4-5 俺達の事情
その後しばらくシュリーとリゼは酔っ払いながらしばらく大魔法使いについて語り合い、俺達が退屈してきたあたりでようやくお開きになった。
シュリーがこの依頼において報酬はきっちり払うというのは本当なようで、今日も宿にふたつ部屋をとってくれていた。どうせ国の金だから好きなだけ使えばいいと言っていたが、本当に大丈夫なのだろうか。まあ大丈夫なんだろうけれど、この人と組んで仕事をするのが不安になってきた。
ちなみにシュリー自身は他の捜査チームと同じ宿に泊まらないといけないということで、今日は別の宿だ。つまりあの人はまだ、元領主が起こした事件の捜査協力者という立場のはずなんだよな。なのに自分の趣味みたいな仕事を既に始めてる。
いいのか。やっぱり相当ダメな大人なんじゃないかな。
「うへへー。コータ。コータってばー」
「ぐえっ。なんだよ……」
「コータぁー。やっぱコータがいたから、わたしは今こうしてられるんだよねー?」
「わかった。わかったからとりあえず握るな。あと顔つつくなウザい」
完全に酔っ払いながらベッドに寝転がり、俺の体を握って人差し指で顔をツンツンとつつくリゼ。こいつはやっぱり酔わせちゃいけない。フィアナと顔を見合わせて、これから酒の席があればこいつへの注意は怠らないと誓いあった。
「だってアーゼスだよー? すごい魔法使いなんだよー? それについて調べたら、わたしもすごい魔法使いになれるかもー」
「なれないから。歴史を勉強してもお前の才能は変わらないからな。お前は伝説の魔法使いとは別人なんだからな」
「それに、わたしがすごい魔女になればコータをもとの世界に戻す魔法も使えるかもしれないし。えへへ。えへへへ……」
「…………」
そのままぎゅっと、俺の体を両手で胸に抱いたリゼに、俺は返事をしなかった。
こいつ、一応は俺のこと忘れてないんだな。俺をもとの世界に戻さなきゃいけないってのはわかってるんだな。
リゼは俺を抱きしめたまま眠ってしまう。少し早いが俺達もそろそろ寝るか、とフィアナに言おうとしたところ彼女がどこか思い悩んでいるという風に見えて声をかけるのをためらった。ややあって、フィアナの方から口を開く。
「今更なんですけど、わたし達とカイさん達ってパーティーなんですよね?」
「あー。まあ、そうなんだろうな。たぶん」
確かに今更だが、そういえばちゃんと考えたことがなかった。
あの村でナンパ男から助けてもらって、そのままなんとなく一緒に行動してたらオークの集団に襲われて一緒に逃げて。気が合う相手だったからカイとユーリとはずっと一緒に行動していて今も一緒に依頼を受けている。
いつの間にか俺はカイに敬語ではなく普通に接しているしカイもそれを気にしてはいない。友と呼べるような間柄と言ってもいいだろう。
俺達からしてもカイ達からしても、あるいはシュリーやガルドスといった外の目からしても俺達はパーティーだ。特にこれという取り決めがあったわけじゃないが。
「パーティーだったら、あんまり秘密とか抱えておくのは良くないんじゃないかなって。そう思うんです。カイさんはわたし達のこと遠くから来た旅人だと思ってますけれど、わたしは領内の村から来たわけですし」
「なるほどな。たしかに、この先も長く一緒にいるなら、隠し事を持ち続けるのは簡単じゃないか……」
この街で依頼をこなして、ある程度金を稼いだら別れて旅立つ。そういう関係なら隠し事は隠したままの方がいいかもしれない。でもシュリーの依頼で俺達は一緒に旅に出ることになる可能性が高く、となれば下手なところで秘密がばれて気まずい思いをするよりは、今のうちに打ち明けた方がいいという理屈もわかる。
「わたしの事情は大したことじゃないからいいんです。でもリゼさんとコータさんのは……結構危ないというか」
「そうだよなー。今まで魔法を使ってたのはリゼじゃなくて俺で、リゼは才能無しの無能だとか。あと俺を召喚するのに使った魔導書は盗品だとか。バレたらやばいのはよくわかる」
「でも、本当に魔法が使えるのはコータさんだっていうのは、言っておいた方がいいと思うんです。わたしもそれで危ない目に遭いましたし」
狼退治の時か。たしかにああいうことが今後起きないとも限らないし、パーティーのリーダーであるカイが俺達のそういう性質を知っていないと、作戦を立てたりいざという時の指示がうまく行かないことになるだろう。
「よし、言うか」
フィアナともう少しだけ相談して、カイとユーリには伝える。シュリーには言わない。そういうことに決定した。
カイが俺達の秘密を聞いてどんな反応をするかはわからないが、とりあえずやってみよう。怒られたらその時はその時だ。というわけで、いまだ眠りこけているリゼを起こす。
「むにゃ……そうですわたしがすごい魔女さんです。えへへ、もっと褒めてもいいよ…………ぐぅ」
「なんの夢見てるんだよ起きろ」
「ぎゃんっ!?」
肩を思いっきり叩いたら悲鳴と共に起きた。よし行くぞ。
数十分ほど後、カイとユーリの部屋で俺達は向かい合って座りいろんなことを説明した。
リゼが魔法使いの名門の出でついでに無能で、家から絶賛逃亡中のお尋ね者だったり。盗んだ魔導書で俺を召喚したり。俺は魔法なんかと縁のない世界のただの人間の精神体で、ぬいぐるみに憑依していること。にも関わらずなぜか魔法が使えて、リゼが使ってたように見せかけた魔法は全部俺の物だってこと。言っておくことは全部言った。
あとフィアナが領内の村で出身のことも。これはまあ、別に大した秘密でもないしついで程度だけど。
さすがにカイは驚いたようだ。特に、俺が人間だということにはかなり目を丸くしていた。そんな話は聞いたことがないと。
でも、他の大体のことに関しては受け入れてくれた。
「そうか。よく話してくれた。ありがとう。そっか。すごいのはリゼじゃなくてコータなんだな」
「わ、わたしだって今はこんなのでも将来的にはすごくなるからね!」
「お前は黙ってろ……そういうわけなんだ、カイ。今まで黙っててすまなかった」
「気にすることはないさ。隠し事をしてる冒険者なんて珍しくないから。……みんながみんな、冒険に憧れて旅に出るわけじゃない。事情があって故郷を捨てた冒険者は大勢いる」
「僕達みたいにね」
ユーリが口を開く。それにカイは控えめに頷いた。
「ユーリは、ワーウルフの里から追い出された。ワーウルフの族長の子供に怪我を負わせたんだってさ」
「あれは自業自得。それに、あいつは族長を継ぐにふさわしくなかった」
相変わらず口数は少なく口調もフラットだけど、なんとなくユーリなりに感情がこもった言い方に聞こえた。
「そんなもんだ。俺だって…………あー。あんまり詳しくは言えないけど」
「別に、言いたくなければ言わなくてもいいけど」
「いや、みんな話してくれたから、俺もこれだけは言っておく。…………俺は、弟を殺してそのまま逃げてる途中なんだ」
それ以上の説明をカイはしようとしなかった。その代わり、だから盗み程度は気にしないさと明るく笑った。
これで今夜話すべきことはおしまい。そういう雰囲気だ。俺も気にはなるけれど、深く立ち入ろうとは思わなかった。とにかく、俺達の秘密を明かして受け入れてもらうという当初の目的は果たせたのだし。




