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5-8 街の図書館

 街の人に図書館の場所を尋ねて、少し迷いながらもたどり着く。街の中心地にほど近い場所にある、ヴァラスビア都立図書館だ。


「おおおおお! 本がこんなにたくさん!」

「フィアナ、落ち着いて。図書館では静かに」

「あ、ごめんなさい……すごいですね。本がこんなにたくさん」

 建物の中にたくさんの棚。その中には巻物状になっている紙が多く収められていた。それからごく少数だけど、多数の紙を重ねて綴ることでページを捲れるような形にした綴じ本も置かれていた。


「これも本なんですか? 巻物になってない、変な形……」

 綴じ本を手に取ってフィアナが尋ねる。時代が進めば本の形状は、巻子本からこのような綴じ本が主流になっていくことは、まだ誰も知らないことだ。


「巻物の本よりはこっちの方が読みやすい、らしい。魔法使いが魔導書として使うのもだいたいこの形……らしい。リゼがコータを呼び出したのにつかったのも、たぶんこういう魔導書」

「そうなんですね。これでコータさんが……」

「でも作るのも大変だから高い。この一冊で、家が一軒買える値段がする」

「あわわ……」

 そんな高価な物だとは知らずに手に取ってしまった。フィアナは慌てて棚に戻す。


「本ってそんなに高いものなんですか……」

 その高価なものを盗んで、しかも召喚の儀式に使って消費してしまった悪い魔女のことを考えて、ふたりははため息をつく。

「うん……。人が手で文字とか絵とか全部書いて作るから。すごく大変らしい。だから、図書館はいつも監視が強い。見張りが大勢いるし、魔法を使って持ち出されたりしないように魔力封じの結界が張られてる」

「魔力封じの結界…………」


 本が大量に並べられている空間というだけでもフィアナにとっては理解の限界みたいな光景だ。さらに新しい情報が入ってきても、飲み込みきれないというものだ。

「とにかく、本は高いから持ち出せないってこと。それより、本を読もう」


 本は高価なものだから基本的には裕福層の大人向けの商品だ。とはいえ、裕福層向けということはそこに所属する子供のための本だって存在する。

 ふたりは、そういえばリゼはアーゼスの伝説を絵本の読み聞かせのように説明していたと思い出す。ここにはそういう絵本もあるに違いない。



 しばらく探したけど、図書館は広くてなかなか見つからない。その途中で、ふたりは別の興味深いものを見つけた。

 壁に鉄格子がはめられていて、その向こう側に本が入った棚がある。鉄格子で塞がれているから、もちろん向こうの棚に行くことはできず本も読めない。手を伸ばしても届かないような距離に、ただ本があるという風景だけが見える。


「なんですか、あれ」

「禁書棚って書いてある。特別な許可がないと見れない本だって」

「そうなんですか……特別な許可?」

「きっと、ここの権力者。城主とか、そういう偉い人。そういう人から許してもらわないと読めない」

「そうなんですか。よほど秘密にしておきたいことが書かれてるんですね」



 それからさらにしばらく探して、ようやく子供向けの棚を見つけた。とはいえ、そんなに多くの本が収められているわけではない。人の姿もあまりない。


「文字が読める裕福層の子供の多くは、本なんて興味無いから。もっと面白いものがたくさんある」

「そういうものなんですか……どれがアーゼスの本なんてなんですか?」

「これ……とこれ。あとここからこれも……」

 そんなに大きくない棚のうちの半数以上が、ヴァラスビアを訪れたアーゼスの伝説の本だった。昔の話だから物語の筋にいろいろ種類があって、さらに物語に関わるふたつの名門の思惑からそれぞれに都合のいい解釈や創作を付け加えていった。その結果、ありえないほどの数のパターンの本ができてしまった。


「本当にたくさんありますね。名門の魔法使いっていうのは、本当に名誉を大切にするんですね…………そんなに大事な物なんでしょうか」

「自分達だけじゃなくて、先祖代々受け継がれてきた物だから。先祖を大切にする気持ちと似てるかもしれない」


 とはいえこの場合は、最初の対立はふたりの魔法使いの喧嘩にすぎなかったのだけど。それが千年こじれ続けてきた。


 ユーリは、何かを思い出すようにして付け加えた。

「ワーウルフの里にも、似たようなことがある。ちょっとした仲違いなのにそれぞれの家柄とかを持ち出して、家族同士の諍いになったり。馬鹿馬鹿しいと思う」

「そうですね。ご先祖は大事ですけど、もういない人達のために今生きてる人達が困るのは間違いです…………それよりユーリくん。本を読みましょう。文字も覚えたいです。教えてくれますか?」

「いいよ。とりあえずこの本を読む。これがこういう言葉って教えてあげるから、ゆっくり覚えながら読んでいこう」


 ちなみにその伝説を書いた本は、たぶんチェバルが作り上げた物だと思われた。

 サキナックの魔法使いは何の魔法も使えず恥を晒しただけだけれど、チェバルの魔法使いは墓から死者を蘇らせるという魔法を成功させかけて、結局止めたアーゼスからも良い魔法使いだと褒められる展開だった。


 試しにもう一冊読んでみたところ、それもチェバルを称賛する内容だった。子供心にも露骨すぎる展開に二人はため息をついた。



――――――――――――――――――――



 チェバル側に都合のいい資料ばかりを見せられて辟易していた俺達はようやく屋敷を出た。本職のシュリーだけは、そんな間違いだらけの資料であっても熱心に読み込んでいたけれど。


「作為的な資料でも、資料は資料だ。そこになにかしらの真実が隠れていることは往々にある。全くの無からは、人は何も作り出すことはできないからね」

 歴史学者としての経験からの言葉だろう。俺達にはその感覚はよくわからなかった。そしてシュリーはさらに続ける。


「あたし達のずっと前につかれた嘘が真実として伝わっていた場合は見抜くのは大変だ。けれど嘘だとわかりきっている嘘なら簡単に見抜ける。資料としては扱いが簡単な方だよ」


 そんな講釈を聞きながら俺達は歩く。日が暮れるにはもう少し時間があるという頃。

 宿に戻るのもありだけど、一度図書館にも行ってみたいとシュリーは提案した。この都市の詳しい歴史を知りたいとはさっき言ってたな。となれば図書館に行くのが一番か。ちょうどこことは近いし、少し見てみるくらいならとそっちに向かった。


 そしてしばらく行ったところで突然、誰かが叫んだ。馬が暴れたと。

 そちらを見ると、馬車を引いている二頭の馬がなにかしらの興奮状態に陥って一心不乱に駆けていた。

 ちょうど俺達のいる方に向かっている。

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