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4-10 ある昔話

 大魔法使いアーゼスが旅をしていた、今から千年ほど前の事。彼はヴァラスビアという地方の小さな村を訪れた。


 いずれは多くの人口を誇ることになる中堅都市も、当時は人々が畑を耕して生計を立てている村に過ぎなかった。だがその村には少し変わったところがあった。本来貴重な人材であるはずの魔法使いがふたり住んでいるのだった。


 魔法使いがいる村はいない村と比べて発展しやすい。魔法使いがいれば何もないところから火を起こせるし水を出せる。木々に燃え移らない安全な明かりを出せるし、狼などの獣を追い払える。極端な例だと、天候を読んで農作業の助けとして、村に生まれた新しい命に幸運の加護を与えたりもできるだろう。

 こうすることで村は豊かになり、人の数も増えていき村の敷地も広げられて発展していく。


 人々の助けになる魔法使いは尊敬を集めるというのは世界中どこでもそう変わらない。

 それがふたりいれば、村人たちの生活はさらに良くなる。そのはずだった。ところが、ふたりの魔法使いはとても仲が悪かった。


 サキナックという魔法使いとチェバルという魔法使いは、どちらもこの村の生まれ。どちらの両親も魔法の才能がなかったが、子供にはなぜか魔法の力が授かった。

 小さい頃から反りの合わなかったふたりは、競うようにして修行の旅に出る。そして両方とも立派な魔法使いとなって村に帰ってきた。そして競い合うようにして村人たちを助ける。そこまではよかった。


 お互いのことが大嫌いな魔法使い達は、次第にお互いの邪魔をするようになった。相手が受けたはずの仕事を横取りしたり、相手の魔法を打ち消す魔法を唱えたり。

 それがさらに白熱して、ついにはお互いに相手のことを直接攻撃するようになったところで村人達は困り果ててしまった。村のために働くどころか、ふたりで炎を撃ち合い稲妻を落とし合いするのでは村が巻き添えを食ってしまう。

 家を焼かれた者だって出たところで、これじゃああのふたりを村に置くことはできないと声が上がる。でも追い出すにはどうすればいいか、魔法使いには勝てないぞ。そんな話し合いすら持たれるようになった始末。


 アーゼスがこの村を通りがかったのはそんな時のだった。暑い夏のある日のことだ。




「ちなみに、ふたりが対立していた理由は単に仲が悪かっただけではないという説もある。村を救ったという功績から次の村の長に任命されることを期待して功を競い合っていたという話も伝わっていた。真実がどうかはわからないけどね」

 リゼが一旦話しを切ると、間をもたせるためにシュリーが口を開く。物語のバリエーションを収集して記録するのも歴史学の分野のひとつというから、こういう説を集めるのも参考になると言っている。

 俺の世界では民俗学って分野で行われているような研究だな。というよりは、歴史学という分野がこれから細分化されていく、その途上なんだろうなと思った。


 ややあってから、リゼがまた語り始める。




 村を訪れたアーゼスは、村人達が困っていると聞いて両方の魔法使いに提案をした。負けたほうを村から追放するという決まりで、ふたりで魔力対決をすると。どちらが優れているかはアーゼスが見て判断をするという。両者はふたりとも負けることを考えておらず、これを了承した。



 魔力対決の中身に関しては諸説あるそうだ。ふたりが順番になにをするかを宣言した上でありえないような現象を魔法で起こすという内容であるのは一致しているが、その中身はバリエーションがある。

 病気の家畜を治すとか、無限に水の湧き出る井戸を作るとか、大量のウサギや狼を瞬時に退治して一箇所に集めるとか。村人達の役に立つ奇跡を宣言するという種類が多い。しかしその他にも、死者を蘇らせるとか、森の木を生きているかのように動かして労働力にするなどの奇跡を起こすというお話もある。


 どちらがどの奇跡を起こすと宣言したかもバラバラで、魔力対決の先攻がどちらだったかについても物語にばらつきがある。



「なんでそこまでバラバラなのか自体も歴史学者にとっては研究対象だ。とはいえ、原因はわかっている。魔力対決の当事者たるふたりの魔法使いの子孫は今も名門として残っていて、それぞれ独自にこの伝説を研究している。そして自分達の先祖に都合のいい説を見つけるか作り上げるかして、それが真実だと広めているからだ。……この千年のあいだ、ずっとそんなことを続けてきたはず」

「なんというか、ひどい話ですね」

 シュリーによれば、自分達の名誉のために歴史の真実を歪めようとする人間がいるらしい。しかも国の歴史的英雄の関わる逸話なのにだ。ひどい話だという俺のつぶやきにみんなが頷いた。


「まあ、魔法使いの名門なんてそんなものだよね。名門っていう看板を守るためならなんでもする…………らしいよ、うん。わ、わたしは名門とか関係ないただの魔法使いだから詳しくは知らないけどね!」

 伝説を語っている時は落ち着いた口調だったリゼは、自分を誤魔化す時はなぜかこうも慌ててしまう。

 よし、シュリーが感づく前にお話に戻りなさい。


「えっと。魔力対決の内容は話によってバラバラだけど、それはお話の流れにはあんまり関係ないの。だって、結局両方とも魔法は失敗しちゃうから」



 魔力対決は、それぞれがやろうとした魔法に対してアーゼスが反対魔法を唱えたためにことごとく失敗に終わった。何も起こらなかったというパターンもあれば、中途半端に失敗して無様を晒すというのもある。

 片方は失敗したもののいいところまではいって、片方は完全な失敗をして恥をかいたという伝説も、何種類も残っている。これはまあ、当事者の家の思惑が透けて見えるから捏造か都合のいい説を組み合わせただけだろう。


 ふたりの失敗を目の当たりにしたアーゼスは、最後に自分が奇跡を見せようと言った。これの内容はどのパターンでもほぼ一致している。真夏だというのに、空から雪が降ってきた。アーゼスが天候を操ったのだ。その雪は村の敷地のみならず、その地方一帯に降り積もったという。そして、アーゼスが別の魔法を詠唱するとその雪は一瞬にして消え去ってしまった。

 アーゼスはこの奇跡のような魔法を、あらかじめこういうことを起こすと宣言した上で見事に実行してしまった。



 自分達の魔法をいつの間にか無効化した挙げ句に大規模な魔法を見せつけられたふたりは揃って負けを認めた。

 そんなふたりにアーゼスは、これからはふたりで協力して村を助けなさい。そして、もし今後またふたりが対立するようなことがあれば再び私を呼びなさいと命じて、印章を渡したという。

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