14-51 女騎士の誇り
燃える小屋から出たのはいいけど、外は敵だらけだった。オークにゴブリン、あと大人の男が何人か。生物商人の仲間。
そしてリゼには戦う術がない。武器と言っても、使い勝手の悪いナイフだけ。逃げ回るしかなかった。
森の中の木々が密集した箇所に逃げ込み、木の陰に隠れた。けれどゼトルは探査魔法を使えるから、すぐに見つかるだろう。
「ううっ。勢いのまま逃げちゃったけど、どうしよう……コータ……助けて……もう走れない……」
元々の体力の無さは自覚してたし、コータからも何度も指摘されてきた。けどまさか、ひとりぼっちで敵地をさまようことになるなんて思ってもいなかった。
こんな時コータがいてくれたら、敵を倒してくれて悠々と逃げ出せただろう。疲れて走れなくなっても、頭を叩いて叱咤してくれただろう。
「ダメだな。わたし、コータがいないと何もできない……来てくれるかな、コータ」
きっと助けに来てくれる。そう確信はしていた。でも簡単なことじゃない。
爆発が起こったり敵が慌ててるのは、コータ達が攻め込んできてるから。でも、敵も強い。助けがいつ来てくれるかは、わからない。
「うー。わたしはもうすぐ捕まる。ううん。既に捕まってるんだけど、もう一回捕まる……」
少しだけ頭を動かして後を見る。ゴブリンがこっちを探していた。すぐに見つかるだろうな。
だから逃げないと。だけど足が動かない。
その時だった。ゴブリンの視線が、一斉にある方向へ向いた。釣られてリゼもそちらを見る。
真昼の夜でも目立つ、巨大な火球が空に打ち上がっていてた。
「コータ。そこにいるんだね……!」
思っていたより近い位置にいるらしい。大丈夫、再会はできる。
これは、自分だけこんなところで座り込んでいられないな。
「わたしの優秀なところ、見せてあげなきゃねー」
ゆっくりと立ち上がる。とりあえず木々の間を音を立てないように移動する。
ゴブリンの群れと戦っても勝てるはずがない。だから隠れるか逃げるかのどちらかに限る。
このままだとコータのいる方向からは遠ざかってしまうから、どこかで方向を変えないと。でも大丈夫。きっとできるはず。
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ドラゴンに乗ったレオナリアがここにたどり着いたのは偶然だろうけど、遭遇してしまった以上は無視できない。
今まで何度も対峙してきて、その度に取り逃がしてきた。その時々の状況はあるけど、カイにしても残念だって気持ちは同じ。
今度こそ決着をつけよう。
「今度は逃げるなよ、レオナリア」
「こっちのセリフだ。お前を倒さなければ、わたしは何度も主を変えなきゃいけなくなる!」
「今度はゼトルが主か。あの男に付き従うなんて、正気とは――」
レオナリアの気迫のこもった一撃に、カイの言葉は中断された。
最初に戦った時よりも強くなっている。戦うという行為に対しての覚悟ができているという印象。
レオナリアの斬撃を自らの剣で受け流しながら後ずさる。レオナリアもまた、すかさず踏み込んできた。
また一歩後退しようとしたところで、その背後から嫌な鳴き声がした。ゴブリンだ。それが爪をたててカイに襲いかかってきた。
振り返りながらゴブリンに斬りつけ、そのまま前転するように姿勢を低くしてレオナリアの斬撃を回避。地面に手を付き起き上がろうとするカイに、レオナリアは剣を高く掲げて一気に振り下ろす。
すんでのところで、横ざまに転がってこれを避けた。
「ちょっと気になったんだけど、このゴブリンはお前を援護するつもりだったのか?」
「さあな」
「こういう決闘に第三者が介入するの、誇り高き騎士的にはどうなんだ?」
「お前が騎士道を語るか!?」
「おおう……」
本気で怒っている様子で、再度斬りかかる元騎士。
彼女と最初に戦った時、確かにカイは騎士道からは外れた攻撃をした。冒険者としては当然の方法だったけど。
それがレオナリアの怒りを増幅させてきたのか。
つまらない。なにが騎士道だ。もう騎士ではないくせに。ゴブリンに加勢されることも悪いとは思っていないらしいのに。
サキナの方を見た。彼女もルファを守りながらのゴブリンの相手で忙しい様子。あっちに助力を頼む余裕はない。
一対一。ただしどこからともなく出てくるゴブリンのせいで、どちらかといえばこっちが不利。
だけど、カイは勝てる。
「来いよ、騎士様。ゴブリンと仲良くなったんだろ? ゴブリンみたいに下品な声をあげながら、考え無しに襲ってくるのがお前の戦い方だもんな。ぴったりだ」
「貴様!」
安い挑発にも簡単に乗る。だけど怒りが乗ってる故に、その攻撃を受ければ無事では済まない。それにゴブリンが仲間で、一緒に仕掛けてくるのは事実。まあ危険な状況だよな。
事実、ゴブリンが横から迫ってきた。サキナが討ち漏らしたものだろうか。あの数なんだから仕方ない。ゴブリンが爪を誇示しながら飛びかかってくるのと、レオナリアが剣を同時に振るう。
レオナリアの方が厄介だから、こっちは大して相手にすることなく飛び退くように避ける。同時にゴブリンに向けて剣を振り、胴に深々と傷を作って出血させる。さらにそのゴブリンに身を寄せて死体を拾い上げ、レオナリアの方に思いっきり振る。
ゴブリンの傷口から血が飛び散る。そうなるように計算して振ったからなのだけど、その血がレオナリアの顔に降り掛かった。それもちょうど目のところに。
悲鳴を上げながら目を閉じたレオナリアは、これはまずいと距離をとった。
思った以上に効果があったらしい。目を抑えてるところを見れば、血が中に入ったのかも。
視界を奪われたレオナリアは、カイの接近を防ぐべく剣を振る。けれど目が見えない故に、めちゃくちゃな場所を狙っている。
この好機を逃すカイではない。ゴブリンは警戒しつつも、忍び足で彼女の背後に回って胴を切り裂く。背骨を断ち切る勢いで。
「ごっ……あ……」
奇妙な悲鳴とともに、見えない目で背後を振り返ったレオナリアは、しかし反撃などできずにカイに蹴り倒された。
「ひ、卑怯者……」
それは、ゴブリンの血を使ったことだろうか。それとも背後から斬ったことか。
どっちも卑怯だろう。しかし勝ったのはカイだ。
「そうだな。騎士の戦い方には無かっただろうな。……でも、お前だってもう騎士じゃない」
その言葉はレオナリアの誇りを傷つけただろうか。構うまい。転倒した彼女の首を剣で切り裂き、長かった因縁にようやく決着をつけた。




