6-7 血縁者より
ターナは、チェバル一族だった人間の監視を強化すると約束してくれた。とはいえ元々やっていたことではある。
両家の残党が家の復興を目指して、なにか悪事をする可能性は当然想定されていた。そのために城の人員を回して、不穏な動きがあれば即座にわかるようにしている。
しかし、あからさまな監視をしてしまえば、逆に奴らを刺激して暴発を招く恐れもある。人手不足もあって完全な監視はできていないのが現状だ。
「でもね。チェバルの人間が六人も集まって大規模な儀式をしたなら、さすがにわたしの所にも情報が来るはずだ」
「確かに……」
あんな大げさな儀式が行われている気配はない。しかし、実際に死者の復活は再発している。どこかに理由があるはず。しかしそれがわからない。
「地道に調べていくしかないだろうね。わたしの方でも、元チェバルの奴らにそれとなく話しを聞いてみるさ。あんまり話してくれるとも思えないけどね」
「ご家族だった人達ですよね、チェバルの人間ってことは……やっぱり、仲悪くなっちゃったんですか?」
ターナが少々自嘲気味に言ったことに、リゼが遠慮がちに尋ねる。ターナは、あんまり気にしてないという風に頷いた。
「わたしも、チェバルの没落の原因みたいなものだしね。それなのに一族の中でひとりだけ、城主の一族に紛れ込んでいい暮らしを続けてる。裏切り者みたいに見えるのは当然だろうさ」
ターナは別に、悪意や保身のために名門を没落させたわけではない。好きな男と結ばれるためにやったことだ。身勝手と言えばそうかもしれないが、正しいことのためにやった。
しかしそれは間違いなく、ターナの身内だった人間には裏切りと映るだろう。それもまた、人の気持ちとしては自然だ。
だからターナは別に気にしていないらしい。
「そりゃ、親やきょうだいから冷たい目で見られるのに何も思わないってわけじゃない。けど……家族に隠し事してて後ろめたい気分になってたのは、わたしの方がずっと長かった。今更どうってことはないさ!」
そう言ってはっはと笑うターナに、俺達は同調して笑っていいものか悩むのであった。
それから、もう少しいろんな事を聞いた。儀式の詳細が書かれた資料があるとすればどこかと尋ねると、書庫か当主の書斎という返事。ただしどちらも、城主配下の人間が探して特に見つからなかったらしい。
別行動しているカイ達の様子も教えてくれたが、向こうも今のところ手がかりが無い状況とのこと。仕方がないか。地道に捜査を続けていくしかないと思われる。
そんな感じで、とりあえず知りたいことは知れた。じゃあまた食べ物は持ってくるからと腰を上げたターナは、ふと思い出したように俺達に尋ねてきた。
「そういえば全然関係ない話なんだけどね。リーゼロッテ・クンツェンドルフって魔女のこと知ってるかい?」
「なっ!? し、知らないですことですよ! そういう名前の魔女はわたしとは無関けぶはっ!?」
リゼの腹を殴って黙らせる。この名前が出るといつもこうなんだから。
「俺達も知りません。でも旅の途中で時々、その名前を聞きました。リゼと同じぐらいの歳の子らしいから、知り合いかもって思われることが時々あって」
代わりに返事をした俺に、ターナはそうかと納得したような仕草を見せる。
「実は結構前にも、クンツェンドルフの使者を名乗る者がこの屋敷に訪ねてきてさ。家の名を騙る不届き者を探しているから、見かけたら教えてくれと頼まれた」
「そ、そうですか。悪い奴もいるものですねー。そいつは一体、何を考えてるんでしょうねあはは……」
家から捜索の手が伸びている状況は、どうやら継続中だったらしい。しかも割と離れたこの都市までとは。
乾いた笑いをしているリゼと俺にターナは続きを説明する。
「それから昨日のことだけど、別の使いがやっぱりリーゼロッテって女の子を探していると、城を訪ねてきた。別の名門の人間らしい。ニベレットって名乗ってたな」
「ほうぁっ!? に、ににに、ニベレットの人ですか!?」
俺の知らない固有名詞が出てきて、それを聞いた途端にリゼがさらに動揺し始めた。顔は青くなり冷や汗をかいて表情が固まっている。とりあえずお前は黙っとけと耳打ちしておいた。
なんとなく、そのニベレットっていうのが何かはわかったぞ。
「そっか。知らないよな。わかった。それはこっちの話だから忘れててくれ。じゃあ、引き続きよろしく頼むな」
なんとかターナには気付かれずに済んで、彼女はいくつかの保存の効く食べ物を置いて屋敷から出ていった。
さあリゼ、詳しく教えてもらおうか。
「だってー! 急に探し始めることないじゃん! ファラちゃんのバカー!」
半分泣いている様子で、リゼの叫びが屋敷にこだまする。ああ、ウザい。
簡単な話だ。リゼが召喚の魔導書を盗んだ相手が、ニベレット家のお嬢様だ。そしてリゼの家と同じく名門であるニベレット家は、盗人であるリゼを探して使者を各地の権力者に送った。
魔導書を盗んだ事に対する賠償が目的というよりは、盗みそれ自体への復讐が目的だろうな。名門の人間からものを盗むという不届き者に制裁を、である。だから人件費度外視で多くの使者を派遣して、人探しに協力してくれる人間にはそれなりの報酬も渡す。
それほどまでにリゼを捕まえたい奴らがいるってことだ。
「わーん! どうしようコータ! このままじゃわたし捕まっちゃう!」
「自業自得だけどな。ていうか落ち着け。大丈夫だ。お前がリゼっていう、無関係な魔法使いを演じてる限りは捕まらないから」
どうせ写真なんてものは存在しない世界だ。お尋ね者の女の子の顔なんて誰も知らない。新しい追っ手も、魔法が使えない魔女って条件で探してると思う。
「ぐすっ。そ、そうだよね。よし。大丈夫大丈夫。わたしはただのリゼ」
「うん。別にただのリゼってところは強調しなくていいけどな」
「そっか。そうだよね。それにしてもファラちゃんってばひどいよね? 盗んでから結構時間経ってるよ? 許してくれたのかなって思ったら今更探し始めるとか、コータもひどいと思わない?」
「いや、全然思わない」
むしろ、ファラという魔女には同情しかしない。
「名門の子なんだから、魔導書の一冊ぐらいくれてもいいじゃん! ケチ!」
「お前も名門の出だろ! まったく……とにかく今は、お前のことを隠し通すしかない。わかったな? …………わかったら書庫に行くぞ?」
リゼを探してる奴らのことも問題だが、それはそれとしてゾンビ事件のことも調べなきゃいけない。その場で座り込むリゼを無理やり立たせて、とりあえずは書庫に向かった。