2-1 村へむかう
俺がいつ、眠ってしまったのかはわからない。
この世界に正確な時計は存在しない。それにこの世界の時間の経過とか、一日の長さが俺の世界と同じとは限らないし。どれだけの長さ眠っていたのかもわからなかった。
目が覚めた時、自分の体が緩く揺られていると感じた。ブランコの揺れとかそういう、ゆったりした揺れだ。
「おはよう、コータ。よく寝てたねー。もう少ししたら村に着くから待っててね」
頭上から声。リゼは右手に鞄、左手に魔法の杖を持って歩いていて、おれは鞄の上に乗せられていた。揺れているのはリゼが歩いているからで、その状態で俺はのんきに寝ていたらしい。そしてリゼは寝ている俺の体を荷物の上に乗せて、とりあえずの目的地である村に向かってると。
鞄は肩から提げられるようにベルトがつけられているから、手で持つ必要はない。けれど揺れすぎて俺が落ちないように、わざわざ手で揺れを抑えてくれてたようだ。
「おはよう……焚き火はどうした?」
「火は消したよー。あとはそのまま。たぶん、いつかあそこで野宿することになった人が残りの薪を使うことになるんじゃないかなー」
「そ、そうか」
野宿の後始末としてそれは、お粗末じゃないだろうか。かと言って、焚き火の始末って何をすればいいのかは俺にもわからない。だからそれ以上は、特に何も言えなかった。
「オークの死体は?」
「あれもそのまま」
「まあ、そうだよなー」
怪物の死体をどうするかなんてのも、俺には全然わからない。立つ鳥跡を濁さずという言葉もあるけど、仕方ないってことにしよう。
「……結局、あのオークの仲間は出てこなかったな。いい事だけど」
「たぶんあれ、はぐれオークだったんだよ。理由はわからないけど群れから追い出された。それで縄張りの外でさまよってたか、私達みたいに旅をしていたか」
あんな怪物にも、それなりの社会性がある。群れのリーダーに逆らったり掟を破れば、追い出され一匹狼となる。あるいは、群れの中で体が弱くて、一員として認められなかったからという例もあるらしい。
つまり、弱くてあれという可能性がある。俺は本物のもっと強いオークの存在に恐怖を覚えた。
リゼはリゼで、群れの一員になれなかった者の末路に自分を重ねたのか、不安そうな表情を見せている。そして、その不安を打ち払うかのようにずんずんと歩みを進める。その足取りに迷いはない。
ふと不安になった。周りに見えるのは木だけだ。リゼの足元を見ても道らしきものは無い。
そういえば俺が呼び出されたあの空き地も、なにかの理由で偶然あんなスペースができだけの場所らしい。そこから道が伸びてるわけじゃない。
とりあえず旅に出たリゼが森を彷徨った結果、召喚の儀式に使えそうで人目につかなさそうな場所を見つけたからやってみた。その程度の場所なんだろう。
あそこが森の中の通り道なら、あれだけぐずぐずしてれば追手に鉢合わせしてただろうし。
不安になってきた。リゼは本当に、目的地である村に向かってるのか?。まさかと思うが、森の中をなんとなく彷徨ってるんじゃないだろうか。こいつならありえる。
「なあ、ちゃんと村に向かってるんだよな? 道みたいなのはないけど」
「大丈夫大丈夫。方向は合ってるから。東に村がある。太陽はこっちから登ってきたし、大丈夫」
「その程度の方向感覚しかないのかよ!」
方向だけあってるから、いつか村に着くはずであるき続けてきたらしい。
それじゃあ、村を素通りして延々と歩き回るなんてこともあり得てしまうわけで。それならまだいい方で、さっき話に出ていたオークの群れなんかに遭遇してしまいかねない。
うん、やっぱりリゼに旅の指針は任せられない。
ところが奇跡的に、リゼの歩みは正しかったようだ。不意に視界が開けて、いくつかの建物や畑やが見えた。
「村だー! ほらコータ! わたしが正しいでしょー?」
「ああ、本当に……本当に良かった……」
運が良かった。リゼの勘や方向感覚が良かったとは断じて言わないぞ。
「とりあえずお腹空いたなー。昨日からなにも食べてないし! ごはんー。すいませーん。誰かいませんかー!」
そういえば、出会ってからこいつが何か食べているところ見たことがない。ろくに準備もせずそのまま飛び出したみたいだし。空腹なのは本当だろう。
リゼは森から抜け出して人を探す。畑でなにか仕事をしている人が、作業の手を止めてこちらに向かってくる。壮年の男性だ。そして俺にとっては、この世界で始めて見るリゼ以外の人間。
「旅人さんかい?」
「こんにちは。はい! 旅の者です。名前はリーゼろへぶっ!?」
「やめろ。名前を名乗るな。お前お尋ね者なんだぞ!」
追われている身というのを理解していないのか。当たり前のように名前を言おうとしたリゼの頬を叩いて、耳元でささやく。
追手がこの村に来てて、情報提供を求めている可能性だってあるんだから。そこら辺もちょっとは考えて、もう少し警戒してほしい。
「あ、あはは。リゼです。ただのリゼ。旅の途中の魔女です。こっちは使い魔のコータ。えっと、遠くから来ました。遠くまで旅をするつもりです」
「余計なことを言おうとするな。飯と宿がほしいとだけ言え」
リーゼロッテとは別人と言い張ろうとするあまり、嘘をつこうとしてつけてないリゼにまた耳元でアドバイス。これだといずれボロが出てしまうぞ。
「お腹が空いたので、ご飯を食べられるところを教えてもらえますでしょうか! あと今夜泊まる宿とかも!」
「そ、そうか。だったら酒場に泊まることができるから行けばいい。この道をしばらく行けばいい」
リゼの勢いに様子に若干引いているその農民の男だが、引きつつも酒場の場所を教えてくれた。変な女だから、あんまり関わりたくないとかかもな。
ともかく教えてくれたことに感謝して、そちらを目指す。
「そういえばさ、金はあるのか? 飯にしても宿にしても、金がなきゃなにもできないぞ?」
「ああ、それは心配ないよ!」
まあ才能がないバカとはいえ、いい所のお嬢様らしいし。ある程度の所持金はあるんだろう。
「あの嫌な女から盗んだのは、魔導書だけじゃないんだよねー」
そう言いながら、懐からジャラジャラと音が鳴る袋を見せる。中にお金が入ってるらしい。リゼの物ではないお金が。
もう突っ込まないぞ。