5-5 探り合い
シュリーも今の質問の意図を理解して、しかし答えないわけにはいかない。というよりは、こういう質問が来ることも予想していたわけだからシュリーは平静を保ったまま回答する。
「はい。お渡しできるものはこれだけです。あとは……風化してボロ布になったような服と、腐りきった食料の残骸ぐらいしかありませんでした。それらは遺体と共にワケアの街で埋葬しました。……こちらに運ぶことも考えましたが、さすがに遺体を長距離運ぶのも大変だと思いましたので」
「そうですか。ええ、そうでしょうとも。埋葬までしていただいてありがとうございます。大したお礼もできないのに申し訳ない」
「いえ。正しいと思うことをしたまでですから……」
「なかなかできることではないですよ。特に首都の若い者には」
「ははは。やっぱり真心とか、親切心なんてものは人生の先輩には叶いませんか」
腹の探り合いのような会話が続く。あと最近の若いものはって言い草はこの世界にも存在するんだな。そんなことを考えているのは、要するにシュリーの後ろに立っている俺たちはなにもすることがなくて暇だったからなんだけれど。
サキナックの当主はしばらくシュリーと話していたが、やがて情報を引き出せはしないと悟ったようだ。
会話が一段落して、では私達はこれでと去ろうとすると最後に当主はこう尋ねてきた。
「シュリーさんは、しばらくヴァラスビアに滞在するのですか?」
「え? ええ。せっかく来たので、この都市に伝わる伝承や民話も研究しようかと。ここまで大きな都市でしたら独自の編纂などもやっているでしょうが……学術院所属の学者が調べ直すことに意味があると考える人間が首都には多いので。なのでこれを機会に調べてみます」
「そうですか。ヴァラスビアは良い街です。滞在を楽しんでください。お礼といってはなんですが、宿もご用意しますよ」
「いえ。もう宿は決めているので。ではこれで……」
最後の提案もはぐらかして、シュリーは今度こそ屋敷を辞す。
シュリーがこの都市に滞在して昔話を研究すると言ったというのはつまり、お前達のことを探るぞという宣言でもある。
この都市の伝承といえばアーゼスの来訪とふたつの魔法使いの魔力対決のことを指すのとほぼ同義。その物語に出てくるアーゼスの印章のことも無視できない。
それに対してあの当主は宿を用意すると言った。それはつまり、俺達を見張りたいわけだ。監視のしやすい場所に俺達を置いておきたいというのが、あの提案の真意。
「たぶん、その内また向こうから接触することはあると思う。もしかするとあたし達が印章を持ってることを悟るか、予想して奪おうとしてくるかも」
サキナックの屋敷を出て街を歩きながら、シュリーは話す。
奴らは暗殺も平気でやる奴らだ。強硬手段を取る可能性は高い。
「どこで仕掛けてくるかはわからない。でも監視は絶対にしてくるだろうな。それで……これからどうするかだ。チェバルの方も訪ねてみようかと思ってた。が……」
都市の中心、お城の前の庭園にてシュリーは立ち止まる。サキナックの屋敷とチェバルの屋敷は、この城を挟んでだいたい反対側にある。
このままチェバルの屋敷に向かうべきかどうか悩んでいるという様子だ。
それから周りを見回す。奴らが俺達を監視するというなら、当然今も尾行している人間がいるんだと思われる。周りには人がいて、しかしサキナックの手の者と思しき人物は見当たらない。
もちろん向こうもプロだから、素人の俺達にわかるような尾行はしないと思われる。
「そもそも、チェバルの屋敷を訪ねるにしても理由がないんだよな。あそこの家の誰かの遺品を持っているわけでもない。他に思いつくものといえば、やっぱりあたしの本業だな。伝承の研究。この街には昔話の研究をしにきたので、ぜひとも地元の名家にお話しを伺いたく…………」
そこまで言ってから、シュリーはため息をつく。
「それで屋敷の中に招き入れられて、話しをしてもらえるとは限らないよな。お城には門前払いだったし。それに、そんなことすればそれこそサキナックへの挑発行為だ。すぐさま強硬手段に移るかもしれない」
「いいんじゃないですか? やらせましょうよ、強硬手段」
悩んでいるシュリーに、リゼが気楽そうに言う。こいつはいきなり何を言ってるんだ。わざわざ危険に飛び込むようなことを提案するとか、なに考えてるんだ。
「敵が襲ってきたら返り討ちにしちゃいます。わたしとコータと、それにみんないればそれができます。それで敵を捕まえて、秘密を全部喋らせる。どうですか?」
「ものすごく強引なやり方だな……」
案の定シュリーは困ったような表情を見せた。ほら、やっぱりシュリーも賛同しかねる提案のようだ。
「リゼ、お前はもっと慎重になるべきだぞ。そんな無茶苦茶なやり方で勝てる相手とは」
「いや、いいな。やってみよう」
「おい!」
リゼをたしなめようとしてる最中に、なんでこの歴史学者は賛同するようなことを言うんでしょうね。
困惑する俺をよそに、シュリーはまた話し始めた。
「このままうだうだ悩んでいても意味はない。どうせ調べものをしようとしても手詰まりだ。ならば挑発でもなんでもして向こうを動かすというのも悪い手じゃない。リゼちゃん、君の考えに乗ってみよう」
ああそうだ。この歴史学者も割と無茶苦茶な性格してるんだった。慣れてきたとか、リゼの方がやばいとかで忘れかけていた。
隣に立つカイを見る。彼も俺の視線を感じて、やれやれという仕草を見せた。うん、俺の感覚が間違ってなかったと確認させてくれる仲間がいるのが、今はすごく嬉しいな。
いずれにせよ雇い主はシュリーだ。その雇い主が方針を決めた以上は従おう。大丈夫、相手が何者であろうとやっつけてやるさ。ファイヤーボールとか一発当てたらそれで倒せるだろう。
「そうだコータ。新しい魔法を教えるね」
チェバルの屋敷に向かう途中、シュリーやカイから少し後ろに下がって歩いているリゼが俺を手に載せながら言う。結局は敵を倒すのに頑張るのはリゼではなく俺なのだ。
仕方がない。今度はどんな魔法だろう。
「敵が近づいてきたらそれがわかるように、周囲を警戒する魔法です。つまり、探査魔法」