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潜伏賢者は潜めない ~若返り隠者の学院戦記~  作者: 漂月


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第107話「雷帝降臨」

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 ジンは槍を構え、サーリヤと対峙する。ファルファリエの知らない流派だった。

「お前、転生者だな? それも侵襲型だ」

「御明察と言っておこう。だがお前の方こそ何者だ?」



 ジンは問いに答えず、じりじりと間合いを詰める。

「侵襲型転生術は『書庫』からの持ち出しも実験も厳禁だ。基礎的な心得ができてないな。誰の弟子だ?」



「黙れ! 質問しているのは私だ!」

 サーリヤが前触れもなく炎の塊を放った。詠唱なしに呪文を使っていることにファルファリエは驚く。



 しかしジンは冷静だ。

「その程度か」

 その炎を空中で消してしまう。こちらも呪文の詠唱は無しだ。

 サーリヤが整った顔を歪める。みるみるうちに顔色が紫になった。

「ぐうっ!?」

 喉を押さえてのけぞったサーリヤだが、すぐに何かの魔法を使ったようだ。顔色が元に戻る。



「貴様、酸素を……!」

「『酸素』を知っているとなると、容疑者は絞られるな」

 そう言った瞬間、ジンが跳躍した。飛行術を使ったようだ。



「はあっ!」

 青白い放電の軌跡を描いて、ジンの槍が空中からサーリヤを襲う。

「ちぃっ!」

 サーリヤの周囲に見えない壁が生み出された。槍が寸前で弾かれる。

 だがジンは構わずに槍を繰り出し、叩きつける。



「うおりゃあああっ!」

「ぬぐぐっ!」

 サーリヤがよろめき、後方に飛び退いた。見えない壁は魔力の欠片となって砕け散り、消え去ったようだ。



「魔力は低いが『盾』の使い方は上手いな。実験で使っていたか?」

「うるさいぞ貴様は!」

 サーリヤが印を結ぶと、近衛兵たちの死体が爆発した。



 ばらまかれた臓物から赤褐色の霧がもわもわと湧き上がり、ファルファリエを包み込もうと爆発的に拡散する。

「これは!?」

 ファルファリエは危険を感じたが、走って逃げ切れる速さではない。



「このクソ外道が!」

 ジンが叫び、槍を振りかざした。猛烈な突風が吹き荒れ、霧が竜巻に吸い上げられていく。だが乾いた血のような色合いの霧は、まるで意志を持っているかのように竜巻に抵抗した。



「うるせえ!」

 ジンが一喝すると、竜巻を貫くように稲妻が落ちる。その瞬間、霧は文字通り雲散霧消した。だがまだ微量の粒子が空間を漂っている。

「そいつは猛毒だ! 触れるだけで死ぬぞ!」

「は、はい!」



「ちょっと、ちょっとファルファリエ様!」

 振り返ると黒猫がいる。ジロ・カジャにそっくりだ。

「どうも、タロ・カジャです。危ないのでこっちに」

 黒猫が袖をくわえて引っ張るので、ファルファリエは戦場から少し離れた。



 引っ張られついでに黒猫に聞いてみる。

「ジロ・カジャは無事ですか?」

「通信が途絶した地点で破壊されていました。魔術式の残骸は回収できましたけど」

「そう……ですか」

 覚悟はしていたが、ファルファリエは落胆を隠せなかった。



 その間にも、ジンとサーリヤの死闘は続く。ジンの放つ電撃と槍の猛攻に、サーリヤは防戦一方だ。

 おそらくサーリヤに何もさせないために、攻め手を緩めないのだろう。ファルファリエはそう思った。



「くそっ! なんなんだこいつの強さはっ!」

 サーリヤはかろうじて間合いを取り、再び炎を放つ。

 だが今度の炎は上空にばらまかれ、広範囲にまき散らされた。炎は森の木々の枝や幹に降り注ぎ、消えることなく燃え上がる。糊状の燃料が燃えているようだ。



「ジン殿! まだ近くに山狩りの領民がいるかもしれません!」

「わかってる! こいつの狙いはそれだ!」

 ジンが槍で薙ぎ払うと、サーリヤはフッと姿を消した。後には魔法陣を描いた護符だけが残る。



「やっぱり転移符で逃げたか。タロ・カジャ、座標の改竄は?」

「上書き防止の術式が組み込んでありましたから無理ですよ」

「ではまるっきりの素人という訳ではなさそうだな。今日は見逃してやろう」



 ジンは槍の放電を止めると、片手をサッと振った。たったそれだけで全ての炎が消え去る。

 ファルファリエはジンの魔術に圧倒されていた。

「凄い……」

「あいつの炎の半分は幻術で水増しした鏡像だ。大した使い手じゃない」

「いえ、ジン殿のことです」



 そう言ったのだが、ジンは手を軽く振って苦笑する。

「これでもまだまだ未熟者だ。それより救援が遅くなって済まなかった」

「いえ、ありがとうございます。こうして間に合ったのですから、感謝の言葉しかありませんよ」



 するとジンは頭を掻く。

「ファルファリエ殿が土壇場で念話を成功させたから間に合ったんだ。あれがなければ、先にファルファリエ殿を見つけていたのはあいつだっただろう」



「それは……」

 ファルファリエはジロ・カジャの小さな後ろ姿を思い出す。

「ジロ・カジャ殿に助言を頂きましたから」

「……そうか」



 ジンは何かを察したように目を伏せる。

「ジロ・カジャは街道沿いの宿屋で破壊されていた。断片をタロ・カジャが回収しているが、復元に必要な量が不足している」

「そうですか……」



 たった半日一緒に過ごしただけだが、人生最大の危機を救ってくれた相手だけに喪失感が大きい。

 ジンはファルファリエの肩をポンと叩くと、彼女を促した。



「帝国領は危険だ。いったん学院に帰ろう。いや、帰るというのは変か」

「いいえ」

 ファルファリエは首を横に振ると、泥で汚れた頬を擦った。



「帰りましょう、私たちの学院へ」


   *   *   *


 学院の医務室で、俺は疲れ果てて壁にもたれていた。

 目の前ではファルファリエがマリエの検診を受けている。

「大きな問題はなさそうね。微熱があるようだけど、これはたぶん通常の感染症だと思うわ。『屍霧(かばねぎり)』の毒じゃない」



 心配になった俺はついつい確認してしまう。

「本当に大丈夫か?」

「専門家の見立てに御不満なら、あなたが診れば?」

「無茶言うなよ」

 医学も治癒術も専門外だ。



 マリエから薬をいくつか渡されたファルファリエが微笑む。

「大丈夫ですよ。慣れない単独行で疲れただけです」

「だったら休養を取ってくれ。その間に学院とサフィーデ王室が情報収集をする」

 ジロ・カジャが破壊されたのは痛手だったが、人命には代えられない。彼女が無事で本当に良かった。



 するとマリエがカルテに何か書きながら、俺をじろりと睨む。

「私が危険に遭ったときも、それぐらいは心配してくれると嬉しいのだけど」

「してるだろう?」

 大事な妹弟子だぞ。

 俺は即座に反論したが、なぜか誰も発言しない。



 タロ・カジャが仕方なさそうに口を開く。

「それはあるじどのではなくマリエ様がお決めになられることですよ?」

「うむ……」

 なんで俺が悪いみたいになってるんだ。



「えー……あれだ、当面の間はタロ・カジャの日常業務にファルファリエ殿の警護を付け加える。普段はファルファリエ殿の近くにいるように」

「はぁい」

 タロ・カジャが尻尾をゆらんと振ったので、俺はついでに命令しておく。



「回収したジロ・カジャの要素を使ってみろ」

「えー……。まあ、わかりました」

 タロ・カジャは渋々といった様子で、パッと体毛を白に変える。



「どうも、白いタロ・カジャでーすっ! ジロ・カジャは消えてなんかいませんからねっ!」

「えっ!? ええっ!?」

 驚くファルファリエに説明してやる。



「二体のカジャは全く同じ術式で組み立てられている。違うのは性格の設定だけだ。そしてジロ・カジャの記憶はほぼ漏れなく回収できたから、こうしてジロ・カジャを再現することができる」



「再現……」

「ああ。ジロ・カジャそのものではない。だが偽者でもない。本物のジロ・カジャは今、タロ・カジャの中で眠っている状態だ」

「難しいですが、この子の中にあの子がまだいるのですね」

「そう思ってもらえると助かる」



 このへんは少々哲学的な話になる。「ジロ・カジャの記憶と性格をコピーしたタロ・カジャ」と「本物のジロ・カジャ」を識別する方法はないからだ。

 製作者である俺ですらシリアルナンバー以外では識別できない。

 もっとも人間だって似たようなものかもしれない。

 魂とはいったい……。



「そうそうマリエ、敵の魔術師の正体が少しわかった。おそらく転生者だ。それも侵襲型の」

 ファルファリエを送り出したマリエが真剣な表情で振り返る。

「その話、詳しく聞く必要がありそうね」

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― 新着の感想 ―
[良い点] いい感じの逆転劇ですが、ままならないのがいいです。 [一言] それでもジロは、戻らない
[一言] あっさり逃げられてしまったな。
[良い点] マリエ嫉妬かわいい
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