4-11 いざ出発
「昔話だと、それからふたりはアーゼスの言うことを聞いて、ふたり仲良く村のためにがんばりました。めでたしめでたし。なんだけど……」
「現実は、それぞれ所帯を持ったサキナックとチェバルの家は今に至るまで対立を続けている。ヴァラスビアはそれなりの規模を誇る都市になったが、その成長を見守りながらも両者の関係は全く変わらない。ひとつの都市の中で、一族揃ってにらみ合いだ。直接的に派手な抗争が頻繁に起こってるってわけじゃないが、政治的経済的な争いは今も続いているようだ」
シュリーが呆れ気味に言った。派手な抗争は頻繁に起こらないということは、数はそこまで多くはないが起こってるということなんだな。そんなことを千年も続けているとは、本当に呆れるというものだ。
「せっかくアーゼスが仲直りしようねって言ってくれたのに、ひどい話だよね」
アーゼスのことが好きなリゼは、物語の裏側に隠された真実を知って怒っているようだ。まあアーゼスは表面的な争いを終わらせただけ、というのでは大魔法使いの伝説としては少し見劣りすると言えるかもしれない。
それでも村人に差し迫った危険は回避されて、ふたりの魔法使いの家によって村はやがて都市にまで発展。さらに天候を操る魔法すら見せたとあれば、やはりアーゼスはすごい魔法使いといえるのだろうけど。
「アーゼスが手渡したという印章はどうなったんですか?」
カイの質問。そうとも、ここが重要なんだよな。物語の最後に少しだけ語られたそれが、俺達の依頼の肝心なアイテムだ。
それに応えるのはシュリーだった。
「今もその実物が現存している。どちらの家が持っておくかで対立が起こったらしいが、折衷案として地域の支配者に預けるという形をとった。今でも支配者に代々受け継がれている。つまり、当時は村の村長。そして今はヴァラスビアの城主だな。強大な力を持つ魔法使いを呼べるすごい道具だが、同時にそれは自分達の権力の邪魔になる。さらに相手の家には使わせたくないという思惑なんかがあった」
アーゼスにはもう来てほしくない。ライバルがいるとはいえ自分はこの村で強大な力を持つ存在だ。そこにすごい魔法使いが来たら有り難みが薄れるだろう。そういう考えか。
「厳重に保管されていて、民衆が目にすることは滅多にない。所有権自体はサキナック、チェバルの両方が主張していて、両方が外に出すことを固く断っている。今でもそうだ。……なんでそんなことをしているのかはわからない。アーゼスが死んでからどれだけ時間が経ったか。あの印章には、貴重な文化財としての意味以外には特に何もない。にも関わらず、両家は手放そうとしないんだな。何度も国が調査したいから見せろと言っても、提出してくれない。ああ、学問の発展を妨げる悪人どもめ…………」
最後の言葉は、学者としての恨み言のようなものだろう。それも極めて個人的なもの。それから、この少々自分本位なところのある歴史学者はにやりと笑った。
「そして、なぜか印章がここにある。これは何なんだろうな? なんでサキナック家の人間はこんなものを持ち出して、こんな小さな街の近くの森の中に倒れてたんだろうな? 若者諸君よ。気にならないか? あたしは気になる」
本当に楽しくて仕方がない。そんな笑顔だった。
「これはきっと、我々のまだ知らない歴史の暗部を解き明かす鍵ではないかと考える。そういうわけで若者達よ、冒険者達よ! 共に来てくれ金は払う」
ロマン主義なのか現実主義なのかどちらかわからないような事を言いながら、シュリーは俺達に再び依頼をする。まあ、最初からそういうつもりで依頼を受けたし、俺達としても異存はない。
目指すは城塞都市、ヴァラスビア。
旅の準備等があるからその日のうちに出発とはいかないが、俺達は元々旅人のつもりでこの街で過ごしてきた。準備など一日あれば十分だ。
街の滞在期間中に泊まっていた宿に丁寧にお礼をして引き払い、ガルドスにも遠出する旨を伝える。元々シュリーと俺達を引き合わせたのはこの人の差金だし、旅に出るということはそれなりに長い期間の依頼というわけで、ガルドスにとってはこれは好都合らしい。頑張ってこいと言いつつ、彼はカイの肩をバシバシと叩いた。
そして翌日の昼頃、俺たちパーティーとシュリーは街の門へと向かっていた。ヴァラスビアはここワケアの街の北側にしばらく行ったところにある。そういうわけで。旅立ちは北側の門からだ。この門からいくつかの村と街ひとつを経由して、つまりは他の領を横切ってヴァラスビアの都市がある領土へと入る。
ヴァラスビアの領土も基本的にはここと同じで、中央に大きな街があってその周りにいくつかの農村があるという作りになっている。中心の街がここと比べてずっと規模が大きく、また周りをぐるりと城壁で囲まれているというのが特徴だ。
距離は少々あるが、馬車で行けば五日ほどでたどり着けるぐらいだ。
そう。馬車で行けば。俺たちは今、馬車に揺られている。ゆっくり歩いて向かうなんて悠長なことをしたくないシュリーが手配してくれた。これまで常に移動は歩きだったが、これは楽でいいとみんなが言っている。俺はリゼに運ばれる毎日だから別に違いはわからない。まあ、目的地に早く着くのはありがたい。
そろそろ門か。街に入るには各種の身分証明書か通行料を払わねばならない決まりだが、出る際は特に手続きが必要なわけではない。街によっては敷地外から持ち出し禁止の物品があったり、あとはお尋ね者の犯罪者の情報が門にいってれば確認されることもあるらしいが、今のワケアの街は平和だ。門を守る兵士たちは顔なじみだし、普通に挨拶をして旅立つ別れを惜しんだりもしながら出ていこうとしたその時。
「ちょっと! そこの馬車! あなた達止まりなさい! シュリー! いるのはわかってますわ!」
声が聞こえた。女の声だった。
そして、なぜかその声は頭上から聞こえたような気がした。
「げ、なんであいつがこんなところに。よしお前、あたし達はなにも聞かなかった。今のは幻聴だこのまま進め」
まずいものに出会ってしまったという表情を見せたシュリーは、馬車を動かしている御者に声をかけて早く行くように命令。今の理屈はかなり奇妙なものに俺は聞こえたし御者にとっても同じらしかった。どうするべきか迷ったらしいその男は、動揺しながら馬車を止めてしまった。まあ、そうなると思う。
「シュリー! 出てきなさい! 話しがありますわ!」
「あたしにはないんだよ! だからそのまま首都に帰れ、マルカ!」
シュリーが馬車の外に出ながら声に返事をする。俺たちもそれに倣って外に出た。シュリーは相手の姿を探そうと周囲を見回して、そして見つけた。相手は馬車の進行を妨げるようにその正面にいた。
正確には、相手とそれを乗せている馬がいた。そして俺達は、なんで頭上から声が聞こえたのかを理解する。
その馬には、二本の大きな翼が生えていた。




