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5-22 印章が来た理由

 簡単な話だ。事実には何かしらの不都合がある。名誉を重んじる魔法家の家系の中でも特にこのふたつは、敵対する相手がいるためその傾向が強い。


 このふたつの名門が、地元に伝わる伝説を互いに都合のいいように改変を試みてきてきたというのは公然の秘密である。お互いにそんなことをしているから話に多くのバージョンができてしまう。

 そんなアーゼスの伝説も、歴史のひとつだ。それの改変を平気でやってきたというならば、その他の歴史だって同じく自分に都合がいいように書き換えるに決まってる。たとえ歴史的に重要な文書であっても同じだ。


 こういう重要な資料は図書館に保管されて閲覧には館長の許可が必要だ。そして許可を下ろさなければ誰も閲覧はできない。市民も、城主でさえも。そこで自家に都合の悪い文書は絶対に開示をしないってところで終わっていればよかった。けれど奴らは文書の破棄と改竄を迷うこと無く選んだ。それこそ千年も前の家の人間が。今に至るまで。


「別に改竄作業を急ぐことはない。文書を外に出さないでいいのだから。しかし今自分たちが後世に残すこととなった文書がいずれ自分の家の名誉を傷つけることになるのはまずい。だから最初に文書の破棄を行うことにした。そしてゆっくり改変作業を行って出せるものだけ出せばいい」

 白紙の巻物を見ながらシュリーは忌々しげに言う。


 千年の間蓄積されてきた貴重な資料はここを管理している人間の手で破棄されて白紙の巻物に差し替えられた。鉄格子の向こうから見える所には保管されているから、白紙の本だけは用意する必要があったわけだ。


 この禁書棚に置かれいる本はすべて、原本は破棄された偽物だ。いずれは時間をかけて、自家に都合のいい記述で満たしていくつもりだったのだろう。


「この図書館が設立されてからずっと行われてきたことに違いない。……図書館の館長の座はサキナックとチェバルでずっと取り合ってきたのだろう? 館長を務める人間の家が変わるたびに、禁書の本は全て破棄されて順次書き換えられていく。お互いに後ろ暗いことをやってたから、お互いの行為を告発しようとは思わなかった。敵同士であると共に、同じ秘密を共有する共同体か。まったくもう…………」


 苛立たしげに説明するシュリー。無理もないか。研究に必要な資料が全て破棄されたなんて。永遠に知ることができなくなった事実も多いだろう。



「つまり、この禁書棚からは何もわからないってことですか?」

 リゼも落胆気味に尋ねた。それを見たシュリーは少し困った様子で頭をガリガリとかき、答える。


「存在しない資料からの類推は間違った憶測を呼んでしまいがちだが……それでも、何もないことからわかることも無くはない。例えばサキナックとチェバルの悪行は明らかになったし。他には…………グバルテがなぜ、印章を持ち出したのかも予想がつく」

「え?」


 そこで何故、あの白骨死体が出てくるのか俺達は誰もわからず首を傾げる。シュリーは少しだけ柔らかな笑みを取り戻して説明する。


「貴重な資料を簡単に破棄してしまうような連中だ。アーゼスの印章だって、将来的に都合が悪くなれば捨ててしまうっていうのは容易に想像ができる。グバルテもサキナックの家の人間で、その方針には賛同する立場の人間だったはずだ。しかし事情が変わった」

「好きになった相手が魔女だったんですね? そしてアーゼスを崇拝する人だった」


 リゼの言葉にシュリーは頷く。好きな女性が大事にしていた物。彼女が殺されてからは、印章こそが彼女を思い出す最大の拠り所となった。

 家の方針とはいえ、いずれ印章が破棄されるような状況に置いておくのは彼にとっては我慢できることではなかったのだろう。


 だから彼は印章を持ち出し旅に出た。好きな女性の大切にしていた物を、どこか安全な場所に置くために。

 その途中で不幸にも狼に襲われ命を落とした。そして印章は巡り巡って俺達のもとにやってきた。そういうわけだ。



「いい話だと思うよ。この印章が本物だって確証も得られる。グバルテの前の時代に既に印章が偽物とすり替えられてるなんて可能性も無くはないけどね。しかし…………」



 改めて白紙の本の山を見るシュリー。わかることはあった。それでも永遠にわからなくなった事実の方が圧倒的に多い。


「これは歴史に対する冒涜だ。捏造した事実を新しく作り変えるのはいい。それを見抜くのもあたしの仕事だし、そこからなんらかの真実を見出すこともできる。だが真実そのものを闇に葬ることは…………許さない」


 歴史学者として、そこには明確な違いがあるらしい。許せることと許せないこと。そしてこの都市の権力者達は、シュリーにとって許せないことをした。


「レガルテ、ターナ。お前たちの計画に乗る。破棄された資料の山を見せれば、城主も黙ってはいないだろう。ふたつの魔法家の名誉を失墜させる。いや、この都市の権力構造から消し去る。二度とこんなことをさせないように」


 レガルテとターナはそれを聞いて笑顔になった。ふたつの名門が権力の座から追い出されれば、両家の間の恋愛は禁忌ではなくなる。

 それが実現した時には当然、都市の権力構造は大混乱に陥るだろうけど。それはこのふたりにはあまり懸念されることではないらしい。相手と結ばれることこそが最大の目標。

 この人達も割とぶっ飛んだ考え方してるよなと思いつつ、応援してやろうという気持ちは間違いなくある。


「さて、そうと決まればやり方を考えないとな。城主に直訴するしかないとはいえ、会うことすら難しい。あとは禁書棚の資料をあたし達が見れた理由も、こうやって無断侵入で盗み見た以外の何かがほしいよな。一旦戻って作戦を練るか」


 シュリーの提案にみんなが同意して、棚を片付けて宿に戻るかとなったその時のことだった。


 建物の外で轟音が鳴り響いた。しかも一度ではない。何度も何度も途切れることなく、そして終わることなく続く。それから、人々の悲鳴も。


 カイが外の様子を見てくると言って走る。そしてすぐに戻ってきて、外で何が起こっているのかを俺達に伝えた。


「木が歩いて人を襲ってる!」


 カイが何を言っているのか、俺達にはよくわからなかった。カイ本人も自分が言ってることが信じられないというのはよくわかっているらしい。


 直接確かめるべく、俺達は揃って外に走る。

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