると導師は歯ぎしりしながら叫ぶ。
「おお、わかっているとも!」
魔術師はどんな魔法にも対抗策を用意できるから、隕石群を召喚して頭上に降らせたところで防がれる。
だが魔術師も生身の人間だ。防がれさえしなければ、血栓ひとつ、毒一滴で倒せる。
魔術師同士の決闘で最も大事なのは、どうやって相手の魔法防御をかいくぐり、致命的な一撃を叩き込むかだ。
導師が詠唱を開始した。だが今度は破壊魔法ではない。
どうやら導師もようやく、「魔術師の戦い」をする気になったようだ。
俺も準備しておいた術式を展開する。
俺が本命として叩き込む術は『誘眠』。強い眠気をもたらし、問答無用で眠らせてしまう術だ。地味だが確実に戦闘不能にできる。
この上位にはもっと強力な『昏睡』の術があるが、敢えて下位の術を使うことで悟られにくくした。
後はこれをどうやって導師にぶち込むかだ。
『誘眠』の術を詠唱していると気づかれたら確実に防がれる。バレないように暗号化して詠唱するしかない。
だがそれだけでは不十分だ。
すかさずカジャが俺に報告する。
『あるじどの、ダミー術式を1024個展開しました。詠唱は暗号化しています』
『よろしい』
本命と合わせて合計1025個の詠唱が同時に進行している。
導師は暗号を解析することで、どれが本命かを探り当てることができる。
だが1025個の暗号を解析するには時間が足りない。詠唱はごく短時間で終わる。
もちろん当てずっぽうでどれかひとつを選んで暗号を解析し、詠唱を妨害してもいい。
だが確率的にほぼ当たらない上に、仮に本命を選んでも無駄だ。本命にアクセスされた瞬間、俺は全ての詠唱を中断してもう一度同じことをやるからだ。
つまり「千個以上の暗号をその場で解析し、本命を探り当てて妨害する」という能力を備えていない限り、俺の詠唱を妨害することはできない。これが俺の対魔術師戦における真の攻撃能力だ。
『あるじどの、敵魔術師が七つの詠唱を開始しました。一応ですけど暗号化されています。暗号形式は単換字式と推定』
『頻度解析しろ。魔術構文による偏差修正を忘れるな』
単換字暗号は、文字ひとつを別の文字ひとつに置き換える暗号だ。解読表がなければ読めない。この世界では最強の暗号として君臨している。
あくまでも「この世界では」だが。
『あるじどの、頻度解析が完了しました。実行中の詠唱のうち、六つが実効性のないダミーです』
『本命に魔力減圧をかけて妨害する』
どの言語にもよく使われる文字とそうでない文字があり、暗号文に使われている文字の頻度から元の文字を推定することができる。
この頻度の偏りによって解読表を作り上げれば、単換字暗号は解読可能だ。
導師が唱えていた本命は『凝血』の呪文だった。特大の血栓を作り、俺を脳梗塞か心筋梗塞あたりで殺すつもりらしい。
対抗策として俺は自分に『凝血阻止』の術をかけ、同時に相手の詠唱を妨害する。
導師の詠唱のうち、ダミーの詠唱は100%完了した。もちろんダミーなので何も起きない。魔力を注入してない空っぽの術だからだ。
一方、本命の『凝血』は詠唱完了まで16%のところで止まっている。17%になるにはあと数十年かかるはずだ。
「ぐっ!?」
導師は自分の攻撃が通用しないことを知り、慌てて防御に切り替えた。俺の詠唱を遅延する術で時間を稼ぎながら、1025個の詠唱を解析しようとする。
だが無駄だろう。
「諦めろ。使い魔のいないお前に俺の術は防げん」
だがそのとき、瓦礫の中から這い出したギュイ皇帝が叫んだ。
「き、気をつけろ! そいつは使い魔とやらを持っているぞ!」
なんだって!?