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5-2 この都市のこと

 そういうわけでお城からは一旦離れて、俺達は街の中心からは外れた所に建っている酒場へ入っていき昼から飲んでいた。


 遊んでるんじゃない。シュリーの方針だ。


「いいですね旦那! いい飲みっぷりだ! おーいリゼ、もっとエール持ってきて!」

「はーい。ねえシュリー、わたしも飲みたい」

「それは俺が許さん」

「うう……」

 酒場で昼間からひとりで飲んでいた中年男に目をつけて、奢るから付き合ってくれと持ちかける。旅の者を装い街のことを知りたいと言えば、酒を奢るというのもあってか男はすぐに誘いに乗ってきた。シュリーみたいな若い美人に誘われて断る男もあまりいないだろうし。


 そういうわけでシュリーはさっきから、テーブルで男の隣に座って酒をどんどん勧めながらいろいろ尋ねている。

 フィアナとカイとユーリは隣のテーブルにて男の話を聞き漏らさず記録するのが役割で、リゼはカウンターから酒を買ってきてテーブルにせっせと運ぶ係だ。そして俺は、リゼが酒を飲もうとしたら止めるのが仕事。こいつに酔っ払われたら面倒なことにしかならない。


「リゼさん! こっちにもエール持ってきてください!」

「飲み足りないから早くしてくれよー」

「僕はワイン飲みたい」

「あなた達は自分で注文しなさい! ほらコータからも言ってやって!」

「うるさい黙って酒を運べ」

「ぬあー!」


 なんでリゼにこんなことさせているのかといえば、情報源である男に間髪入れずに酒を飲ませ続けたいから。とはいえ昼間の酒場は客の入も少なく、店主も給仕のお姉さんもちゃんといて暇そう。というかリゼが仕事を奪ってる状況だ。

 給仕のお姉さんが、私がやりますよとリゼに声をかけるタイミングを伺っているのは間違いないし、そろそろリゼも座らせてやってもいいかもとは思う。

 度を越して酒を飲もうとしたらその時は容赦なく止めるけどな。



 そんなことより男の話だ。


 この男はこの都市の公的機関で働いている事務員だという。この規模の都市となると、中心にある城の中の支配者やそれを補助する人間だけでは管理が行き届かない。

 だから都市をいくつかの区画にわけてこの区分を「市」として、市長にその区画の管理を委託したりする。城の中にいる城主は市長の管理をしていると考えてもいい。

 で、彼はそういう市のひとつで働く男だ。市長に雇われているとはいえ、俺の世界で言う公務員みたいな職。それがなんで昼間から飲んだくれているのかといえば仕事で失敗が重なり職を追われる間近だからと言っていた。


 どうせ失職するなら仕事さぼって昼間から飲もう、という考えはどうかとも思うがシュリーにとってはいい情報源だ。

 役人、つまり末端とはいえこの都市の体制側の人間で事情を多少なりとも知っている。しかも職を追われるならばその体制に義理立てする必要もない。だからいろいろ話してくれるだろう。


 そもそもなぜ都市の中心ではなく少し外れた場所の酒場をわざわざ選んだのかといえば、中心地の人間は口が固いとかふたつの名門と距離が近いから色々質問すれば怪しまれるとかの警戒心があってのことだ。その選択は正しかったようだな。こういう男に遭遇できたのだから。


 末端の人間だから、あまり深い事情を知っているわけでもないのだけれど。でもシュリーが言うには深い事情を知ってる人間は口を割らないしそもそもこんな酒場で昼間から飲まないとのこと。それもそうか。



「それで旦那。噂によるとこの街、ふたつの名門の争いで荒れてるって聞いたんですが」

「荒れてるってほどじゃないが…………いや、それでもひどいもんだよ。まったく」




 この男の話を最初からまとめて、シュリーの知識と見解とを合わせるとこうだ。


 ふたつの魔法使いの名門は間違いなく争っている。今でこそ表面的には落ち着いているが、昔は直接の抗争や暗殺事件がひっきりなしに起こっていたと。

 ふたつの家の目的は、どちらがこの都市の政治中枢を占めて権力を手に入れるか。あるいは、相手の家そのものを没落させて消し去ること。邪魔な相手がいなくなれば、この都市の権力は思いのまま。


 都市の最高権力者、いわゆる領主にあたる人物は城塞都市では城主と呼ばれるが、彼は両家の人間ではない。

 城主の家系は代々ふたつの家と婚姻関係を結ぶことを避けてきた。もし片方と親戚関係になってしまえば権力抗争は終わり、それはつまり敗れた方の反発と暴走を意味するからだ。表面上は穏やかに、しかし裏ではこそこそとやっていた戦いが表に出て、血みどろの戦いになるのは避けてきたという歴史もあった。


 結果としてふたつの名門は、都市の政治を担う人間。例えば城務めの役人達の中枢や各地区の市長に一族や家の息のかかった人間をいかに送り込めるかの政治戦争に力を入れていくこととなる。


 もちろん城主と姻戚関係になることを諦めているわけではなく、長い歴史の中でなんどもそういう話しは持ちかけてきた。

 いち個人の話では、城主の娘と一方の名門の青年が互いに惹かれ合ったこともあったという。お互いこの都市では上流階級の人間で、顔を合わせることも多いし男女が惹かれ合うことだってあるだろう。

 結局、もう片方の名門の手の者が城主の娘を暗殺してこの恋は終わったのだけど。


 あるいは両家の政治抗争において邪魔だと見なされた城主の一族の人間は事故に見せかけて殺されるということも、推測レベルではあるが何度もあるとされる。暗殺する側も権力者なのだから、暗殺の事実は徹底的に秘匿され、噂とか歴史の謎程度の物にされるが。


 実のところ、人の死が重なりすぎたために二百年ほど前に城主の家系は一旦断絶している。首都に住む国王が新しい城主を派遣したために空位期間は短く済み、また両家が次期城主の座を争って大規模抗争に発展することは避けられた。


 新しい城主の家系は今も続いている。彼はレメアルド国王一家の親戚筋であり、つまり建国の英雄の血を引いている者である。

 そんな家系相手に暗殺行為を繰り返すわけにはいかないだろうという、事情をある程度知っている国家の目論見もあったらしい。

 しかし残念ながら頻度は下がったといえ城主一家への暗殺行為は今もたまに起こっている。より巧妙に、何者が行ったかばれないように。

 実を言えば、先程の名門と城主の娘の恋物語も今の城主の家系になってから起こったことだというし。



「しょーじきな話、役人の中でも表立ってサキナックとチェバルの話をする奴はいねえよ。堂々とはなー。てゆうか、ここに住んれいる奴らみんなら。どこで奴らの恨み買うかわかんねーから!」

 酔っていて所々おかしな言葉で、表立って名門の家系の話をする男。職を失う開放感と酒とで、怖いものなしな心境にでもなってるのか。



 城主の家系でも必要とあらば殺す人たちだ。その他の人間でも殺すことにためらいなどないだろう。実際、役人や街の中の有力な商人が不自然な死を迎えることは多い。普通の住民であってもそれは同じ。


 この都市で長生きしたければ目立つな。というのは密かに、けど確実に存在するルールだった。

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