6-1 泥棒退治
秋から冬に移り変わろうかという時期の夜明け前。城塞都市ヴァラスビアの多くの市民は、まだ寝静まっている時間。
静寂に包まれた穏やかな街を駆ける少女がいた。
「うおおおお! 待てー! 泥棒さん待てー!」
駆けているのは、俺を肩に載せたリゼだ。もちろん目的もなく走ってるのではなく、ある人物を追いかけていた。さっき泥棒さんと呼称した人物であり、敬称をつける意味はわからないが呼ばれた通りあれは泥棒だ。
俺達は、大通りから外れた路地裏で追いかけっこをしていた。背の高い建物に囲まれたそれはまるで迷路のようになっていて、泥棒は巧みに姿を隠しながら逃げる。
これが視界の開けた場所ならば、スリープ魔法で一瞬で捕まえられるのだけど。捉えたと思えばすぐに曲がって姿を隠されるから、魔法をかけられない。
今は見失わないようにサーチ魔法で補足するしかない。そしてこれを使っている間は、他の魔法が使えない。
「ね、ねえコータ! わたしもう限界なんだけど! 疲れた!」
「頑張れ!」
体力があるとは言えないリゼは、いつへばってその場で止まってしまうかわからない。とはいえ、鬼ごっこ自体そう長くは続かなさそうだ。サーチ魔法で周囲の状況を探ると、あの泥棒の進路上に別の人物がいた。
「カイ! そこで止まれ!」
俺は声を張り上げる。朝の街に迷惑な騒音かもしれないが、ちょっとぐらいなら許してほしい。
泥棒の頭を超えて路地裏に響いた声はカイに届いたはずで、俺達と同じく泥棒の姿を探しながら追っていた頼れるリーダーはその場で立ち止まった。
こっちを気にしながら走っていた泥棒は、曲がり角を曲がったすぐのところにいたカイの登場に驚き、ぶつからないように止まろうとした。けれど止まりきれずカイに受け止められる形になり、そこに俺達も追いつく。
よし、うまくいった。この魔法でわかるのは周囲の生物の位置だけで路地の道なんかはわからないが、進路上に来るはずと見て指示を出した。予想通りに道を阻めたのは気持ちがいい。
「スリープ!」
暴れられても困るから、サーチ魔法を解除して泥棒を眠らせる。我ながら素晴らしい効き目で、その泥棒は一瞬にして意識を失った。
「ぜえ……ぜえ……つ、疲れた……もう歩けない……」
同時にその場で倒れ込むリゼ。おい、はしたないぞ。ちゃんと立て。
この城塞都市ヴァラスビアで大規模な騒乱が起こり、多くの人間が負傷して建物が多く壊されたということは、すぐに近隣の街にまで伝わった。それなりの規模と歴史を誇る街に起こった大事件だから当然だろう。
そして権力構造が大きく変わり、街を支配していた魔法家が排斥されたという情報も広まっている。
つまり、この街は今混乱状態にあると考えた人間が多いはず。それは決して間違いではない。
災害復旧に乗じて商売をして、儲けようと考える商人が多く訪れるのはまあいいだろう。まっとうに商売する程度ならなんの問題もない。
問題があるのが、治安の悪化を期待して自分も悪事を働こうとする輩だ。火事場泥棒というのだろうか。そのために別の都市からここまでやってくる奴がいるというのは信じがたいが、実際にそれなりの数いるらしい。
まあ、ギルドで稼ぎながら旅をする冒険者が珍しくない世界だ。各地を転々としながら窃盗行為で生きている人間だって、それなりの数いるのだろう。
俺達が城主から依頼されたのは治安維持。つまりはこういう輩の取り締まりだ。今日も、ここ数日連続して窃盗を働いていた泥棒の足取りを調べて待ち伏せして、こうやって捕物をやっていたというわけだ。
「よし、じゃあ保安部隊の本部まで連れてくか。ユーリ頼む」
「うん。わかった」
「ねえユーリ。わたしも運んで?」
「やだ」
「自分で歩きましょう、リゼさん」
「ううっ…………」
路地に逃げ込んだ泥棒をそれぞれ追い詰めるべく、別行動をしていたユーリとフィアナも合流した。
狼化したユーリに眠っている泥棒を乗せて運ぶ。走り疲れたリゼも同乗して楽しようとしたが、それは許さん。ユーリだって人ひとり運ぶのはそんなに楽じゃないんだぞ。まあ俺達いつもは気軽に乗ってるけれど。
一旦大通りに出て、城の近くの保安部隊本部へ徒歩で向かった。
「このあたりもだいぶ片付いてきましたね。建物の被害はまだひどいですけど」
ここ数日で、大通りの様子は目まぐるしく変わった。フィアナそのことを思い浮かべたのだろう。
数日前までは、この大通りを埋め尽くす木々の残骸とゾンビの死体で足のふみ場もない状態だった。
片付けるにしても、魔法使いの名門がまた何かを企んで復活させたらたまらない。まずは取り調べをして、死者がまた歩き出したり木々が巨大化することがないと確証をとってから、片付け作業が始まった。
兵士や依頼を受けたギルドの人間、それから街の有志たちの手で行われた片付け作業は、あれはきつかった。
俺達も参加したが、木の残骸はやたら重いしゾンビは臭いしで結構な重労働である。ゾンビには防腐処理がされていて、十数年前の死体でも動かせるようになっていたと言うけれど、それにも限度があるし死体は死体なわけで。ああ思い出したくない。
そんな思い出もあるけど、とりあえず片付いたことは片付いた。怪物達に襲われた城も、とりあえずの補強工事は終わった。今日も行政機能を問題なく働かせている。
やっぱり都市の権威の象徴たる城だから、どこかでちゃんと大規模な修復工事はしなきゃいけないだろうけどな。
怪物同士の戦いで被害が出た建物に関しては、これからだな。それも城主が支援してくれると言ってるから、比較的速やかに復興が進むだろう。
治安の悪化を期待してやってきた悪人共には悪いが、この街はすぐに元通りになるはずだ。
そんなことを話し合いながら、保安部隊の本部にたどり着いた。
犯罪者の引き渡しは初めてではないから、そこはすんなりいく。元々そんなに治安の悪い街ではなかっから、牢の数が足りるかどうかが心配だったけど、それももう少しは大丈夫そうだ。
それから本部内で、ある人物に声をかけられた。
「やあみんな。朝食はまだだよな? よかったら今から城で食べないかい?」
ターナだった。城主の息子の婚約者にしてこの街の新しい体制の象徴。復興作業にも先頭に立って頑張っている。
偶然ばったり会ったというわけではなさそうだ。多分、俺達が保安部隊本部に来るというのをわかってて、待っていたんだろう。
ということは、普通に食事がしたいという申し出のはずがない。なにか込み入った話しをするつもりなんだろうな。
どうしよう。夜通し泥棒を待ち構えてたから、宿に戻って寝たいのが山々なんだけど。
「どうかなみんな。とりえずここから城まで馬車で行こう。話が終わったら、宿までやっぱり馬車で送るけど」
「ぜひともお願いしますターナさん! さあみんな行くよ! ターナさんを待たせちゃ悪いでしょ! あと馬車も待たせるのもよくないよ!」
これ以上歩きたくないらしいリゼがすごい勢いで賛同した。まったくこいつは。ていうか、お前歩きたくないと言ってる割に元気だなおい。