5-28 巨大な花
元々図書館と城はそこまで距離があるわけではなかった。ただその間にとてつもない障害というか惨状があったというわけで。
魔法使いの空中部隊を殺した後は空飛ぶ敵は見当たらなく、地上から攻撃してくる数少ない敵性魔法使いをこちらからも攻撃して蹴散らしていく。サキナックかチェバルかどちらの手のものかはわからないけれど、敵であり俺達を捕まえるか殺すかしているのは変わらない。だから俺の特大ファイヤーボールで炭になってもらおう。
正直なところ、自分は間違いなく人を殺しているというのはわかってる。非道なことをしているし、俺のいた世界ではこれだけ殺せば間違いなくとんでもない罪に問われるだろう。この世界の刑法については詳しくないけど、普通に考えたら重罪だろうな。
でも一方で正当防衛な気もするし、あと敵のやっている犯罪の方がよっぽど問題だから俺達のやってることは有耶無耶にされると期待する。最悪、罪に問われるのは俺じゃなくて主人のリゼだろうし。いやそれでいいとは思わないけど。
あとは倫理的感情の問題だ。人を殺すなんて初めての経験だし、当然気持ちのいいものではない。仕方ないと自分に言い聞かせながらやるしかないのはわかっているけれど。
「うひゃひゃー! なんか楽しくなってきたー!」
やたらとテンションの高いリゼを見てると、なんかどうでも良くなってきた。
ペガサスに乗って空を飛んでいるという爽快感と、使い魔と協力して人を殺しているという非日常感でだいぶおかしくなっている。目の焦点が合ってないし正気の沙汰から半分逸脱している。元々バカだしな。あと泥棒だし善悪の境界がちょっとゆるいからな。それに救われることも時々あるから、嫌いじゃないけど。
「おい! 前を見てくれ!」
シュリーが叫ぶ。そろそろ城かなと思ったらその前にでかい障害が立ちふさがっていた。
巨大な花だ。正確に言えば複数の草や花が巨大化しつつ絡み合って一輪の巨大な花に合体している。一本の太い茎は直径二メートルぐらいあるし、実際には複数の草や花が絡みついてできたものだからあちこちから草の先端や花が飛び出ている。それから茎の先端にはやはり巨大な真っ赤な花。それがまるで目のようにこちらを見つめている。
俺達の飛んでいる高さと花の位置はだいたい同じぐらい。四階建ての建物の高さぐらいだ。当然ながら自然界にこんなに巨大な一輪の花はないだろう。
なんでこんな化物が出現したのかを考えて思い出した。城の前には庭園があった。サキナックはそこにも手を加えていて、いざとなればこういう怪物を使役できるようにしたというわけだ。
いざという時とはたとえば、チェバルとの最終決戦とか。あるいは家の名誉の危機とか。つまり今みたいな時だ。
「おい! これなんとかしないとまずいよな!」
「さすがにこのままにはしてられません! ファイヤーアロー!」
巨大な花に向けて炎の矢を何発も撃つ。そのほとんどが命中したがそれで殺すには至らなかった。茎やそこから伸びる葉のあちこちが燃えつつも花は相変わらずこちらを凝視していて、ついに反撃を始めた。
茎が枝分かれして触手のような形状になってこちらに伸びてくる。そして俺達を絡め取ろうとしてくる。
シュリーはハタハタを駆って急上昇。触手も追いかけるようにしてさらに伸びていく。よく見ると本体の花自体がさらに成長しているように見える。さっきと比べて明らかに背が高くなってる。
「シュリー! これ早く倒さないとまずいみたいですよ! どんどん大きくなってる!」
「わかってるけど! でもどうやって!」
ペガサスで上昇し続けるにも限界がある。上昇は一旦諦めて急降下しながら四方から迫ってくる触手をかわしている。あるいはファイヤーアローで焼いている。
草なら火に弱いはずって期待はあったけどうまくはいかないようだ。別にものすごく乾燥してるってわけでもないもんな。
ファイヤーアローは迫ってくる触手をほとんど焼き尽くしているが、それでも際限なく新たな触手が伸びてくる。このままではジリ貧だ。
ふと下を見るとカイ達もこのおばけの花をなんとかしようと奮闘していた。地面から伸びている茎の根本を剣で切断しようとしているが、剣やナイフの長さよりも茎の直径の方が大きいため全く進まない。
しかし方針としては正しい。そこを切断してしまえばいい。
「シュリー! そのまま花の根本に向かって急降下してください! カイ! みんなを連れて離れろ! リゼはタイミングを見てウインドカッター!」
それぞれに指示を出す。シュリーの操縦によってハタハタは触手を回避しながら急降下。 カイとフィアナはユーリに乗っかり逃げていく。そして。
「風よ吹け!」
リゼが茎の根本あたりに向けて手を広げて詠唱。もちろん魔法を撃つのは俺なんだけど、リゼのその姿は様になっていて好きだ。
リゼの手から放たれた俺の風の刃は見事に命中。茎の地面からほど近い高さのところを完全に両断した。
植物なんだから根からエネルギーを吸い上げていると思われるし、それを断てば大ダメージになるはずだ。実際、巨大な花の動きはかなり鈍くなり触手も力なく地面にバタンと音を立てながら落ちていく。
そしてそれだけではなかった。茎が両断されたということは支えがなくなったわけで、当然そのまま倒れ込む。よりにもよって、すぐ近くにある城の方向に。空に逃げた俺達を追いかけて成長していた花はいつの間にか城より高くなっていた。その分重量も増していたようで。
戦いを見守りつつ城門を守っていた兵士達が慌てて逃げ出す。そして花は轟音と共に城にぶつかるようにして倒れて外壁を一部破壊した。最上部付近の位置だ。
一部で済んだのは運が良かったと言えるだろう。下手すれば城が完全に倒壊するのではと俺は心配したんだから。
「よし! 道ができたぞ! 乗り込もう!」
城の外壁が壊れたということはそこから中に入れるということ。シュリーは喜び勇みながら、ペガサスを操り巨大な花だった怪物の死体の茎を駆け上がる。
城にもたれかかるように倒れた花だから、茎が壊れた外壁に続く一本の坂道になっている。まさに花道だな。
俺やリゼと共に、いざ城の中へ。
振り返ったら、城を警護する役目の兵士達をカイ達が必死になだめて止めていた。侵入者である俺達を追わせないために。本当に苦労をかけるな。




