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第11話『主任教官との対決』

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 こうして教官と初日から衝突していたら、案の定妙な雲行きになってきた。

 翌日、俺たち新入生は講堂に集められる。講堂に立っているのは、30代ぐらいの男性教官だ。昨日の若い教官とは違う。



「俺は22期主任教官のエバンドだ。22期生の諸君は、この栄えあるマルデガル魔術学院で魔術を学び始めたばかりだな。中には少しばかりの魔術を振りかざし、得意げになっている者もいるようだが……」

 見てる。俺を見てる。物凄く敵対的な目で俺を見ている。



 主任教官は俺を睨んだままだ。

「お前たちに使える魔術など、たかが知れている。今一度気を引き締め、謙虚になることだな」

 全くその通りなので、俺は深くうなずいた。



 反省しまくる俺だが、教官はまだ俺を見ている。

「諸君の中には、この学院の実力に疑問を感じている者もいるようだ。だが諸君らの力など児戯に過ぎない。特待生首席のスバル・ジン」

 何なんだ。



「はい」

 俺が立ち上がると、主任教官はフフンと俺に侮蔑の笑みを向けた。

「少しばかりの魔術で思い上がっているお前に、真の魔術師の力を思い知らせてやろう。全員、隣の訓練場に移動しろ」

 本当に何なんだ。



 昨日スピネドールと勝負した訓練場には、2年生の生徒たちが実技の練習をしていた。訓練場には1学年分の面積しかないので、俺たちは空いているレーンに無理矢理割り込む形になる。



「おい見ろよ、1年どもだ」

「あいつだろ、首席のスピネドールを打ち負かしたって新入生は」

「うわ、エバンドだ。あの1年生、厄介なのに目をつけられたな」

 どうやらこの主任教官、生徒の評判はすこぶる悪いらしい。



 そして俺はそんな主任教官の横に立たされる。

「昨日は2年生首席と決闘したそうだな、お前?」

「軽いじゃれ合いです、主任教官」



 本当の魔術師の戦いは、あんな単純なものではない。

 目の前にいる相手を仕留めるために、防御や陽動のために膨大な数の術式を組む。使い魔も総動員して森羅万象を操り、その戦いは複雑怪奇を極めるのだ。

 はっきり言って殴った方が早いので、場合によっては剣や杖でガキンガキンやり合いながら術式を組んだりする。



 すると主任教官は薄く笑いながらうなずく。

「そうだな。交互に撃ち合うなどお遊びに過ぎん。魔術師の戦いは速さにある」

 お、その通りだ。なんだ、割とまともな魔術師じゃないか。見くびって悪かったな。



 そして主任教官は杖を手にすると、早口で何かを唱えた。

「キシュリシュシュルルッ!」

 次の瞬間、空中にボッと火の塊が生まれる。火の塊は一瞬で消えたが、生徒たちは驚いていた。

「今の見たか!?」

「詠唱が速すぎて聞こえなかったぞ!?」



 だが俺はこの詠唱に聞き覚えがあった。

「なんだ、短縮詠唱?」

「ほう、今のが短縮詠唱だと気づいたか。大したものだ」

 そんな大したもんじゃないだろう。



 トッシュが不思議に思ったのか、こそこそと質問してくる。

「短縮詠唱ってなんだ、ジン?」

「呪文の詠唱には省略しても構わない部分があり、そこを音便で短く切り詰めて時間を短縮する技術だ」



 俺の説明にみんなが驚いたようにうなずいている。トッシュも興味津々だ。

「すげえな。あんなに早く詠唱を完成させられるのか」

「いや、そんなお薦めできるようなものじゃないぞ……」

 俺が説明しようとしたのを、主任教官が邪魔する。



「これでわかっただろう。お前と俺では勝負にならん」

「そうですね。勝負にもなりません」

 正直がっかりした。短縮詠唱はずいぶん古い技術で、師匠がこの世界に魔術をもたらしたときに一部で流行した代物だ。師匠はとても嫌がっていたな。



 しかし主任教官は勝ち誇った表情をする。

「おやおや、特待生首席も大したことがないな? だが俺と勝負してもらうぞ。これは授業の一環だ」

「そうですか、では手短に済ませましょう」

 また破壊魔法対決かよ。



 俺が軽く溜息をつくと、主任教官の表情が変わった。

「なんだと?」

「早撃ち勝負でもするんですよね? 早く終わらせましょう」

「俺が短縮詠唱を修得していると知って、まだやるつもりか?」

「短縮詠唱では良くて2割程度しか短縮できませんから」



 主任教官が杖をへし折りそうな顔してる。

「だったらお前は、マルデガル魔法学院1年主任教官のこの俺を……短縮詠唱の使い手である俺を、打ち負かせるというんだな?」

「はい」

 何でもいいから早くやらないか。



「いい度胸だ。思い知らせてやる」

 主任教官は顔を真っ赤にして、訓練場に響き渡る大声で怒鳴った。

「今から俺とこの愚か者が、同時に詠唱を開始する! 先に術を完成させ、標的を撃ち抜いた方の勝ちだ!」



 2年の特待生たちがそれを聞いて薄く笑っている。

「あいつもこれで終わりだな」

「ああ。エバンドのヤツ、性格は最悪だけど詠唱だけはメチャクチャ速いからな」

 ただスピネドールだけは真顔で、じっと俺を見つめていた。何か言いたげな表情のまま、無言で俺を見つめている。



 俺は主任教官に向き直ると、条件を確認する。

「先に撃てばいいんですね?」

「そうだ。使う呪文は何でもいい」

 俺には事前詠唱という切り札がある。詠唱なしで術を完成させられるのだが、別にそんなものを使わなくても普通に勝負して勝つ自信があった。



 俺と主任教官は並んで立ち、向こうに置かれている丸太を狙う。やたらと丸太を消費する学校だな。なんなんだここは。

 主任教官は俺を睨みながら、銅貨を一枚取り出す。

「では、このコインが石畳で鳴った瞬間から詠唱開始だ。いいな?」

「わかりました」



 俺がうなずくと、銅貨が宙を舞った。石畳に落ちて、チャリンと鳴る。

 即座に主任教官が高速詠唱を開始した。

「キシュルリルルッシュシュ! シュスギュル……」

 遅い。遅すぎる。



「ディ・エルゴ・ダー」

 俺は三単語で呪文を完成させた。

 落雷の魔法が完成し、丸太の直上で炸裂する。丸太は黒焦げになった。



 振り返ると、主任教官はようやく火の球を完成させたところだった。これから投射を開始するのだろうが、いささか遅い。

 主任教官は唖然としている。掌の火球が消えるが、それにも気づいていないようだった。



「お、お前……今、何を……?」

「二重詠唱です」

 音便を使って詠唱を省略する『短縮詠唱』と違い、『二重詠唱』はひとつの呪文にふたつの意味を持たせる。



 例えば『トウモエヨ』という呪文があったとしよう。

 これは「う萌えよ」とも読めるし、「十、燃えよ」とも読める。

 植物の生育を早める呪文と10ヶ所まとめて発火させる術が、同時に使えることになる。



 実際にはそんなものを同時に発動させても持て余すことが多いだろうが、こういった感じで単語を組み合わせ、一度の詠唱で2つの意味を持たせるのが『二重詠唱』だ。

 2つの術をまとめて完成させられるので、複数の手順が必要な投射系の術などでは高速詠唱より圧倒的に早い。破壊魔法を唱えつつ、照準を合わせたり身を守ったりできる。



 俺は今、「放電を起こす呪文」と「放電発生地点を遠くにする呪文」を同時に唱えた。ひとつの呪文に両方の意味が備わっていたからだ。

 その結果、わずか三単語で遠く離れた標的に雷撃を当てることができた。これは二重詠唱の中でも、最も完成された呪文のひとつだ。



 主任教官は唇を微かに震わせ、ぺたんと尻餅をつく。

「二重詠唱……それも単語にひとつの無駄もない、完全二重詠唱だと!? は、初めて見た……」

 だとしたら、主任教官とやらの肩書きも大したことはないな。

 しかし妙だ。



 この魔術学院の創設者である兄弟子のゼファーは魔法なら何でも得意なので、即興で二重詠唱を使いこなす。俺にはとても真似できない。

 さらにゼファーは三重詠唱の構文も作っていて、俺も教えてもらった。使える状況がかなり限られるが、非常に強力だ。



 俺たちの師匠に至っては魔法装置を使って単語を総当たりで組み合わせ、17重詠唱などという狂気の領域に踏み込んでいた。

 もっともこれは魔法装置の演算能力を検証するのが目的であり、開発された呪文にほとんど実用性はない。



 何にせよ、ゼファーの学校で二重詠唱を教えていないのはつじつまが合わない。破壊魔法を素早く投射するなら、二重詠唱ぐらいは教えないと話にならないだろう。

 あいつは何を考えている?

 そもそもあいつ、まともに学校やる気あるのか?



 考えるべきことが増えた俺は、尻餅をついたままの主任教官に向き直る。

「大事な用ができました。講義は早退します」

 俺は主任教官に一礼すると講堂に戻る。時間の無駄だ。



 1年と2年の生徒、つまり全校生徒が俺を見ている。

「あ、あいつ、主任教官より詠唱が速かったぞ!」

「なに? 二重詠唱?」

「あんな速さで詠唱できるのなら、この学院で習うことなんか何もないだろ!?」

「1年首席のジンだっけ? あいつ何者なんだ?」



 教官が知らないことは生徒も学べない。

 予想以上にこの学校のカリキュラムは深刻だぞ。十代にとって2年という歳月は貴重だ。それを預かる以上、もっときちんと魔術を教えなくては不誠実だろう。

 何とかしてゼファーの居所を突き止めて、真意を問いただそう。


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