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転移使い魔の俺と無能魔女見習いの異世界探検記  作者: そら・そらら
第5章 いがみ合いの街

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5-21 禁書の中身

 真夜中。人通りが全くない時間帯に、俺達は全員で図書館へと集まる。

 昼間はあれだけ賑やかだった通りも、この時間には全く人がいない。二十四時間営業のコンビニなんてものとは無縁の世界。人は夜には寝るものだ。



 図書館の建物自体にも夜間は施錠されるが、それは大した問題ではない。力ずくで突破してしまえばいい。


 正面入口は立派な扉だけど、建物の裏側にはもう少し簡易的な戸があった。そこにも当然施錠はされているし、人の力でどうこうできるものではない。

 しかし古い建物の木製の扉だ。相当脆くなっているのは事実で。


「よしユーリ、やっちゃえ」

 カイの命によって狼化したユーリが戸を思いっきり殴る。体重を乗せた渾身の狼パンチは扉の蝶番を一撃で緩ませた。そのまま数回殴り続ければ扉は壊れて外れた。


「さすがワーウルフ……話には聞いていたけどすごい力だねえ……」

 いつもの姐さん口調のターナの驚き。この規模の都市でもワーウルフは珍しいらしい。ワーウルフっていうのは普通は里に籠もって生きている種族だそうだ。


 とにかく戸は壊れて中に入れるようになった。この扉を俺達の手で直すのは無理だから、明日の朝には気づかれて騒ぎになるだろう。

 とはいえ禁書の棚を見に来たとは誰も思うまい。昼間は誰でも読むことができる本を盗みに来たと考えるのが自然というもの。



「だとしても、これ以上事件は起こってほしくないんだが……」

 レガルテが気を揉んでいるという風につぶやいた。彼だって乗り気でこの行為に手を貸しているのに今更なんなのだろう。


「さっきサキナックの屋敷に戻って様子を見てきた。家の中がかなり緊張しているし、爺ちゃん……当主が人を集め始めてる」

「つまり……どういうことだ?」

「戦争が近いってことさ。チェバルの屋敷も似たようなものだよ。昼間ユーリくんが暴れたのもまずかった」


 ターナの言葉の中で名前を呼ばれたユーリがこっちを見ながら首をかしげる。


「ああいや。ユーリくんが悪いわけじゃない。ただ……一昨日の動物が暴れる騒ぎの後でまたオオカミ騒ぎだろ? こう連続して続いて、しかも図書館の前で起こったってのが共通してる。図書館は今チェバルの管理する領分だ。うちの家はサキナックの攻撃だと思ってる」


 なるほど。まあ一昨日の件はサキナックの手引きで間違いはないけど、別にチェバルを襲った行為ではなかった。昼間の方は全くの無関係だ。

 なのに不必要に敵対する家から疑いの目を向けられるのはおもしろくないだろう。攻撃される可能性だって想定する。そうでなくても、問題の渦中にいる歴史学者はお互いの屋敷の中にいると思いこんでる状況なのに。


「それからもうひとつ。夕方あたりに、城に首都の学術院所属と名乗る役人が訪ねてきたらしい。そしてシュリーを探していると言った。もちろんその役人は城の中に入ることはできなかったけど、ちょっとした騒ぎになったらしい。俺の家にもターナの家にもその話は届いているはずだ」

 そんなことがあったとは。学術院ということはシュリーの同僚だ。誰かがシュリーの行き先を掴んだということか。

 そしてシュリーが関わる問題に首都の人間が絡んでくると名門の人間は思っている。この事態がさらに拡大して都市の外の権威に知られる前に即座の収束を急ぐ思惑もあるだろう。


 お互いがお互いを悪いと思っていて、状況の全てが疑心暗鬼を生み出して。千年続く因縁もあってそれが暴発寸前というわけだ。




「おーい。開けるぞ」

 そんな俺達の会話をシュリーが中断させる。憧れの禁書棚の前立ちふさがる鉄格子を眺めてから、鍵を挿し込む。かちゃりとなんの変哲もない音と共に開いた。

 館長が持っている鍵の管理と魔法封じの結界を十分に信頼していたのか、この鍵以外の障害は何もない。そのまま禁書棚へと歩いていく。


「さあ、何が見つかるかな。何から調べたものか……」


 禁書の棚やそこに収められている本の数はそれほど多くはない。もちろん一晩で全部読むのは不可能だろうけど、それでも急げばそれなりの割合を読むことができるだろう。


「やはり伝承に関する本があればいいな。でも機密文書にはそんなものはないか。となれば歴史とその記録だ。昔あったことを知ればそこから読み解けることが…………うん?」


 かなり嬉しそうに本の背表紙を眺めていたシュリーが不審そうな声を出す。そして本を一冊手に取る。


「おかしいな。この紙は新しすぎる。遠目にはわからないだろうが、どう考えても五百年前に記された本の材質じゃない」

 この都市で起こった重大事項を記録した本らしい。その五百年前版。それにしては紙質が新しすぎるというのがシュリーの主張。


「保存状態が良かったとかじゃないですか? それか写本とか」

「そうかもしれない。いやそれにしても新しいし、写本を厳重に保存するとは思えない。原本だからこうやって鍵までかけて置いてるはずだ……」


 リゼの指摘に答えながらシュリーは巻かれている本を広げる。


 中には何も書かれていない。単なる白紙だった。


「どういうことだ……」

 裏側にも何も書かれていない。試しに別の本を棚から出して広げてみたが、これも白紙。


 みんなで手分けして棚の本を片っ端から広げる。そのほとんどが白紙。あるいは冒頭などのごく一部だけ中身が記されている本だった。

 完全な本、つまり書物として価値があるものはほんの数冊だけだった。


「いや、これも価値は無い。……少なくとも表紙で主張してい通りの価値はない。この本が記されたと言われている年代よりも後になって作られたものだ」

 数少ない完全な本を調べながら、シュリーが気落ちしたという様子でつぶやく。それは俺達に聞かせるのと同時に、落胆する自分に現実をを受け入れらせようと努力しているようにも見えた。


「つまり、どういうことなんですか?」

 リゼが遠慮がちに尋ねる。明らかに気落ちしているシュリーに話しかけるのは少々気まずい。


「捏造だよ。この本の本来の記述から権力者の側に都合の悪いものを削除するために、丸々一冊本を書き変えた」

 それから、目の前に広がる大量の白紙を見つめる。

「本を一冊書き変えるなんて膨大な労力がかかる。その前にまずは、都合の悪いことが書かれてると思わしき事実を全部消すことにした」


 それから、ふと思い出すようにして言った。


「アーゼスの昔話と同じだ。自分の側に都合のいい物語を作ってそれを真実と喧伝する。それをこの都市の記録全部に対しても同じことをしようとした」

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