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4-9 伝説の魔法使い

 大人の男の全身白骨死体とその荷物をすべて手で持って帰るのは難しかった。帰りにその状態で狼に襲われたらたまらないし。そういうわけで死体を持って帰ったのはさらに翌日、大きめの鞄を複数用意してその中に入れるという手段をとった。


 人骨をあのままの形で持って帰れるならそうした方がいいが、さすがにそれは面倒だった。そういうわけで死者には申し訳ないが分解して運んだ。後でちゃんと埋葬するから許してほしい。


 幸いにして狼に襲われることもなく持ち運びは完了して、シュリーはギルドの建物の部屋をひとつ借りてそこに引きこもっている。

 もうまる一日、骨やその持ち物と睨み合っていることになる。まあ、俺達はその間休んでられるのだから楽でいいのだけど。



「よし! 若者諸君! 旅に出るぞ!」

 そして休息の時間は突然終わった。シュリーが飛び出してしてそう宣言したのだ。骨を調べて手がかりを発見したということか。それもかなり有力な手がかりのようでずいぶんとご機嫌だ。

 それにしても旅とは。



「まずあの男についてだが、死因はわからなくとも死後に狼に荒らされたのは間違いない。骨にところどころ、狼の牙によるものと思われる傷がある。きっとアーゼスの印章もその時に持ち去られたのだろう」

「でも、あの人が印章を持っていたかどうかなんてわからないんじゃないですか?」


 カイの疑問、当然といえば当然だ。わかっていることは限られていて、その先は推測に過ぎない。

 そのことはシュリーもよくわかっていて、さらに説明を続けた。


「そこで、今度はあの男の身元を確かめた。持ち物もかなり時間が経ってて風化してるのも多いが、それでも重大なものが見つかった」


 テーブルに、物を二つ置いた。ひとつは鞘に入れられた短剣。鞘や短剣の柄には細かな装飾がなされていて、高価かというか美術的に価値の高いものという印象を受けた。もうひとつは一枚の羊皮紙だ。長い時間外気にさらされていたため、確かに劣化が激しい。それでもなにかが書かれていることは読み取れた。


「この紙は、その土地の統治者の名で発行される住民証明書だな。旅人が他の街に入る際、身分証として使われることが多い」

 俺達のギルドの証明書みたいなものか。ギルドに入らない者でも、門を通る方法はいくつかあるということだ。


「証明書の書式は発行される街によって違うが、書いてある内容はだいたい同じだ。たとえば、発行した日付は必ず書かれている。それによるとこれが発行されてかの男が旅に出たのは今から57年前とのことだ。あの夫婦が結婚したのも、だいたいそれぐらい前のことじゃないか?」


 俺達は顔を見合わせる。正確に何年前に結婚されたんですかとは聞いていないが、少なくとも違和感のある年数じゃない。今のあのお婆さんからそれだけの年数を差し引けば、うら若き乙女になるだろう。

 さらにシュリーは続ける。


「それから、死んだ男の名前もしっかり書いてあったぞ。その名もグバルテ・サキナック。この短剣にほどこされた装飾も、彼がサキナック家の人間であることを証明している。家紋が彫られているんだ。リゼ、この名前に聞き覚えは?」

「…………サキナック家ですか? わたしも詳しくは知らないですけど、地方の魔法使いの名門ですよね。しかも相当歴史のある」

「そのとおり!」


 首都の外の情報はリゼもそこまで詳しいわけではない。けれど、あの死体はどうやらリゼと同じく名門の人間らしい。昔のだけど。


「サキナックの家ははるか昔から今まで、その地方に定着して権力を奮っていた。この地方にもう一つある伝統的な名門、チェバル家とは有史以来常に対立関係で権力の座を巡って争ってきた。……それから、かの地方にはアーゼスが来訪したという伝説も残っているぞ。しかも印章を残しているとされる」

「え、ちょっと待ってください。もしかして仲裁の伝説ですか? 真夏に雪を降らせたっていう。でも、お話とは少し違うような……」

「いや、その伝説だ! まさにその伝説の舞台だ。その当事者の子孫が印章を持ってる。偶然とは思えない」

「でもおかしいじゃないですか。その伝説の印章は現存してるって聞いたことがあります」

「その通り。だからこそ、おもしろくなってきたじゃないか! よし! 若者達よ行こう! 城塞都市ヴァラスビアへ!」


 興奮気味に言葉を交わすリゼとシュリーだが、俺達には微妙に話が見えてこない。もう少しわかるように説明してくれ。




「遠い昔のことです、世界中を旅しているアーゼス様は、とある村の人たちからお願いをされました『魔法使い様、おねがいします。この村ででけんかをしているふたりの魔法使いを止めてください!』アーゼス様が詳しく話しを聞きます。それによると、この村にはふたつの魔法使いの家族がいて、とても仲が悪くていつもけんかをしていました。それで…………」

「よしリゼ。もう少し普通に話してくれ」


 とりあえず詳細な話を聞こうとリゼに尋ねたところ、なぜリゼは俺を膝に乗せて子供に絵本を読み聞かせるような感じで語り始めた。

「あーうー。なんていうか、子供向けのか昔話としても有名で、わたしとしてもこういう風に語られたのが慣れているというか……」

「だとしても、俺は子供じゃないから。ついでに言えば他の誰も子供じゃないし、絵本があるわけでもない。お前に母親みたいなことをされても気持ち悪いだけだ」

「ううっ……ひどい…………」

 母性とは程遠い人間だしな。リゼとしては、幼い頃の記憶とか憧れの英雄物語に触れていた幸せとかの種類の、大事な思い出なのかもしれないけど。



 物語の説明に本があればその方が良いのかもしれないが、あいにくこの街には書店がない。本というのは大都市の富裕層にしか縁の薄いものらしい。

 この世界での物語は親から子へと口で語り継がれるか、時々街に訪れる旅の吟遊詩人が伝承の担い手だという。

 だから物語は放っておけば消えるし、人から人への伝言ゲームの間に変質してしまう可能性が高い。時の権力者が自分に都合のいいように物語を改変するのも珍しいことじゃない。だからこそ、物語は記録する必要があるとは前にシュリーも言っていた。

 それからひとつの物語をふたりに語ってもらい、その違いとどちらが正しいかを見極めるのも重要なことだ。


 だから、今はリゼが語ってシュリーが補足をするという流れで話を聞く。それによれば、千年ほど前に…………。

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