第12話『図書室の調査』
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こうして俺は上級生や教官たちに睨まれ、面倒くさいヤツとして疎まれることになった。
はずなのだが。
「あれが特待生の実力か……」
「俺、あいつが入試のときに丸太を黒焦げにするのを見たぞ」
「あ、見た見た。凄い稲妻だったよね」
「雷撃の使い手なのか……」
「まるで神話の雷帝だな……」
他の新入生たちがヒソヒソと会話しているのが、俺にも聞こえてくる。変な話だが、どうも一部では尊敬されているらしい。
教官と勝負して勝ったのが、10代の子供たちに受けたようだ。
あんまり格好いい話じゃないんだけどな。
それにしても居心地悪いな。聞こえないふりをしておこう。
「なあ、見ただろ!? あれが特待生4人の中でも最強の『雷帝』ジンの実力さ!」
おい。おい、トッシュ。
お前、何を口走っているんだ。
トッシュは誇らしげに胸を張ると、聞こえないふりをしている俺を指差す。
「あいつは特待生二次試験で、骸骨兵のほとんどを一人で殴り倒したんだぜ! 魔法だけじゃない、格闘術も達人なんだ!」
違うから。俺の武術は嗜み程度だから。
「それ、本当なの?」
「ああ、俺は見たぜ! 不思議な格闘術だった!」
ただの組み討ち技だ。魔術師たちが知らないだけで、士族なら国や時代を問わずだいたい使える。
俺の家は郷士だったから、槍術・剣術・具足術・水泳術・馬術など、戦場で必要になる技は一通り嗜んでる。
国ごと滅びたけど。
師匠に拾われてなかったら、俺もあのときに野垂れ死にしていたはずだ。
『危ういところじゃったな』
『お姉ちゃんは誰……?』
『わしか。わしは旅の学者じゃよ。それよりもおぬしの身内はおらぬのか?』
『父上たちは俺たちを逃がす為に戦って……』
『よし、わかった。周辺を探索して散り散りになった者たちを救出しよう。おぬしの力が必要じゃ』
『俺の……力?』
『そうじゃ。余所者のわし1人では、誰も信用してくれまい?』
あのときの優しく頼もしい笑顔を、俺は一生忘れないだろう。
あの日の師匠に、俺は少しでも近づけただろうか。
「ジンの魔力と武術は底知れないからな! みんなも見ただろ? 特待生の四天王でもぶっちぎりの強さなんだ!」
トッシュはそろそろ黙れ。
あと四天王って何だ。お前も入ってるのか、それ。
俺が昔を思い出している間に、あのお調子者はぺらぺらと余計なことをしゃべりまくっていたらしい。
「特待生2年筆頭のスピネドールも、ジンには全く太刀打ちできなかったんだ。ジンの強さは桁外れだぜ」
特待生だろうが2年だろうが、みんな同じようなもんだよ。全員未熟者だ。
もちろん俺も。
「なあジン?」
やめろ、俺に振るな。
「あっ、おい!? ジン!?」
「自習する」
いたたまれなくなった俺は立ち上がり、こそこそと講堂を抜け出したのだった。
マルデガル魔術学院には立派な図書館があり、生徒はいつでも利用することができる。俺たちも正式に1年生になったので、やっと図書館に入る許可が下りた。
本、特にまともな内容の本は貴重品だから、なかなか触らせてもらえない。
調査は図書館から始めよう。講義の方は内容があの水準だし、教官に目をつけられてしまっただろうからやりづらい。
しかし閲覧を始めた俺は、またしても失望することになる。
「蔵書の水準が低い……」
立派な装丁の書物が多数あったが、中身はあんまり立派ではなかった。
まず、内容が魔法関係に偏りすぎている。物理学や医学や歴史学の本がほとんどない。
その魔術書にしても、中身はお粗末なものだった。
カジャが書物の情報を読み取りながら、不満そうにつぶやいている。
「あるじどの。この一冊だけでも577ヶ所、保持している情報と食い違ってるんですけど……上書きしますか?」
「ダメに決まってるだろう。記録しなくていい」
俺たちの師匠が、この世界に魔法の概念をもたらして300年。そこから少しは発展しているかと思ったが、まるで進歩していない。
「この有様ではリッケンタインたちも浮かばれないな」
最初の弟子である俺たち8人のうち、リッケンタイン、レメディア、ユーゴの3人が元素術・精霊術・古魔術の開祖となった。
3人とも、師匠の伝えた高度な魔法を当時の人々にわかりやすく伝えようと必死だった。
「リッケンタインたちがわかりやすさを重視したせいで、魔法の水準はだいぶ低くなってしまったようだな」
「そのようですね、この粗末な魔術書を見た感じだと」
「それでも、少しずつ発展させていけばいいと、3人は未来に期待をかけていたのだが……」
だが悲しいことに、彼らの弟子たちは先人の技術を踏襲するだけで全く発展させていないようだ。
理論の研究などはほとんど行われておらず、いかに「偉大なる先達の技を継承するか」ということを重視している。
「定型の偏重、開祖の神格化、閉鎖的な派閥……これでは衰退する一方だ」
師匠や仲間たちが目指した、開放的で学究的な学問の世界とは縁遠い世界だ。この調子だと、あと千年経っても何も進歩しないだろう。
「カジャ。まともな書物がないか検索してくれ。処理優先度は下の方でいい」
「はぁい、空いてる処理能力でやっときます」
「うむ」
俺は悲しい気持ちになり、革張りの魔術書を書架に戻す。
室内を見回すが、閑散としていた。長い黒髪の女子生徒が1人、窓際でダルそうに本を読んでいるだけだ。
教官にいたっては1人もいない。
「教官がおらんな」
「そのようです」
カジャの返事が適当なのは、空いた処理能力を蔵書の確認に充てているからだろう。
「こんな蔵書でまともな研究ができるとも思えんが、それはそれとして教官たちは勉強してるのか?」
「さあ……」
人に何か教えるには、教える内容よりも上の知識が必要になる。教える内容が次の段階でどのように役立つのか、それを知らずに教えることなど不可能だからだ。
「師匠が常々言っていたことだが、師となる者は弟子の何倍も知識を持っていなくてはいけないそうだ」
「不便ですね、人間の学習って」
「そうかもしれんな。それゆえ師自身が研鑽を怠っていると、いずれ弟子に何も教えられなくなる日が来る」
弟子は成長するからな。俺たちのように。
それなのに、ここの教官たちは全く勉強している様子がない。ここがまともな学校でないことだけは、もはや疑いの余地もない。
だがゼファーほどクソ真面目な学徒が、こんなお粗末な学校を作るだろうか?
仮にあいつが悪の道に踏み込んでしまったとしても、目的達成のために最も効率的な手段を選ぶはずだ。師匠の先進的で効率的な指導方法を使わないはずがない。
「正門前での襲撃といい、ゼファーではない『誰か』がいるな」
「誰です、それは?」
「少なくとも生徒ではあるまい。おそらくは学院の上層部だ」
この学院に留まる以上、そいつとはいずれ戦わねばならない気がする。
おおかた兄弟子の不始末だろうから、ここは俺が軽く掃除してやろう。