4-4 依頼の内容
とにかくこの……印章か。これが歴史的に重大なものであるというのはわかった。伝説の魔法使いの遺した物。
「印章ってことはつまりハンコなんだよな? そうは見えないけど」
「おや? 妖精の世界には印章がないんだな。そりゃそうか」
俺の世界にもハンコはあるし、俺は妖精の国出身ではないのだけれどそれは黙っておこう。説明すると長くなるし面倒だ。シュリーは特に気にした様子もなく説明をする。
「粘土板とかの柔らかい物ににこいつを押し付けて転がせば、この模様がそこに移される。そして伝説によると、魔法使いが祈りと共に魔力を込めながらこの印章を使えばアーゼスは文字通り飛んでくると言われている」
「本当にそんなことがあったんですか?」
「さあ。あたしは実際にその場面は見たことないから」
そりゃそうだ。ものすごく昔の出来事なんだから。俺の馬鹿な問いにもあっけらかんと、だけど一応は真面目に答えてくれたシェリーはさらに続けた。
「ただ、本当にやってた可能性は極めて高い。この国の広い領土。それから一部は国外という広範囲にこの印章と似たものが似たような伝説と共に伝えられている。お互いに文化的な交流が無いと思われる場所だ。いくつかはアーゼスの再来の伝説も残っているから、これは遠く離れた別々の人間たちが偶然に似たような話を近い時期に思いついたと考えるよりは、実際に起こったことだと考えた方が自然だ」
「やっぱり、彼は偉大な魔法使いだったんですね……」
リゼがしみじみと言った。本気で伝説の魔法使いに憧れ尊敬しているという口調。こいつもこんな風になることってあるんだな。
「それで、そのアーゼスの印章が領主の部屋から見つかった。それはわかりました。俺たちはなにをすればいいんですか? 歴史学の貴重な研究対象だから首都に運ぶ、その護衛とかですか?」
このハンコとアーゼスという英雄については少しは理解できた。けれど本題がまだ見えない。俺たちはギルドとして依頼を受けているわけで、その内容をカイが尋ねた。
「それはそれで意義のあることと言えるだろう。だけどこれが本物であればかなり重要な発見だ。首都に持ち帰ったとなればとりあえず王様に報告しなきゃならないし、となれば王様はこれを気に入るだろうし国の宝としてしまうだろう。……それはそれでまあ、発見したあたしにとっては名誉なことにはなる。だが国のものにされちゃあ研究がやりにくくなるってわけだ。こいつに関する研究は王様の知らないところで自由にやりたい」
なんか今、国に仕える者としては相応しくない言葉が聞こえた気がするぞ。いいのか。国に渡すべき物を私物化して好きな研究を勝手に進めて。
俺以外もだいたいみんな同じ思いなのかシュリーに視線を送る。
「おおう。誤解しないでくれ。あたしも王様は尊敬してるぞ。こいつは国の宝になるべきだってのも承知の上だ。で、まあ、なんというか。うん。わかった上でだ。……自由に研究がしたい」
最後の研究したいはとても小さな声だった。どうにもうまく誤魔化す理屈が思いつかないという様子。
「と、とにかくだ! あたしは研究がしたい! ああいや、とにかく大英雄アーゼスの真実の姿とか知られざる姿とかを明らかにするのが歴史学者としての使命だとあたしは思うんだ。そのためなら、ちょっとぐらい宝を好き勝手使っても許される。うんそのはず。あたしは間違ってない」
「許されると思います! ていうかアーゼスのことを知るためならやるべきです!」
リゼだけがこのダメな大人に賛同しているぞ。バカがダメな大人と同調してるぞ。これはまずい。よくないことが起こる。主に俺にとって。
「さすが魔女は話がわかる! でまあそういうわけだ。この印章について調べたいから、その手伝いと護衛があたしの依頼だ。……実際のところ、ここにあるのは印章だけ。この地方にアーゼスが来たという伝承は残っていない。知られざる伝説があるのかもしれないし、他の地方にあったものがここまで流れてきただけかもしれない。一応これが良くできた偽物の可能性も考えなきゃいけないが、まあそれはそれで。……とにかく、こいつに関する真実を明らかにするのがあたしの希望で、みんなに頼みたいのはその道中の護衛だ。もしかすると遠くの地域に調査に行くことになって長旅になるかもしれないし、そうなればその分報酬も増やす。やってくれるか?」
「もちろんですよシュリーさん! 一緒にアーゼスの謎を解き明かしましょう! 国とかには任せられません! シュリーさんじゃなきゃ出来ないことだと思います!」
リゼがものすごい勢いで賛同する。ついでに国宝級の物品を国に黙って持ち続けることも賛成のようだし。
さすが泥棒して人を異世界に呼び出しても心が傷んでない奴は言うことが違うな。
カイとユーリ、それにフィアナはどうしたものかと小声で話し合いをしてる。本当にこのシュリーという女を信用していいのかもわからない。根っからの悪い人ではないだろうけれど、好きなことに関しては割と無茶をしそうな人間。そういう評価だ。
まあ実際のところ、この印章が国宝になるとしてもまだそうではない。だからシュリーが持ち歩くのはこの世界の法に触れるわけではない。それに学者としてはやっていることは不自然ではない。俺達はギルドを通して正式に依頼を受けているわけだから、そこになんら後ろ暗いことはないわけで。
依頼自体は受けても問題はないというのが結論だ。
もちろん、こういうのはどこかで問題が発生するというか、何らかのトラブルに巻き込まれることは容易に想像がつくのだけど。でも。
「よしリゼ、今日は飲むぞ!」
「はい! お酒とかあんまり飲まないですけど今日はがんばります!」
「おいやめろ。お前が酒飲むとろくなことにならなさそうだ」
シュリーと一緒に盛り上がっているリゼを止めるのは困難だろう。
こんな奴だが、偉大な魔法使いに対する憧れは本物だ。俺達が反対してもリゼは一人ででもシュリーについていくだろう。
リゼの使い魔である以上は俺も同行するしかないわけで、それだけだったら心もとなさが半端ではない。だから申し訳ないが、カイ達にもご同行願うしかなさそうだ。
心底楽しそうにエールを飲むリゼの姿に、俺はため息をついた。




