6-10 蘇る死者再び
小さな棺を数人の男が運んでいき、その後を女の子の親類縁者がついていく。先頭を歩くのは教会の僧侶。
開闢神を祀る、この国の国教の伝統に沿って葬儀や埋葬は行われる。チェバルの家が没落してからも、葬儀と埋葬に関わる公共事業は健全な形で継続するというのは城主の判断である。弔いを主導する僧侶も、役所が手続きして手配した者。もちろんチェバルの息はかかっていない。
道行く人は葬列を見て、頭を下げたり胸に手を当てたりして弔慰を示す。その列の後ろを、フィアナとユーリは静かについていく。今の所おかしな動きはない。
この地区の死者が埋葬される共同墓地は、城から見て東側にある。この子の家は城の南側だから途中で城の横を突っ切ることはないにしても、この街の中心地の近くを通ることになる。
そしてさらに、リビングデッドが復活した三件の範囲も横切ることにもなる。
そうフィアナが考えたその時、ガタガタと音が聞こえた。同時に葬列がざわつき始めたのがわかった。
隣のユーリが身構える。フィアナも腰にさしているナイフに手をかけた。街中で弓を構えるのは目立つし、まだ待ったほうがいい。もっと決定的な騒ぎになってからだと判断した。
ユーリと目配せをしながら、葬列へと近づいていく。
その間にも棺は音を立て続ける。中でなにかが動いているのは間違いない。そして動く物といえばそれはひとつしかなくて。
ひときわ大きい音と共に棺をが大きく揺れる。運んでいた男たちは驚きと共に棺を落としてしまった。その衝撃で蓋が外れて……。
「皆さん離れてください! それから兵士を呼んでください!」
フィアナは周りに向かって声を張り上げながら今度こそ弓を取り出して構える。ユーリはローブを纏ったまま棺に駆け寄る。既に周囲は騒ぎになっており、ここで巨大な狼が突如として現れたら収拾がつかなくなる。それを避けたいから狼化はしない。少なくとも、今は。
そして蓋の外れた棺から、なにかがゆっくりと起き上がった。フィアナは生前のその子の姿を知らない。けれどその子が、リビングデッドとして蘇ったのは明らかだった。
青白く変色した肌には子供らしい艶はなく、はつらつとした子だったという生前の評判からはかけ離れた緩慢な動き。こちらからは後頭部しか見えないから表情はわからないけど、きっと生気や感情といった言葉とはかけ離れた顔をしているのだろう。
その姿が周囲に晒されたのは一瞬。しかし多くの人がこれを見た。叫び声が聞こえた。
棺に駆け寄ったユーリがリビングデッドの頭を押さえつけて、無理やり棺の中に押し込んだ。
「ここは、危険です! 離れて!」
ユーリもさっきフィアナが言ったことと同じ内容を周囲に呼びかける。多くの人はその通りに、恐ろしい怪物から我先にと逃げようとした。他の少なくない人間は、腰を抜かしたり恐怖におののいてその場から動けない様子。
逃げようとする人間とその場から動けない人間とがぶつかって、悲鳴があちこちであがる。親とはぐれた小さな子供が泣きながら母親の名前を呼ぶ。必死に逃げる誰かがその子供とぶつかり、共に転倒した。人の波に路上の屋台が押されて倒壊して押し潰された。通りをゆっくり通行していた馬車を引く馬が騒ぎに驚きパニックとなって暴れだした。
たちまちあたりは大混乱だ。その中でユーリはひとりで、必死にリビングデッドの頭を押さえつけている。このまま棺の中に押し込めて蓋してしまうつもりだ。
生きたまま捕らえれば、それを調べればわかることがあるかもしれない。だからできる限り、生け捕りにするつもりだった。事前にそう決めていたことだ。
リビングデッドになった女の子はユーリと同じか少し下ぐらいの年齢で、本来なら男の子のユーリなら、狼化しなくても負ける相手ではない。
けれど相手は理性を失った怪物である。生きた人間ならば必ずやってしまうような手加減というもの一切なしに暴れる。
そう、暴れてる。これまで新しく復活したリビングデッドはみんな、意志がないようにその場をさまようだけだったらしい。
けれどあの子は、ユーリに抵抗して素手で振りほどこうと必死になっている。ユーリも力負けしてるわけじゃないけれど、彼だけで棺の中に再び閉じ込めるのは難しそうだ。
だからフィアナは助力するために、リビングデッドから逃げようとする人並みに逆らって走った。ふたりがかりならなんとかなるはず。けれどフィアナがユーリのところにたどり着く直前、別の問題が浮上した。
「あ……ああ……生きてたのね……」
女の子が怪物として復活したのをすぐ近くで呆然としながら眺めていた女性がひとりいた。
葬列の中にいて、ひときわ深い悲しみを見せていた。亡くなった女の子の母親なんだろう。目の前で死んだ娘が起き上がったという奇跡を前にして、これが邪悪な魔法で甦った怪物であることを完全に失念したようだ。
彼女自身がリビングデッドみたいに、ふらふらと立ち上がりユーリの方まで歩いていく。
「そうよね……あの子が死ぬはずないじゃない。あんなに元気だったもの……」
「離れて! 危ないから!」
ユーリはこっちに近づいてくる少女の母親に声をかけるが、それが聞き入れられることはなかった。
「うちの娘から離れなさい! 乱暴しないで!」
「うわっ!」
その母親はユーリの体を突き飛ばし、娘だった物から強引に離させた。当然ながらユーリに押さえつけられていたリビングデッドは解放され、棺から外に出ようとする。
まずい。あのリビングデッドは暴れている。すぐに止めないと。たとえ殺してでも。
逃げ出した人々の波を抜けて棺や怪物の近くまで到達したフィアナは弓を構える。しかし射ることはできなかった。
「大丈夫よ。もうあなたを離したりはしない……」
その女性は娘だった物を慈しむように抱きしめた。その体に、怪物の小さな体は隠れてしまって弓で狙えなくなった。
しかしリビングデッドは暴れるのをやめようとはしない。自分を抱きしめているのが母親だった人間とも知らないだろう。
無防備な女性の首筋にリビングデッドは口を近づけ、そして思いっきり噛みちぎった。
悲鳴が上がり鮮血が吹き出る。呆然と立ち尽くすフィアナが見ている前で母親だった女性は血を流しながら死んでいく。
それから、これを生け捕りにするのを諦めたユーリがローブを脱いでゆっくりと狼になっていき、リビングデッドの頭に鋭い爪の生えた腕を振り下ろした。
フィアナはそれを、見ていることしかできなかった。