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5-7 他方の屋敷

 チェバルの家を訪問する表向きの理由は、首都の学術院の職員によるこの地方の伝承の研究。この地方で最も有名な昔話も当然研究対象で、その物語の当事者であるチェバルの家に取材をするのは当然のことである。

 もちろん、それだけで中に入れてくれるとは思えない。奴らにとって、魔力対決の昔話はあまり研究されたくないことだろうし。そうでなくてもプライドの高い奴らだ。


 だからシュリーは話す際に一言添えた。

「チェバルとサキナック両方の家に話しを聞こうと思いまして。先にサキナックの方には伺って興味深いお話を聞けました。なので、次はこちらに伺った次第です」

 興味深い話など聞いていないが、訪問したことは本当だ。憎い相手に都合のいいように編纂された物語が首都に持って帰られるという危機に、チェバルの人間は快く俺達を中に招き入れてくれた。それはもう丁重な扱いだ。


 そういうわけで俺たちは、さっきと同じようにとても立派な書斎に通されてチェバル家の当主という老人と対面して座っていた。年齢的にはサキナックの当主と同じぐらいだろうか。


「なるほど、レメアルディアからわざわざいらしたのですか。ここは良い街なので、ぜひともゆっくりしてください」

 コモズビカ・チェバルという名前の当主はいかにも善良な老人というような雰囲気を持っていた。だがサキナック家の当主も似たようなものだったから、それに騙されるということはない。



 その善良な老人を装った男はさらに言葉を続ける。


「ヴァラスビアの昔話といえば、やはりアーゼスの伝説について研究するということですか?」

「ええ。もちろんそれもあります。あの伝説に関しても様々なパターンがあって、おそらく伝承の元になった史実は存在するのでしょうが、それがどのようなものかわからないというのが現状です。ですがアーゼスの伝説以外にも伝承の類はたくさんあって、むしろ口伝で残されていき放っておけば消えてしまうような物語こそあたしは記録していくべきではないかと思います」

「そうですか……アーゼスの伝説に関しては当家も研究を進めております。お見せできる資料も多いでしょう」

「…………そうですか」

 シュリーの説明の、どちらかというと熱を込めて語ってた後半部分に関してはこの老人はあまり興味がないらしい。前半部分であるアーゼスの伝説に関する話をしたがっているようだ。


 なるほど当家の独自の研究か。それはきっと、研究とは名ばかりの創作行為だ。

 ふたつの対立している家系のうちの我が方にだけ都合のいい物語を作り上げるだけ。人の手で史実が捏造されましたよという事実は、物語が形作られるプロセスとしては興味深い現象とは言える。しかしだからといって、歴史の真実を追い求めるのが仕事のシュリーにとっては容認できることではない。



 もちろん、奴らがそんなことをこの千年の間ずっとやってたらしいというのは知っててこっちに来ているわけだから、シュリーは今更そんなことに動じたりはしない。


「そうですか。それはぜひとも拝見したいものです。ですがそれと同時に、この都市全体の歴史も知りたいです。そこから読み取るべき事実も多いので。こういうのは図書館に行けばいいんですか?」


 図書館。馴染みのある言葉だ。本がたくさん置いてあって市民が自由に読むことができる施設。この世界にも都市の規模によってはあるんだな。

 目の前の老人はすぐに頷いた。


「ええ。ヴァラスビアにも立派な図書館はありますよ。歴史を学ぶにはそこが一番でしょう…………しかし詳細な街の記録となれば、閲覧には城主様の特別な許可が必要になります。普段は図書館の禁書棚にありますが、外部の方には見せられません」

「詳細な記録……」

「はい。なにぶん貴重な物なので……」

 それがあれば、アーゼスの印章についてもなにかわかることがあるかもしれない。



――――――――――――――――――――


 少し時間は遡る。

 宿で留守番を命じられたフィアナとユーリだけど、すぐに退屈してしまった。

 なにしろやることがない。部屋のベッドにふたり並んで座って時間が過ぎるのを待つのはさすがに暇すぎる。


「なにかおもしろいことってないでしょうか、ユーリくん」

「おもしろいこと…………」

 ワーウルフの男の子はしばし考え込む姿を見せる。おそらくユーリは、行動の指針を同行してきたカイに長い間預けていたのだろう。こういう時にどうしたらいいのか、よくわからないようだ。

 それでも、過去の経験からなんとなく答えを導き出す。


「新しい街には来たときは、よくカイと一緒に歩き回った。……街にはいろんなものがあるから、見てるだけで楽しい」

「街を歩く!」

「うわっ!」

 フィアナは自分でもびっくりするぐらいの大きな声をあげてユーリの話に食いついた。当然ユーリだって驚いて身を引く。


「あ、ごめんなさい。でもそれってすごく楽しそうだなって思いまして……街には、どんなものがあるんですか?」

 こんなに大きな街を見て歩くなんてフィアナには初めての経験。なにがあるかなんて想像もつかない。


「えっと、えっと。たくさんのお店。食べ物とか服とか、宝石とか……武器とか。劇場とかも。お芝居を中でやってたりする。他には……図書館とかもあるはず」


「としょかん? それはなんですか?」

 普段口数の少ないユーリががんばって説明する中に知らない単語が出てきて、フィアナは尋ね返す。


「知らない? 自由に読める本がいっぱい置いてある場所」

「本が、いっぱい? そ、それは売ってるんですか?」

「売ってない。読むだけ。ただで、本を読める場所」

「そ、そんなうまい話が!? ユーリくんそれは騙されているのではないでしょうか!?」

「騙されてない。本当にそういう場所。行ってみる?」

「はい! 是非とも! あ、でもわたし、字が読めません」

「じゃあ、僕が教えてあげる」

「ユーリくんは読み書きができるんですか?」

「カイに教えてもらった」


 小さな村から出たことがなかったフィアナは、本とはほとんど接点のない人生を送ってきた。けれど、それがどういうものかはなんとなく聞いていた。

 自分の知らないことを教えてくれる物。見たことも聞いたこともないものを見せてくれるもの。


 それは、フィアナにとっては魔法に匹敵するぐらい不思議な存在に思えた。



 外に遊びに出ますとユーリが部屋に書き置きを残して、ふたりは揃って宿を出て外の大通りを歩き始めた。

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