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5-35 本当の偉業

 太陽が顔を出して朝が来た。長い夜が明けた。


 ゾンビ達から漂う腐臭に耐えながら、周りを見回す。


 大量の怪物達の死骸。俺達が手を下して殺したのもいれば、手を下さずに勝手に止まっているのも多かった。

 城の外壁に群がり破壊することで、建物自体を倒壊させようとしていた街路樹の成れの果て達は、その仕事を全うできずただ沈黙している。

 ふたつの名門が怪物を操るのをやめたのだろうというのは察せられた。


 城は無事だった。ダメージはかなり受けているようにも見えるが、倒壊寸前というわけでもない。正しく補強してやれば、しばらくは普通に使い続けられるだろう。見てくれは悪いし脆くなっているのは間違いないから、どこかで大規模な補修が必要になるだろうけれど。


 巨大な花で作られた道は燃え落ちていた。それによって壊された城の外壁から、兵士の無事な姿が見えた。よかった。生き延びられたのか。



 俺達も全員無事なようだ。大した怪我もしていない。鼻が敏感なユーリがローブで顔を押さえて腐臭に耐えてるから、とりあえずここを離れた方がいいかもしれない。



「おーい。若者諸君! 無事かー? 無事なようだなー!」

 空から俺達に呼びかける知っている声。ペガサスを操るのマルカと、その後ろに乗っているシュリーだ。向こうも無事だったようで何より。

 城主がいないのは、街で市民や兵士達と共にいるからなのだろう。



 とにかく、戦いは終わった。




 その日から街は変わった。そしておそらくは、永遠に元に戻ることはないだろう。

 魔法使いの家系の間で千年続くいがみ合いは、それより強い権力者の命令で強制的に終わることとなった。


 サキナック、チェバルの両家の当主は今回の事件の責を問われて拘束。おそらくは一生城の牢に閉じ込められ、出ることはないだろう。いわゆる終身刑という奴だ。

 その他木を操ったり死体を歩かせて、市民に被害を出したこの悪事に関わっていた家の人間も、同様の沙汰がなされる。


 加担してなかったり、そもそも家に伝わる邪悪な魔術について知らなかった人間は許された。例えばレガルテとターナも。

 このふたりに関しては、シュリーの口添えでむしろ讃えられるべき人間だと城主には伝わっている。だから城主もこのふたりには褒美を出すことにした。すなわち、ふたりの結婚を認めるというものだ。


 城主自ら、このロミオとジュリエットに面会をして人間性を見極めたという。そしてこの都市の未来を任せられると確信したようだ。

 だからふたりを城主の一族とすることにした。レガルテを養子にとってからターナと結婚させる。こうしてふたつの名門の人間を城主の一門とすることで、家同士のいがみ合いの歴史に終止符を打つ象徴とした。


 城主には既に嫡男がいるとのことだからレガルテ達が家督を継ぐことはないだろうが、それでもこの都市の権力者として誠実な仕事をしてくれるだろう。



 城主の一門に人が増えた一方で、サキナックとチェバルの繁栄していた一族は再起不能な程の打撃を受けた。

 当然だろう。当主を始めとして上層部はことごとく投獄。一族の人間が就いていた行政上のそれぞれの地位も失った。さらに言えば、一族の構成員の多くが今夜の事件で死んだ。暴れされている怪物を援護していたから、兵士や騎士や冒険者達に反撃を受けたりしたようだ。あと俺たちも何人か奴らを殺したしな。

 名門の一族の中で罪のない、若い者や幼い子供は城主が面倒を見ることになるだろうが、いずれにせよ名門としての体面は保てない。哀れなものとは思うが、自業自得だ。



 一連の事件の中で俺達が犯した罪については、ありがたいことに不問となった。つまり魔法使いを何人か殺したこととか、禁書棚の鍵を盗んだこととか。

 今の都市の情勢的にそこまで処罰を下す余裕はないという理由もあるだろうけど、やはり城主が感謝してくれたというのが大きかった。

 その代わりとして、しばらくはこの都市に残って治安維持に協力してほしいと頼まれた。ギルドを通して城主からの依頼という形だから、別に断る理由もない。

 権力構造が大きく代わり、街の中心部が大きく破壊されるような騒乱が起こった直後だ。火事場泥棒的な悪事を働く輩も多いのだろう。それに対処する必要があるんだと。


 それから、それから…………。





「はいどうぞ。印章、勝手に消しちゃってすいませんでした」

 色々な事が片付いて、ようやく俺達は宿に戻れた。ベッドに腰掛けたリゼが、シュリーにアーゼスの印章を手渡す。名門の当主達の前で消してみせたやつだ。


「あ、ああ…………なあ。そういえばあれ、なんでなんだ?」

「え? なんでって…………ただの奇術ですよ。隙を見てローブの袖とかに隠す。そして消えましたって言うだけです」

「いやそれじゃなくて。どうしてあのふたりは、あんなに驚いたんだ?」


 リゼが急に手品を始めて、しかも当主達はそれを魔法ではないかと思い込んだ。なぜあんなに簡単に騙されて、隙だらけになったのかがシュリーにはわからない様子だ。俺にもよくわからなかった。


「それはですね……シュリーさん前に説明してましたよね。千年前の魔法対決の中で、死者を蘇らせたり木の成長を早めて動かすなんて魔法と比べて、アーゼスの魔法は大したことがないと」

「そうだな。天候を操って雪を降らせるのは確かにすごいが、他の魔法と比べたらそれほどでもない」

「そうですね。ふたりの魔法使いが感服したのはそっちではなくて、降らせた雪を一瞬で消したことなんですよ」


 リゼは銅貨を一枚取り出して手のひらに乗せ、一度握りしめて開いた。手の中の銅貨は消えていた。


「奇術で消えたように見せかけるのは簡単なんですけどね。でも実際にそこにある物をこの世界から消すのは難しいです。ていうか、どうやればいいのかわからない。消失魔法を使える人間は、今この世界にはいないんじゃないかな」


 なんとなくわかる気がする。「有る」を「無い」に変換するとして、ではその「有る」はどこにいったのか。この世界から存在を完全に消滅させるためには、どこか別の場所に移動させなきゃいけない。


「でも多分、アーゼスは本当にやったんだと思います。奇術ではなく魔法で。こんな小さなコインではなく、一面に広がる銀世界を消したんですから。しかも転移魔法なんかでどこかに隠したのでもないと思います。予め消すと宣言してから、その通りにしたと伝説にはありますよね? つまり、消えろと詠唱したってことなんでしょう」


 無詠唱で魔法を発動させたなら、実は転移魔法だったと考えることもできるだろう。一流の魔法使いならそれぐらいは出来るかもしれない。

 だが消えろと詠唱しながら消したとすれば、それは本当に消失魔法を使ったとしかありえない。


 その偉業に、対立していたふたりの魔法使いは恐れおののいたわけだ。

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