5-4 一方の当主
夜が明けて、俺達はとりあえず城に行ってみた。
ダメ元で保管されているという印章を見せてもらえないかと思ったのだけど、門の中に入ることはできなかった。当然といえば当然か。
この城はヴァラスビアを治める城主の住処にして領の統治のための最高機関だ。城主以外にも大勢の人間が出入りするが、許可を得ている者以外を入れるほど開放的な施設ではない。たとえ、国のために働く学術院の人間であっても門前払いは同じだ。
仕方がない。これはわかっていたこと。
「よし、次はサキナック家かな」
気を取り直してということで、この都市の問題の根源を訪ねようとシュリーは俺とリゼとカイに言う。
護衛がいるのはいいがあまり多いと目立って不審がられるというわけで、今日同行するのはカイとリゼ、それからリゼの使い魔である俺のみ。フィアナとユーリには留守番をしててもらうことにした。
シュリーの提案だから仕方がない。カイと離れたくないらしいユーリは顔には出さずとも相当不満そうだったが、受け入れてもらうことにした。
たしかに、人の家にお邪魔するのに大人数でぞろぞろ入るのは少々失礼かもしれない。冒険者という身分を保証されてるとはいえ、子供が混ざっているとそれは目立つというものだろう。
そういうわけで、俺達人間三人と使い魔ひとりはサキナックの屋敷の前に立っている。さすが権力者なだけあって立派な屋敷だ。当然ながら門は閉まっていて部外者が中に入ることはできない。
とりあえず身分を明かして入るだけの要件があればいいだろう。国家が保証している学術院の身分証があればそれは問題ない。
あとは理由だけど。
「グバルテ・サキナックという人物に心当たりはあるでしょうか。その人の遺品を持ってきたのですが、今の当主様にお目通り願えますか」
シュリーは、ここに来ることになった手がかりを使うことにした。というか他に方法がなかった。
屋敷の中の立派な書斎に案内され、そこでサキナック家の当主である老人と対面する。年齢は、見た目で言えば還暦ほどだろうか。
ガノルテ・サキナック。彼はそう名乗った。シュリーが首都の学術院の職員と知った彼は歓迎する姿勢を見せた。内心ではどうかは知らないが、首都で国家のために仕事をしている役人というからにはそれなりの家柄であることが多い。
彼ら自身家柄を重視するタイプの人間だから、役人を無碍に扱うことはあまりしないという。あくまで表面上ではということだけど。
地方都市の人間の首都コンプレックスとかそういう感情は間違いなくあるだろう。あるいは奴ら自身が千年続いている家系というし。そこに存在するプライドはとてつもなく高いはず。
「各地の民話を採集して記録するという目的で旅をしています。その途中で、白骨死体を見つけまして」
シュリーが前に出て立って話し、俺達はその後ろに控える。
印章のことは秘匿すると決めているから、死体を発見した経緯も少しばかり嘘をつく。シュリーが民話の記録のために旅をすることがあるのは本当らしいし、そこまで大した嘘ではないつもりのようだ。
とはいえこの嘘は相手を警戒させることになるかもしれない。シュリーが集めて記録すると言っている物語を、目の前の男の一族は作り変えて自分達に都合がいいように伝え直してきたという歴史がある。
「書いてある情報と短剣の家紋から、サキナック家の方と推測しまして。こうして返却しに伺った次第です」
「そうでしたか。それはご苦労さまです。グバルテは私の叔父でした。私が幼かった時分に旅に出たきりなので、私は彼をほとんど覚えていませんが…………優秀で勇敢な魔法使いだと聞いています。もちろん、我が家系は皆そうでしたが」
そのイメージとは裏腹に、サキナックの当主は物腰柔らかな口調でシュリーと話す。幼き日の思い出を懐かしむようなその様子は、人のいいおじいちゃんという印象を与えられる。もちろん油断してはいけない。
家系の人間はみんな優秀。付け加えるように言ったその言葉に見え隠れするプライドと傲慢さ。あるいは冷酷さ。
この家系にだってリゼみたいな才能なしの子が生まれることだってあっただろう。けれど、そういう人間は存在しないことになっている。
競い合うふたつの家の歴史は暗殺の歴史でもある。その刃が身内に向かないと言い切れるだろうか。
「シュリーさん、詳しく教えてもらえますでしょうか。グバルテの遺体はどこにあったのですか? 森の中とのことですが」
「ワケアの街……と言ってもわかりませんよね。イエガン魔法学校の東にある街です。その領内の湖の近くで見つけました」
「そうですか。シュリーさんはそこに、民話の記録に行ったのですね?」
「採集と記録です…………正確には、ワケアには別件の仕事がありまして。そのついでに別の仕事もしようということで住民から話を聞き出して……湖が舞台の民話があったので、ちょっとそれを見てみようと思いまして」
半分以上は作り話だけど本当のことも混ざっている。その方がより本物っぽい嘘になる。シュリーがワケアに来た理由が重大犯罪の捜査だというのは、さすがに秘密にしておく。この件には関係ないとはいえ説明するのはかなり面倒だし。目の前の老人もそこに関しては尋ねなかった。しかしそのかわりに。
「わかりました。それから…………グバルテは、この証明書と短剣以外には何か持っていませんでしたか?」
俺達からはシュリーの背中しか見えない。けれど、彼女が微かに緊張したというのはなんとなく感じられた。
こちらは複数の遺品を渡している。つまり、渡すべき物はすべて渡しているとみなすべき状況。さらに言えば、白骨死体の遺品から取れたこの家に返すべき物は本当にこのふたつだけだ。そこに嘘はない。
アーゼスの印章は、また別のルートから手に入ったもの。
けれど、この名門の当主はさらになにかあると考えて探るような事を言った。
当主ガノルテの意図していることがアーゼスの印章だとすれば、この質問からふたつのことが察せられる。
俺達の持っている印章は確かにグバルテ・サキナックが旅をしてワケアの近くまで運んだものだということ。
それから、サキナック家はグバルテが印章を運んでいたということを知っていて、なおかつ今その行方を気にしているということだ。