5-19 禁書破りの計画
街の状況はだいたいわかった。俺達は探されていて城壁の外に逃げることも不可能。ふたつの魔法家は一触即発で武力衝突の危機。
武力衝突ってことはきっと、攻撃魔法を敵に向けて撃ち合う光景が見られるんだろう。できればそんな戦闘の場には居合わせたくない。
「そして現状、あたし達にできることはない、か…………参ったな。ここまでややこしいことになるとは思わなかった」
自業自得だけど。シュリーはそう付け加えながら言う。
確かに調査をする上で魔法家を両方とも挑発する形にするのは短絡的だったかもしれない。もちろんこうでもしないと調査は進まなかっただろうし、今となっては後の祭りだけど。
「だが、ここでじっとしてるのも性に合わない。なにかやることはないかな。いっそのこと君達が提案した通り、城主に印章を見せて直訴するとか……」
なんとか事態を打開したいシュリーが強硬手段を口にしたその時。
「それなら、図書館の禁書の棚を見に行くっていうのはどうでしょう!」
リゼが提案した。言うタイミングはここしかないといった様子だが、それは大きな間違いだと俺は思う。
「おいリゼ。なにもこんな時に言わなくてもぐえっ」
俺の忠告を無慈悲に、そして物理的に握りつぶしてからリゼは続けた。
「シュリーさんはやることが無くて退屈なんですよね? だったら禁書の資料を調べませんか? この街の別の発見があるかも」
「なるほど……いいかもしれない」
なぜか納得して乗り気なシュリーをみんなが止めに入る。シュリーとリゼ以外の全員がだ。
「それはだめだ。あなた達が今外に出るのはまずい。それに、禁書の棚は特別な許可がなければ見ることはできない」
「そうだよ。そして許可なんて絶対に降りない。ここ何年もあの棚は開かれていないし、誰にも開けることは許可されてない。お尋ね者のあんた達に許しが出るはずがない」
レガルテとターナは、シュリーが禁書棚に興味を持っていたこと自体が初耳か。権力者側に身を置いてきた人間らしく、許可を得て閲覧するという発想から入るらしい。まあそれが普通だけど。
「シュリーさんまさか…………いえ、やっぱり無理やりあの扉を開けて入るつもりなんですね?」
シュリーのことをこの中で一番理解している常識人であるカイが確認するようなことを言う。
彼としては止めたいのが本心なんだろうけど、言って止まる人ではないというのも理解しているようだった。あと雇い主だし意向には沿わないといけない。
フィアナとユーリは口を挟まない。年上の決めたことに従うつもりらしい。特にユーリはカイの方針に逆らったりしないだろうし。
そんな気はしてたけど、これは本当に禁書棚の扉をぶち破って中に入る流れになってきている。
「おうともさ、カイ。規則に則った方法で見られないなら、規則から外れたやり方をするしかない。簡単なことさ!」
堂々と罪を犯すことを宣言する歴史学者。これでも国に雇われた役人。
それから、なおも同意しかねる様子のレガルテとターナに目を向ける。
「それにだ恋する若者諸君。魔法使いの名門が揃って隠したがっている情報だぞ? アーゼスの印章なんかとは比べ物にならないぐらい重大な秘密が出てくるかもしれないぞ? 話によれば城主様にもこの資料は見せてないらしいじゃないか」
ニヤリと笑うシュリー。悪いことを考えている人間の笑みだ。
「つまりこう考えるんだ。明らかになればどちらの家も一瞬で終わるような秘密があそこにはある」
「つ、つまりそれは……」
おい。レガルテも乗ってきたぞ。
シュリーはここで押せば落ちると判断してとどめを刺す。
「禁書の棚を暴けば、これこそ魔法家の名誉を完全に完膚無きまでに失墜させられる。権力構造から悪しき名門を追い出して闘争を無意味にしてしまえば、君達ふたりは晴れて公の場で結ばれるというわけだ!」
昨日自分で説明して無理だと語った論理をあっさり反故にしたぞ。なんか理屈をこねているが、この歴史学者の目的は知らないことを知りたいそれだけだろうに。
この都市の権力闘争とか若いふたりの恋なんてのは、それについてくる邪魔な物に過ぎない。
でも使えるなら使う。
「レガ! やろうじゃないか!」
「そうだなターナ。やってみる価値はある……」
恋の前に盲目になっているふたりはあっさりとシュリーの口車に乗せられてしまった。
なんて悪い大人なんだろう。
経緯は別として、やるとなれば成功させるしかない。
そのためにはまず、正確な情報を知らなければならない。
「そもそもあたしは禁書の棚を見たことがない。どういう物なんだ?」
レガルテやターナは当然それを知っている。フィアナとユーリも見ているという。
それによれば、大きく頑丈な鉄格子の扉。鉄格子だから棚とその中の本が存在するのは見える。ただ中には入れない。
扉には鍵がかかっていて、それを解除さえすれば中には入れる。
「鍵さえ開ければいいんだな。ちなみに魔法にはアンロックというものがあるらしいが……魔法使い諸君は使えるか?」
シュリーの問いにレガルテとターナは頷く。リゼもできると自信満々に答えた。実際にやるとなれば俺の仕事になるのをわかってほしい。
「扉はずっと昔から使われてきた単純なものだ。それ自体に魔法よけの仕掛けはない。魔法さえ使えれば開く。だが…………」
「魔法封じの結界か。破れるならばそうしたいところだが。できるのか?」
おそらくこの街の図書館を長年守ってきたはずの大切な結界を平気な顔で破ろうと考えるこの倫理観。
「できなくはない。建物の中心近くにある要石を破壊すればいい。ある程度の魔力を持った人間ならそれができる。俺やターナみたいな、な」
そして、大事な結界をあっさりと破壊するのに賛同する街の権力者一族。恋の病の前には道徳など無意味だ。
だんだん頭が痛くなってきた俺の心中など気づかず、シュリーは満足げに頷く。
「もちろん結界の破壊は手段のひとつだ。普通に鍵を盗んで開けられるならその方がいい」
盗むのは普通じゃないというのは突っ込んだ方がいいのかな。
「というわけで、鍵の在り処を知りたい」
「図書館の館長が持ってるよ。わたしと同じチェバル家の人間だね。わたしの大叔父、当主である爺さんの弟さ」
ターナの説明。図書館の館長もまたふたつの魔法家が奪い合っているポストのひとつだ。今はチェバルが担当している。
「鍵はあの人が常に持ってる。上着のポケットの中だ」
「つまり、そのポケットから盗み出せたら問題は解決ってことですね!」
リゼが楽しそうと言うふうに声を上げる。
そういえば、盗みはこいつの経験済分野だった。そうか、やっぱり盗むのか。やるしかないのか。
その他細かな手順を決めて、早速明日の昼に決行することとなった。




