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4-13 名門とは

 馬車での旅は楽だけど、同時に退屈でもある。もちろん、道の両脇の森の中のから狼とか盗賊団が飛び出して襲ってくる可能性を考えたら、そんなスリリングさよりは退屈の方がずっといいのだけど。

 それでも暇は暇だ。必然的に会話が弾む。


 今の話題は、さっきの流れから「名門について」だ。


「そうなんですか。いい家に生まれるのも大変なんですね…………」

 生まれたときから村を出たことがないフィアナにとっては新鮮な話しばかりのようで特に食いつきがいい。リゼが聞いた話として語る話に熱心に耳を傾けている。シュリーがいるから出自を語れず伝聞という形で話してるリゼだけど、多分実際に見てきたり信憑性の極めて高い話なんだろうな。



 魔法世界では、名門の生まれにも関わらず魔力の才能がない人間には未来はない。家の恥だとして存在を消されることすらある。というのは一度聞いた話。

 その他にも、犯罪や何らかの失態を犯してしまって家の名に泥を塗った者も消されるには十分な理由となる。名門は失敗をしないという考え方があるらしい。ひどい話だ。


「ひどい話といえば、こういうのもあるよ。家を繁栄させるために、魔法使いって子供を大勢作る事が多いんだけど……」


 リゼは五人きょうだいの真ん中だし、そういう風に子供が多い家はたくさんある。跡継ぎとするための優秀な子供は多いに越したことはない。で、子供が多く欲しいがために当主が正式な配偶者以外との間にも子供を作る例が珍しくないという。

 つまり、側室とか妾とか、そういう文化が今も残っているらしい。


「もちろん家としては正式な子供の方がいいから、妾の子はちょっと冷遇されたりするんだけどねー。それでもすごい才能を持ってるってわかったら、そっちが次期当主になったりする。そうやって、家としての格式を高めてる……らしいよ。うん。噂話でしかしらないけど。わたしは名門の生まれじゃないし知らないし、首都のクンツぶはっ!?」

「すまん。バランスを崩した」


 バランスを崩したふりをしてリゼの肩から膝に落ちるついでに、腹に思いっきりぬいぐるみパンチをお見舞いした。下手なこと口走りかけたリゼが悪い。

 まったく。こういう隠し事が本当に下手なんだから。


 幸いにもシュリーは不審に思った様子もない。それから、一番真面目に聞いているフィアナがさらに質問を続ける。

「その、正式な子ではない……妾の子、ですか? もしその子が大きな失敗をしたり、それか悪いことをしたら……」

「うん。その時は…………」





 その頃、王立イエガン魔法学校の建物内の一室で、ファラ・ニベレットは実の父親と対面して座っていた。ゼトル・ニベレット。名門ニベレット家の当主。

 部屋にはふたりきり。魔法使いの名門の当主が来たということで、学校も快く部屋を貸してくれた。


 ファラにとっては、幼い頃から自分に優しくしてくれた良い父親だ。この男は多くの子を作ったが、それぞれに等しく愛を与えた。正室との間だけではなく、妾も持ってその間にも数人の子を持っている。


 実を言えばファラも妾の子のひとりだ。けれどゼトルはファラも変わらず大切に育ててきた。だからファラは、栄誉あるニベレット家の一員であることに誇りを持っていた。


 ゼトルと今対面しているのは気まずい理由からだ。使い魔を召喚する魔導書の件。けれど、優しい父上なら許してくれる。ファラにはそんな確信があった。


「申し訳ございませんお父様。荷物に紛れてしまったと言いますか……それに、使い魔がほしいとつい思ってしまって、返すのをためらってしまって……その結果、盗まれてしまいました」


 あくまで、手違いと出来心と他人の悪意が重なって起こったことと言い張ることにしたファラ。それでもこの父は別にファラのことを責めないと信じていたし、実際にそのとおりになった。


「そうか。それは不幸が重なったんだね、ファラ。わかるよ。使い魔は誰だって欲しい。あの魔導書を誰かが盗むのもわかる」

「そ、そのとおりですわ。犯人が誰かは知りませんが、この私から盗みを働こうなどという不届き者は許せませんわ!」

「そうか。犯人はわからないのか。あれは特別な魔導書で、普通の使い魔召喚の物とは少し別物なんだ。なんとかして探さないといけないのに」

「え、ええ。必ず探しますわ。……でも、私にできる範囲で探したのですが、見当たりませんの。まさか、もう使われたのかとも思いましたが、最近使い魔が新しくできた方も見当たらず……」



「それはありえないね。あの魔導書はよほどの才があるものでなければ、使えば召喚と同時に魔力を吸いつくされ、それでも足りなければ命を吸い尽くして術者を殺す」



「え?」


 今、とんでもないことが聞こえた気がした。父が何を言っているのか理解できずにいると、彼は穏やかな笑みを浮かべてなんでもないよと言った。


「気にしなくていい。ただ、特別なものだから取り返したいだけだよ。本当に誰が盗んだのかわからないのかい?」


 ああ、気にしなくていいことなんだな。きっとこれは、まだファラには関わりのないことなんだ。自分にわかっていることだけ答えればいいんだ。


「学校の中に犯人がいないなら……魔導書が盗まれた時ぐらいにひとり、ここを退学になったバカな女がいましたわ。クンツェンドルフの家の出来損ない。伝統ある名門が聞いて呆れますわね。そいつは私のことを毛嫌いしていたようで、自分の才能のなさを逆恨みして盗みをしたってこともあるでしょう。……いえ、そうに違いないわ! あのバカが盗んだのですわ!」


「クンツェンドルフの娘が退学…………そうか。わかった。よく教えてくれた。あとは父さんたちに任せなさい。泥棒は絶対に捕まえる」


 そう言いながら、優しい父はファラの前に来て、しゃがんでその体をぎゅっと抱きしめた。

 そうとも。これで心配事は消え去った。もう大丈夫。この父の強い力で、あの女は捕まえられて、そして……。


「あ、あの、お父様。痛いですわ。そろそろ……」

 ゼトルはなかなか離してくれなかった。それどころか、その力がだんだん強くなっていく気がした。片方の腕が、ファラの細い首へと移動していき、やはり抱きしめる。

 締め上げると言った方がいいかもしれない。


「妾の子でも優秀ならば使い道はある。だがこの学校での成績は並以下のようだね? しかもこの失態と来た」

 相変わらず、父の声は優しい。愛しい我が子に語りかけるようで。


「お前を生かしておけば、将来に禍根が残る。こんな愚か者を生かしておくと他のきょうだいに示しがつかないしね。育て方を間違えたかな。いや、そんなはずはないね。他のきょうだいはもっとうまくやれる」

「お、おとうさ……やめて…………く、くるし………が、かはっ」

「大丈夫。よくあることだ。名門には、こんな風に消えていく命は多い。だから、名門は名誉を保ち続けていられる」


 それが、ファラの聞いた最後の言葉だった。父の優しい声と共に、彼女は暗黒の世界に落ちていく。



「運び出せ。死んだと気づかれないようにな。それから、退学になったというクンツェンドルフの娘について調べろ」


 ゼトルは部屋の外で待機していた手下達に命令した。これは少々面倒なことになるかもしれないと危惧を覚えていた。





「失敗をした妾の子がたどるのも、無能な魔法使いとだいたい同じかなー。家から追い出されたり奴隷として売られたり、殺されたり。まあ、殺されるなんてのはあんまりないらしいけど」

 そういう運命からまさに逃走中のリゼは、しかし心配していないという風に言った。


 そんな感じでおしゃべりをしている間にも馬車は進む。いつの間にか森も抜けていた。目指す都市は森に囲まれているのではなく、平地に建っているらしい。いずれにせよ、ヴァラスビアまであと少しで到着だ。

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