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5-3 街の政策

 なおも男に酒を飲ませ続けては話しを引き出していれば、やがて彼も限界になって酔いつぶれて寝てしまった。よし、放っておこう。まだ昼だし、夜にこの酒場が賑わうまでには起きているだろう。


「あ、財布あったよ。全部奢るのも癪だし、いくらかこの中から貰っちゃおうか」

 リゼが男の服から硬貨の入った袋をすばやく抜き取る。手先が器用で手品が得意な奴だから、こういうスリみたいな行為も簡単にできると言われても特に驚かない。

 そもそもこいつ泥棒だし。そういえば魔導書を盗みに学友の部屋に入ったのも、鍵はスリみたいな感じで盗んだのだろうな。



「リゼちゃん器用だなー。でもまあ、せっかくいい情報くれたんだしここは金貨三枚ぐらい持っていく程度で勘弁しておこう」

 シュリーも割とひどいこと言ってるし金貨三枚ってそれなりに大金だぞ。シュリーもまただいぶ酒に酔っている様子だ。それを平気で懐に収めて、俺たちは酒場から出る。

 あの男には不幸なことだが、どうか夢でも見たと思って忘れてほしい。


 男を酔わせるためにシュリーもかなりの量の酒を飲んでいるようで、ぶっ倒れて寝るなんてことはないにしてもまっすぐ歩けないみたいだ。だからとりあえず座って休ませることにした。街路樹に背中を預けて座るシュリーの姿は、外なわけだしちょっと情けないかもしれないがまあ仕方ないとする。もう少し落ち着けば、宿を探してそこに寝かせよう。



「それにしてもだ、この街は思っていたよりやばい場所かもしれないぞ」

 目が座っている状態で、遠くに建っている城を見つめるシュリー。この都市の中心であるとともに、千年続いてきた権力闘争の中心でもある。



 俺のいた世界でも昔のヨーロッパあたりは、権力闘争と暗殺の絶えない血塗られた世界だったというのは聞いたことがある。まさかそんな世界に足を踏み入れることになるとは思わなかった。

 この世界の権力者もなかなかえぐい事をしているというのは、リゼが名門というのについてどう考えているかというのからもある程度は読み取れる。


 そしてそんな世界に生きているシュリーからしても、この世界はまともではないように見えるらしい。

「この木みたいに、住民のためになる政策だけやってればいいのにな」

 そう、自分がもたれかかっている街路樹に触れてつぶやいた。



 この街路樹はサキナックの派閥が設置を進めているとさっきの男が言っていた。都市景観の整備のためだ。

 俺からすれば立派な福祉政策だが、対立するチェバル派閥は見てくれだけで実利のない愚策と批判している。景観保護の概念はこの世界にはまだ希薄らしい。


 福祉といえば、チェバル派閥は都市の住民が死んだ際に埋葬手続きを一手に管理、代行して市民の助けとなる部門を各市に設立したと男は言っていた。葬儀費用も都市が出してくれるし、都市内に共同墓地が点在しておりどのような市民でも死者を悼みにそこを訪れることができる。


 景観保護より実利をというチェバルの考えに沿った対抗政策なのだが、サキナックはこれを人の死で人気取りをしようとする極悪人の考えと批判している。

 埋葬代行はまさに住民の助けとなる良い政策だろうに、上手くはいかないものらしい。



 福祉といえば他にも、教育政策がこの都市では進んでいる。

 多くの人間が学校に通うことなく家の仕事に従事してそのまま家業を継ぐというのが、この世界の多くの人間の仕事のありかただ。

 リゼが行こうとした魔法学校なんてのは例外扱いで、魔法という使える人間が限られている才能を確保し伸ばすためのものという位置付け。


 魔法学校以外の学校といえば、それこそ支配階級のために存在するものだ。支配者達の子供に高度な教育を受けさせることにより将来の支配階級としての能力を高める。そんな機関だから学校に入れる人間の数は限られているし、こんな大きな都市においてもひとつあれは十分な施設だ。


 ところが、ここヴァラスビアには学校がふたつある。

 もちろん上流階級のための学校だが、庶民の中でも優秀な者がいれば入学できるという枠も存在する。



「それぞれの陣営が持ってる学校で、自分の家にとって都合がいい人材を育成するための機関だな」

 ようやく落ち着いたらしいシュリーが、宿のベッドに腰掛けながらため息をつく。ふたつの家がそれぞれ担当しているから学校がふたつ。庶民の優秀な子供を自分の家の手先に変えるための装置。



 正直、ひどい話だと思う。歴史の謎を解き明かしに来たのに、なんで現行の地獄みたいな仕組みになってしまった都市の惨状を目の当たりにするんだろうな。


「それが歴史というものだよ。歴史は過去に独立して存在するものではない。そこには流れがあり、物語があり、何らかの形で今に続いている。今と何が変わって何が変わらないのか、それを突き詰めるのも楽しみのひとつだ」

 シュリーにとっては、本当に楽しいことなんだと思われる。こういう話しをするときが一番生き生きしているし。


 とはいえ状況は楽観できるものではなく。


「暗殺を平気でしてくる奴らを相手にするなら、やはり慎重に動くべきではないでしょうか」

 カイの提案。そのとおり。俺達は争いを続けているふたつの家の重要な物品をなぜか持っている。


 街から持ってきたアーゼスの印章が本当にここの名門に渡されたものならば、奴らは俺達にいい顔はしないだろう。なにしろ印章は今もあのお城の中にあるという話だからだ。

 なんで印章が外に持ち出されたかは謎をだが、名門の人間が部外者に話したがることではないはずだ。秘密の一端を知っている俺達を排除しようとする可能性は十分にある。

 それはシュリーもよくわかっていること。しかし。


「現状、調べものをして解明できる範囲は限られている。酔っぱらいから話しを聞いてわかることには限界があるし、そろそろ次の段階に行くべきかなとは思う。……もちろん、印章を持っているということは秘密にしておこう。けれど…………明日は奴らに接触しようと思う」

 酔もだいぶ覚めてきて、真剣な表情でシュリーは言う。奴ら。魔法使いの名門にして、巨悪。


「まあ、なんとかなるだろう。話す仕事についてはあたしに任せてくれ。その代わり荒事になったら護衛の仕事はしっかりやってくれよな」

 気楽そうに言ってから、シュリーは声を上げて笑う。大丈夫なんだろうか。もしかしてシュリーはまだかなり酔ってるのではないだろうか。


 まあ、仕事だからやるけれど。戦いとなれば全力を出すつもりだ。

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