4-3 太古の印章
この世界の常識で俺が驚いたことのひとつに、未成年でも普通にアルコールを飲むというのがある。
普通の水は飲料には向かないとのことで、薄いビールみたいなのやワインを水の感覚で飲んでいた。水の代わりだから酔っ払いための嗜好品としての酒とはまた別の感覚なのだろう。
もちろん、俺の感覚で言う酒を飲むことを好む人間がこの世界にもいるわけで。
シュリーもそういう人のようだ。
「人の作った偉大な発明は多くあれど、酒を発明した奴が一番偉いな、うん!」
何杯目かの蜂蜜酒を煽りながらシュリーが言った。この学者さん、よほど酒が好きなようでさっきからその話しかしてない。そろそろ、依頼したいという内容について教えてほしいのだけど。
「まあまあ。そう固いこと言わずに。奢ってやるから若者達ももっと飲みたまえ」
「い、いえ。もう大丈夫です。……コータも飲む?」
「俺は飲めないってこと知ってるだろ……?」
シュリーは特にリゼの事が気に入ったのかグイグイと来る。さすがにリゼも引き気味で俺に助けを求めるように話しを振るけど、あいにく俺も酔っ払いの相手なんてしたくない。酒も飲めないし。
ところがシュリーは素っ気ない返事をした俺まで気に入ってるようで。
「いいねー。言葉を話せる使い魔か。魔法には詳しくないけど、そういうのってかなり珍しいんじゃないか? それを使いこなせるリゼは相当な実力の魔女と見た」
「えへへ。わかります? そうなんですよわたし、すごい魔女なんですよー。名門の生まれとかじゃないんですけどねー」
褒められると素直に喜べるのは美点と言えるかもしれない。リゼの本当のことを知ってるフィアナの視線は冷たいけれど、そのことに気づくのは誰もいなかった。
シュリーはなおも満足げだ。
「そっかそっか。すごい魔女か。それは役に立ちそうだ」
「お役に立てるなら嬉しいんですけど…………わたしの魔法が役に立つんですか?」
シュリーの言っている事がよくわからずに聞き返すリゼ。つまり今回の依頼には魔法が絡むということなんだろうか。
実際に魔法を使うのは俺なんだから、もう少し詳しく話を聞かなきゃいけない。幸いにして今のやり取りをきっかけにシュリーも話し始めたのだけれど。
シュリーは今回の元領主の犯罪行為に対して派遣された国の役人のひとりだ。治安院の管轄である事件になぜ歴史学者が参加したのかといえば、こういう大規模かつ重大な犯罪が起きたときには助言を求められることがあるかもしれないから学者が何人か同行するものらしい。
特に今回は金持ちの家を捜索する行為も捜査の一環として行われるわけで。押収したものがなんなのか、事件に関係があるものなのかの判断が必要な場面が出てくる可能性もあるから、複数の分野の学者が参加した。シュリーもそのひとり。
「今回の事件に限って言えば押収物に関係があるものは少ない。でも盗品の可能性があったりご禁制の品々が割と見つかって、それなりに忙しくはあったよ。余罪がどんどん出てくる」
あいつ、他にも悪いことしてたのか。でも、だとしてもそんなに驚かないというのも事実だ。
「それでだ。その仕事もだいたいが終わった。怪しいものは首都に持ち帰って改めて調べる。怪しくないものは新しい領主にやる。それから…………怪しくはないが、興味深いものを見つけた。ここからのあたしは事件の捜査協力者って仕事を放り出してかわりに学術院の歴史学者として仕事をする」
完全に職務放棄しますみたいな宣言が聞こえた気がするが、そんな疑問について尋ねる前にシュリーが鞄の中から何かを取り出して机の上に置く。手のひらに乗るようなサイズの、円筒形をしているなにか。高さは俺の体と同じぐらいな気がする。
素材はよくわからない。木でも土でも金属でもない。白いものが経年によって黄ばんだという印象を受ける。円筒形の表面になにやら複雑な紋様が刻まれていた。
「これはアーゼスの印章ですね」
一目見たリゼが当たり前のように言って、シュリーは満足そうに頷く。なにやらまた知らない名前が出てきたぞ。
「さすがは魔女。詳しいな。その通り。これは伝説の魔法使い、アーゼス・ティラキアの遺物である可能性が高い」
説明を聞こう。
アーゼスというのは歴史上の人物で、偉大な魔法使いだったそうだ。この国を建国した人物、英雄レメアルドの盟友でもありこの国の昔話にも広く登場して親しまれている存在だ。
レメアルドが王となった後にも世界各地を回って多くの活躍をして人々を救い逸話を残した。そういうすごい人間だ。
「アーゼスの遺した伝説は数が多く詳細や舞台がはっきりしないものも多い。真偽すらわからないのがいくらでもあるし、おそらくは後世の創作だろうって話が大量にある。ていうか、本当にあっただろうって話ほど詳しいことがわかってない」
俺から見て古い時代の人間から見ても伝説級の過去の話なら、そういうものなんだろうな。出来事を記録する手段も限られてくるし。
「そして、何が正しくて何が間違っているのかを明らかにしてアーゼスの真の姿を伝えるのもあたし達歴史学者の仕事のひとつだ。そして今回これが見つかった」
円筒形をさも大事そうに抱えあげるシュリー。
「アーゼスが残したもの、と言われる物は数多く存在する。逸話とか伝説みたいな語り継がれるものではなく、こういう遺物として現存しているものも多い。やはり真偽不明で後世に創作された偽物だと考えられているものも多いけれど、これと同じような印章が他にもいくつか遺されていてこれは本物だって言われている」
「アーゼスは訪れた様々な場所で、困っている人を助けたと言われてます。そして救った人々の中で特に助けが必要とされた者にはこの印章を授けたと言われている。そうですよね?」
「その通りだ。さすがは魔女だな。若いのによく知ってるね。感心だ。……これが印章だとすぐにわかったあたり、もしかして勉強家なのか? それとも首都育ちでどこかで別の印章を見てたとか、こういう物語が好きな女の子だったとかかな?」
「ふえっ!? し、首都育ちじゃないですよ!? 首都じゃないとこ育ちです。わたしはただの旅人……じゃなくて、はい。アーゼスはわたしの憧れで大好きで。彼の物語はよく読んでました……」
相変わらず隠し事が下手すぎる。リゼは首都育ちの名門のお嬢様だし、本当にこれとは別の物を見てたのかもしれない。でもそれは隠したいこと。物語好きなのは本当かもしれないが、勉強家ではないだろう。
変なごまかし方をするリゼをシュリーは大して気にしてないようだ。酔ってるからかもしれないし、リゼがアーゼスに詳しいということを気に入って他のことはあんまり目に入ってないのかもしれない。




