1-5 彼女のこと
「この奇術で家族や先生は騙せたんだけどねー。お父さんもお母さんも、わたしの魔法の才能が……まだ開花していないことを心配して、入学は待ったほうがって言ってたんだけど」
「意地でも才能はないって認める気はないんだな」
「そこ! うるさい! でもまあ、この奇術を見せたらふたりとも微笑んでくれたよ。魔法学校に行って、自分の実力を知ってきなさいって」
「騙せてないな、それ」
この女は一体どうして、ここまで自分に自信を持てるんだろう。バカだからかな。
「で、実技試験でその手品を披露したのか?」
「そうだよー。試験の中身は初歩的な炎魔法で、ロウソクに火をつけてくださいっていう内容だったんだけど。ちょっと時間がかかっちゃって失格になりかけて。仕方ないからこんなこともできるよって思って、さっきの奇術を見せてあげたの」
ああ、この女はバカなんだな。試験内容に無いことをしてどうするっていうんだろう。あとたぶん、試験官の教師も別に騙せてない。
「そりゃな。さっきも薪に火をつけるのにかなり時間かかってたもんな」
「あの時は調子が……まあいいや。そんなわけで、わたしは見事に魔法学校、王立イエガン魔法学園に入学したのです」
「よく入れたな。というか、それって家の力を借りた裏口入学だろ?」
「なにそれ? うらぐちにゅーがく?」
「気にするな。悪いことだって覚えとけばいい。さっき言ってたよな。それが数日前のことだって」
「うん。四日前だね」
「それがなんで、家なんてないって言いながらこんなところに野宿なんだ?」
「えーっとですね。それはですね……」
こんな風に急に話すのをためらうってことは、リゼにとって都合の悪い事ってことだ。
「正直に言え。今更なに聞いたって驚かないから」
「そう? 本当に驚かない? あのね、学校を三日で退学になったの」
「だろうな」
「それだけ!? ねえ驚いてよ! ありえないでしょ!? 三日だよ! まだわたしの実力なにもわかってないのに、あなたには才能がないから、ここにはいられませんって! ひどくない!?」
驚いてほしかったのか。いやでも、そんなところなんだろうなと思っていた。
リゼの家、クンツェンドルフ家だっけ。そこと学校とが懇意の仲で、才能がないリゼに現実を見せてやろうってことで数日だけ在学させる取り決めでも交わしたとか。魔法社会の繋がりで、そういうことも可能な世界なんだろう。
で、リゼに同世代との実力の差を思い知らせようとした。あくまで俺の想像に過ぎないけど、そういうことなんだと思う。三日で退学っていうのも、最初から決まってたことだった。
実際その通りに計画は進んだけど、リゼは予想以上のバカだった。自分の実力とか限界とか才能の無さとかに、結局気づけてないわけで。
「そしてわたしはこう考えたの。こんな小さな学校では、わたしの才能を活かすことはできない。もっと大きな視点を持つべきではと。この広い世界を旅して経験を積んでこそ、わたしは偉大なる魔女になれるはず。そういうわけで学校を飛び出してそのまま旅に出ることにしたの。昨日退学を言い渡されて、今日の朝に旅立った。行動は早い方がいいものです」
で、一夜明けて今日が四日目。こいつの的外れな考え方には、いまさら突っ込むまい。
「先生が言うには、朝早くに迎えが来るって。でもわたしは家には戻りたくない。だから先に出て迎えとは途中で合流すると言いました。家への帰り方はわかってるから大丈夫と信じ込ませて、そして家と反対方向に行って。そして今に至るわけ。うん、頭いいな、わたし」
「いやどこが。最初から最後まで全部バカじゃないか」
「あー! バカって言った! バカって言った方がバカなんだからね! バーカバーカ!」
「はいはい。それで、話すべきことは全部か? 事情は全部話したか?」
「うん。全部話したよ。だからわたしは旅に出るのです」
「旅に出る理由はわかった。理解できないけど、まあいいだろう。でもまだ説明してないことがあるよな?」
「え? なんのこと?」
「俺のことだよ!」
これまでの説明で、リゼの事情についてはなんとなくわかってきた。バカがバカなりの理論で動いた結果だとしても、まあわからなくはない。けれど俺にとって一番重要なことが説明されてない。
「なんで、俺を違う世界から呼び出すなんてことをしたんだ。いや、俺が来たのは手違いだったみたいだが、なんで妖精だっけ? 使い魔か? そいつを呼び出そうとしたんだ」
それに、俺がこんな世界に来てしまった理由を知らなければいけない。できる限り早く戻りたいしな。
「ああ、それ? 使い魔がいた方が魔女としてもかっこいいかなー? って思って。それに使い魔ってある程度魔法が使えるから、わたしの助けになるよねって。それで、森を歩いてたらここを見つけて。ここなら召喚の術に必要な魔法陣も描けるし、ちょうどいいと思って」
「かっこいいとか楽したいからで、俺をこんな所に連れてきたのかよ……」
わかってる。そういう奴だってのはわかってるんだが。それでも脱力感は拭えない。
「もう一つ質問があるぞ。なんでお前が召喚の魔法なんて難しそうなことができたんだ? 初歩的な魔法も満足にできないのに」
「それはほら。あの魔導書があれば、誰だってなんとか呼び出すことはできるの。確かに実力がある魔法使いの方が、良い使い魔を呼び出せる可能性が高いって聞くよ? あ、でもコータもすごいじゃん。だから――」
「その魔導書は、家から持ってきたのか?」
「え? えーっと…………そ、そうだよ? おとーさんがくれたの。リゼには才能があるから、いい使い魔を持ちなさいって」
「嘘つけ」
これまでの話を聞くに、リゼの親はなんの期待も持ってない。けど貰ったものじゃないなら、こいつまさか。
「おい。正直に言え。俺の目を見て。本当のことを言え」
ぴょんとリゼの肩にのって、顔を近づける。ぬいぐるみに凄まれても迫力なんてないだろうけど、リゼの目は泳いでいた。それから散々迷ってから、ようやく話し始めた。
「りょ、寮の部屋が近い子がいてね、そいつがすごく嫌な奴なの。なんか家がわたしと同じ名門の出らしくて、いつもその自慢ばっかり。しかもいつも人のこと見下して、バカにして陰で笑うような奴で、ムカつくから、その…………部屋の鍵を…………借りて? …………それで…………」
それで。まさか。少しぐらい予想はしてたが、嫌な予感がする。部屋の鍵を借りた? そんなことありえるだろうか。
「ちょっと困らせようとしただけなの。あと、わたしの旅に役に立つ物がないかなーって。で、見つけたのがあの魔導書」
「盗んだのか……」
「か、借りたダケデス」
「盗んだんだな? 一回使えばもうおしまいの魔導書、持ち出して使ったんだろ?」
「うん、まあ。でもでも! それでコータに出会えたんだから良いよね! 素敵な出会いをくれたあの子にはちょっと感謝してあげてもいいかな!」
「おいこら! 話をそらすな!」
ダメだ。こいつは無能でバカな上に、とんでもなく悪い奴だ。そして俺は、こいつの使い魔だ。
これからどうすればいいんだろう。