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4-1 日常とその終わり

 咆哮が森の中に響き空気を震わせる。

 狼達はこれを、明らかに自分の群れの者ではない個体が縄張りに侵入した挙げ句に自己の存在を不敵にも知らせる挑発行為と受け取った。なのでお返しとばかりに吠える。

 しかし、侵入者の咆哮に比べればそれは小さいものだ。


「いいぞユーリ。そのまま引きつけろ」

 森の木々の陰に隠れながら様子を伺うカイ。狼の群れの縄張りの中で、狼状態に変化しているユーリは何度も声をあげる。こうやってユーリが目立つことで、狼は隠れている俺達には気づかないという訳だ。


 狼が着々と集まってきている。その数七匹。全員がユーリよりもずっと小さく、数が多いことを除けば警戒するような敵ではない。そして数の多さも俺達にとっては大した問題ではない。


 敵を十分に引きつけてから、カイがこちらに向けてサインを出す。同時にリゼが木の陰から出てきて詠唱。まあ実際に魔法を出すのは俺なんだけど。

 数百本の炎の矢が真っ直ぐに狼達に飛んでいって体を貫く。すかさずフィアナも出てきて討ち漏らした狼がいればこれを射るつもりだったが、今回はその必要はなかったようだ。全員が今の一撃で絶命したらしい。


 念の為に一体ずつ確実に仕留めたかを確認しながら、討伐証明ということでナイフで狼の鼻を切り取っていく。これで、依頼は完了だ。




 国から役人とか軍隊が来て、領主とその息子の身柄を引き取ってから十日が経った。領主を制圧するための軍はいらないとわかったらすぐに帰って、役人たちも領主の取り調べは彼らの施設で行うと比較的速やかに撤収していった。

 街には数人だけ残って領主の屋敷を調べたり領内の住民の聞き込みを続けているが、たぶんそれもしばらくしたら帰るらしい。


 新しい領主も着任した。隣の領の領主の甥とのことだ。二十代半ばほどで権力者になるには若いが、任されるだけの能力はあるということだろう。人の良さそうな外見をしていて内面も同じらしく、領民の話をよく聴き正しい方向に領地を導いていくタイプの人間。今のところ領民からの評価は高い。


 死んだ村人や冒険者達の弔いも終わった。壊滅した村は、生き残りが主導で復興させていくことになった。道のりは長いが新しい領主は全面的な支援を約束したし、なんとかなるとは思う。


 オークの孕み袋にされていた女達は、できるだけ身元を確認して親族が見つかればその家に引き取らせた。見つからない者達は新しい領主が責任を持って屋敷で世話すると言った。

 あの男の妻だった女に関しては、まさかのガルドスが引き取ると言った。それに関して彼の個人的な意思が働いていることは想像できたが詳しくはわからない。悪意ではないことは確かだ。

 たぶん、若い頃の恋心とかそういうものだろう。


 騎士のレオナリアは旅に出た。領主が連れて行かれた方向とは逆方向にだから、もうあの男との絆は断ち切ったということだろう。新しい仕官先を探しに行くと言っていた。



 そして俺達はといえば、本来のギルドの仕事をする日々を送っていた。つまり住民からの依頼を受けて仕事をする。

 農地を荒らすウサギとか、人を襲う毒蛇の駆除とか。あれば、今日みたいに狼の群れの討伐。

 一度は森の中にある湖に行きたいという老人とその家族の付き添いなんかもやった。なんでもそのお婆ちゃんの若い頃の思い出らしい。その湖に遊びに行った際に狼に襲われて、その時助けてくれた若い狩人の男が亡くなった彼女の夫になったとか。また狼に襲われたらたまらないからというわけで護衛任務だ。



「それにしても、三日ぐらい前から急に狼討伐の依頼が増えた気がします」

 その日の夜、酒場で食事をしながらフィアナがふと口にした。たしかに狼退治はあれば最優先で受けるという方針でやっているが、なかなか来るものじゃない。それが昨日今日で増えた気がする。

「たぶんオークに追われた群れが戻ってきた。だから、近くに来る。殺さないといけない」

 ユーリがパンを片手に疑問に答えた。なるほどそういうことか。


 ちなみに狼退治をしていく上でユーリにとっては同族殺しになるのではと一度訊いたことがあるが、狼とワーウルフは厳密に区別されるべきもので別に気にしない。というか殺すべき。そんな回答だった。



 それよりも狼だ。あの男がオークの集落を作って勢力を拡大すると、オークよりも弱い狼は勝てずにそこから逃げなくてはいけなくなる。縄張りを追われて新天地を探していたところ、そのオークがいなくなれば当然戻ってくるというものだな。

 オークの集落は壊滅した村の近くに作った。そのあたりに次々に狼がやってきて新しい縄張りを作っていく。森の奥に逃げていた狼も、人里に近いほうが餌が豊富で生きていきやすいと知っているようだ。


「じゃあオークがいた間は、その他の村の近くに狼が追われてその分被害が出たということですね。許せません」

 フィアナの若干私怨を含ませた言い方。自分の村が狼に困っていた原因も、もとをたどればあの男によるものだとわかったのだ。そりゃ怒るというものか。


「そういえば一年ぐらい前にも少し離れた村が狼に襲われたって話も聞いたけど。これもオークのせいなのかな?」

 リゼの問い。そういえばフィアナの村の村長がそんなことを言っていた。けれど、それはどうだろうとカイが否定する。

「その話は俺も聞いたけど……違う領のことらしいぞ。ここから西……なんだっけ。魔法学校を挟んで反対側にしばらく行った所。ちょっと遠いんじゃないかな?」

「そっか。じゃあそれは、単に狼の大群が来たってことなのかもね。オークとは関係なしに」

「それはそれで怖いけどな…………」

 村をひとつ滅ぼすレベルの狼の大群ってどんなのだろう。確実に、あのオークの群れよりも多いんだよな。ちょっと対面したくない光景だ。



「よう。お前らちょっといいか?」

 と、そこに声がかかった。ガルドスだ。後で話したいことがあると。ギルドマスターからの頼みなら断る理由もない。


 そういうわけでニ十分ほど後、俺達は応接室に座ってガルドスと対面する。前と同じように三人がけソファに全員は座りきれず、ユーリは追加の椅子を持ってきてカイの隣に座る。


 少しの沈黙の後、このギルドマスターの言ったことはこれである。


「実は、この街からギルドが撤退することになるかもしれん」

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