5-26 いざ城へ
シュリーがマルカの到来に感謝しているのは本当のようだった。水晶玉を持ってきたために印章の真偽がわかるというのもある。しかしマルカが持ってきたのは水晶玉だけではく。
「やあハタハタ。あたしを乗せて城まで連れてってくれるかい?」
マルカを乗せてきたペガサスに話しかけるシュリー。このハタハタという名前らしいペガサスとも面識があるのか、近づいてきたシュリーに親しげに顔をこすりつける。
「あー! ちょっとわたしのハタハタに勝手に触らないでよ!」
「マルカ。お前はここに残って外で逃げ惑う市民を守ってくれ。この建物の中ならば歩く木もリビングデッドも動けない。いいか、これはお前にしかできない仕事だ。この状況を不安に思っている市民に届く声と導くことができる統率力はこの中でお前が一番持っている。外の市民をできるだけ多くこの図書館の中に誘導してくれ」
「わたしにしか……できない……」
暗に声がうるさいとか態度が他人を顧みず図々しいとか言っている気もするけれど、マルカはシュリーの言葉に聞き入っている。自分にしかできない仕事という言葉にずいぶんと心を動かされたらしい。
「し、しかたないですわね! シュリーがそこまで言うならやってやりますわ!」
ちょっと嬉しそうに見えるのはなんでなんだろうな。
「任せたぞ。それからハタハタも借りる。空から城に侵入する。地上からよりは城主の居場所に近いと思うからな」
「いいけど、ハタハタが撃ち落とされたら承知しないから」
「善処する。その時はあたしも死ぬだろうしな。では諸君、行くとしようか。…………そうだマルカ。最後にひとつ。禁書棚の場所には市民を立ち入らせるなよ」
「何ですのそれ。ていうか立ち入れる状態になってるの? そんなに大事なものがありましたの?」
「いや、何もないんだ」
破壊された正面入口から外に出る。相変わらず木も死者も暴れまわっている。それらは罪のない市民を狙って襲うことはないが、邪魔になれば容赦なく排除しようとするし巻き添えなら十分に受けている。
シュリーが大声で市民たちに呼びかけた。図書館の中なら安全だからこっちに逃げろと。それから、城へと向かう準備。
「あたしとリゼはハタハタに乗って城に乗り込む。魔法使いがいなきゃ印章の真偽は判定できないから、あたしの近くから離れないでほしい。少々危険な飛行になるが許してくれ」
「どうしようコータ。ペガサスに乗って空飛ぶとか初めてだよドキドキしてきた」
「その様子だと大丈夫そうだな」
地上から敵の魔法使いとかから攻撃される危険とかよりも、ペガサスに初めて乗ることの方がこのバカな魔法使いには重要なことらしい。まあ怖がられるよりはずっといいか。
「残りは地上から城に向かってくれ! あたし達を攻撃してくる奴がいたら真っ先に排除。それから市民に図書館に逃げるように促す。……よし行くぞ!」
「うひゃー! 飛んでる! ねえコータわたし達ほんとに飛んでるよー!」
「わかってるから落ち着け! はしゃぐな!」
マルカが連れてきたハタハタという名のペガサスに乗っての飛翔。
地上何メートルかはちょっとわからないけど、そこらの建物は見下ろせる高度まで一気に上昇した。あれはたしか四階建ての建物。あれの屋上よりは高いぞ。そのまま城に向かって真っ直ぐ向かっていく。
城の一番高い場所よりは低いけれど、シュリーが推測する一番侵入しやすい高度を飛んでいるようだ。
リゼのはしゃぎ様には辟易しつつも、なんとなく気持ちはわかった。
この世界には当然飛行機なんてないし、こういうペガサスなんかは貴重な生き物らしい。空を飛ぶなんて機会は滅多にないのだろう。
魔法で空を飛ぶ人間はいるかもしれないけどそれも少ないみたいだし。少なくとも魔法に関して無能なリゼにはこれが初めての飛行経験だ。
そりゃ楽しいよな。空を飛ぶなんて楽しくないはずがない。
ところが今はそんな悠長なことを考えている暇はない。下は戦場で地獄だ。暴れる木と死者に対して、人間も反撃を始めたようだ。普通の住民がではなくて、市民を守る職務を持つ兵士や保安官。城権力者に仕える騎士らしき人物の姿も見えた。それから冒険者達。
剣や槍や弓で武装していたり魔法の杖を持っている者達が反撃をしていた。兵士のように統一された格好をしていないから、その冒険者は一見して市民に見える。
考えてみれば当然か。この都市にも当然ながら冒険者ギルドがある。腕に覚えのある冒険者達にもこの都市に対する愛着というのは当然あって、自分の住む街の危機となれば戦うのは当然だ。
その中に混じって、狼化したユーリに乗ったカイ達が駆ける。この街の冒険者のひとりですよという顔をしながら敵を倒していき、非戦闘員は図書館に避難するよう指示している。
カイも他の冒険者達もそれなりに健闘している。局所的には敵を圧倒してもいる。しかし状況が不利なことには変わりがない。
空から見渡せばこの惨状は広範囲に渡っていた。都市の中心近くであるここから離れた場所でも破壊の音や悲鳴が聞こえるし、火の手が上がっているのが見える。都市全体で起動した街路樹のおばけと生ける死者達はそれぞれで戦いながらこの中心部に向かってくるはずだ。そこに本来倒すべき敵がいるのだから。
ここで戦っている冒険者達もいずれは疲弊して戦えなくなるだろう。しかし敵の怪物はどんどん押し寄せてくる。とにかく早くこれを終わらせなければ。
そう考えながら街の様子を見下ろしていると、ある集団が目に止まった。ローブを着た魔法使いの集団。
冒険者かなとも思ったが、戦況を見守るだけのその集団はふとこちらに気づいて声を上げた。
いたぞ。とか捕まえろ。とかに聞こえた。それからそれぞれ杖をこっちに構えて。
「シュリー! 左側から攻撃だ避けろ!」
「おう!」
サキナックかチェバルかはわからないけど敵の魔法使いの攻撃だ。直後に大量のファイヤーボールが飛んできて、シュリーはハタハタを急旋回させてこれを回避。
「炎よ集え!」
リゼが敵集団に手を広げて向けて詠唱。それに合わせて俺も心の中で詠唱をする。ファイヤーボール!
敵が撃って来たのとは比べ物にならないような巨大なファイヤーボールが発射される。
魔法使いの集団は慌てて逃げようとするが、近くの地面に激突したファイヤーボールの衝撃によって吹き飛ばされて倒れ込む。
「あわわ。もしかしたらあの人達死んじゃったかも……」
「気にするな不可抗力さ!」
リゼが少し怯えた様子を見せてシュリーがそれを励ます。人を殺したとなればたしかに少し後味が悪いが、今はそれどころではない。
空を飛ぶ俺達の進路を塞ぐように別のペガサスが三体こっちに飛んでくる。それに乗っている人間はさっきのと同じローブを着ていた。
名門のどちらかの軍勢で、俺達を攻撃しにきたのは明らかだ。というか奴らもペガサス持ってるんだな。そりゃそうか、金持ちなんだし。