2-2 村人の疑い
さっきの農民の男から教えてもらった通りの道をしばらく行けば、畑と小さな家が目についていた風景が少し変わってきた。大きめの建物がちらほらと目につく。道行く人も少し増えた。
賑わってるとか立派な建物が乱立してるとかではないけど、ここが村の中心ということかな。
酒場もこの近くにあるということで、道行く人のひとりに尋ねて目的の建物を見つける。
魔法使いの格好をしている少女はここでは目立つようで、周りの人からの注目を少し集めているようだ。これは仕方ないか。
「おいしい! やっぱりご飯食べると生き返るって感じがするよねー」
テーブルの上のスープをかき回し、そこに浮かんでいる肉を口に運びながらリゼは喜んでいる。
この酒場はあまり小綺麗ではない感じの、いかにも安い食事処といった場所。宿泊場所に食堂もつけた感じの安宿だった。旅人がとりあえず一泊できればいいという程度の場所なのだろう。
このなんの変哲もない農村に旅人が留まる理由もなく、だの通り道に過ぎないということ。
自称お嬢様育ちらしいリゼ的にこの庶民的すぎる場所はどうなのかなと少し思ったけど、見る限り全く気にしてないようだ。
こういうところは、このバカな性格の利点と言えるだろう。
「ところでさ、俺は何も食わなくていいんだな。ていうかこの体だと、そもそも物を食うなんてできないけど」
そう。俺はというと美味しそうに食事しているリゼを見ているだけ。そもそもぬいぐるみの体では食べ物を体の中に入れることもできない。
じゃあなぜ、喋ったり呼吸したり手足を動かせるのかという疑問はあるけど。でも実際できるのだから仕方ない。
そしてさっき試しにパンを口に押し付けてみたが、体の中に入れることはできなかった。ついでに言えば腹も減らない。
飯を食わないのに体を動かしたり魔法を使うエネルギーが、どこから生まれるのかは疑問だ。
「んー。使い魔は、それを召喚した魔法使いから魔力をもらって生きることも多いらしいよ? つまり、コータはわたしの魔力で生きているのです」
「ありえないだろそれは。だってお前の魔力だぞ? そんなの一瞬で餓死だ。昨日のあのでかいファイヤーボール投げた瞬間に、魔力尽きて死ぬ」
「ううっ…………ひどい……」
自分の体についてもよくわからないという現状を静かに嘆いていると、酒場に複数人の男が入ってきたのが見えた。入り口の扉の向こうにも、大勢の人間がいるように見える。
男たちは俺達に用があるのか、こちらにまっすぐ歩いてくる。
この村では旅人は珍しくて、たまに来たら村人総出で見物に来る……とかではなさそうだ。
男達のリーダーらしいのは、杖をついた老人だった。彼はリゼのテーブルの向かいに座る。
「旅人さんが来たと噂になっているので、挨拶をと思いまして。私がこの村の村長でございます。ようこそ我が村へ」
「それはご丁寧に。わたしはリゼです。えっと。ただのリゼ。旅の途中です」
「旅の目的は、やはり魔法学校ですか?」
この村は魔法学校から歩いてそれほど日数のかからない場所にある。ちゃんと道を歩いて行けばものすごく近いのだろう。しかもリゼはローブに杖と、魔法使いとすぐにわかる格好をしている。
そう推測されるのは当然だろう。あるいは、この村にはそういう旅人がよく訪れるのかもしれない。
「よしリゼ。魔法学校とは関係ないって言え」
俺は小声でそう忠告した。わざわざ村長が訪ねてきて、推測すればわかることを訊いてくるのだから訳があるはずだ。
「い、いえ。偶然近くを通っただけですよ? わたしはイエガン魔法学園とは無関係。ただ、魔法の修行の旅の途中です。はい」
「そうですか…………」
村長やその後ろに立っている数人の男の表情は、不審感を抱いているようにも見える。これはまずいかもしれない。
村長が再度こちらを向いて、質問をした。
「もう一つ質問があります。リーゼロッテ・クンツェンドルフという名前をご存知ですか?」
ああ。やっぱり。怪しいと思われている。リゼを追ってる何者かが、この村にもう来てたんだ。
「あわわ。えっと、えっと。知らないですことよ? わたしはただのリゼ。リーゼロッテなんて人は知らないです。ちょっと名前は似てるかもしれませんが無関係のただの偉大な魔法使ひゃんっ!」
誤魔化そうとするあまり、逆に饒舌になって下手なこと言い出しそうなリゼの肩を叩いて黙らせる。村長と男たちは顔を見合わせなにか小声で話をしている。
これはまずい。どうにかしてこの場から逃げ出さないといけない。でもどうすれば…………。
「ねえ、魔法使いのおねえさん。なにか魔法見せてください!」
その時、そんなふうに声をかけられた。そっちに目をやると、小学生の高学年ぐらいの年齢の女の子がいた。リゼに少し熱のこもった視線を送っている。
「こらフィアナ。勝手に入ってきちゃ駄目だろ」
村長の後ろに立っている何人かの男のうちのひとりが、その女の子を咎めるように声をかける。けれどフィアナと呼ばれた女の子は、特に気にする様子もない。リゼの近くまで駆け寄ってきて言う。
「だってお父さん。魔法見たいんだもん。それに探してるリーゼロッテさんって、魔法が使えないって聞いたよ? 確かめてみたら? ねえおねえさん。いいでしょう? お願いします!」
フィアナのその言葉に、村長と男達は再び顔を見合わせて少し言葉を交わす。小声だから何を話し合ってるかはわからないけど、だいたい想像はついた。
リゼは間違いなくお尋ね者で、この村でも探されている。だから俺達は、このリゼはリゼではないと証明するしかない。そして村人たちに伝えられているリゼの特徴が、魔法を使えないってことらしい。
だから、この場でリゼが魔法を使うところを彼らに見せれば、別人だと言い張れる。
しかたない。ここは俺がちょっと魔法を見せてやるか。優秀な使い魔を持っている魔法使いなら、リゼも優秀な魔法使いという風に村長たちに思わせることができるだろう。外に出て昨夜のファイヤーボールとかを放てばいい。
「よしリゼ。俺が……」
「そっかー。フィアナちゃんは魔法が見たいんだー。いいよいいよ。おねーさんが得意なやつ見せてあげる!」
「おい!」
俺の言葉を一切無視して、リゼは自信満々という様子で言い切って立ち上がった。
大丈夫だとは思えない。どうするんだこれ。




