3-22 決着とそれから
レオナリアもこれまでと悟ったのかそれ以上の抵抗はしなかった。
とりあえずロープで縛ると言えば、黙っていたが逃げ出そうとする素振りもない。素直に負けを認める潔さも持ち合わせていたんだな。それはそれで騎士という人間の性質といえるのかもしれない。
あるいはこの人も領主の暴虐をおかしいとわかっていて、こうなることを望んでいたのかもしれない。
報告を受けてガルドスも駆けつけて、かなりいい笑顔で俺たちを偉いとかよくやったとか褒めてくれた。街の住民からも声をかけられた。称賛の声一色で、どれだけこの領主が住民から嫌われていたかがよくわかる。まったくもってひどい話だ。
領主とレオナリアの身柄は一応ギルドで預かることにする。領主とその息子に関しては国の人間が来たら引き渡す。
レオナリアはその後に解放するつもりだ。領主が手の届く範囲にいる間に野に放つと、救助をするとかで不用意な動きをしかねないから。
屋敷にいた兵士たちや隠れていた使用人たちは、一応意思を尋ねてからそのまま解放する。おそらくは、領主に忠誠を誓って解放を求めるという人間はいないだろう。
彼は元々領主に雇われていただけの人達だ。今回の件で職を失うこととなったが、きっと新しい領主の元でまた雇われるだろうとガルドスは言った。
そういえば領主とその息子が失脚してこの領地は今後どうなるのかと尋ねたら、新しい領主が派遣されてくると答えられた。この領を含んだいくつかの領から構成されるもうひとつ上の行政区分である郡の長が新しい人材を選んで領主に任命すると。
そこのシステムはよくわからないが、今度の領主がいい人であるのを願うばかりだ。
翌日からギルドの人間の手で捜査が始まる。俺の世界でいう警察が担っている機能がこの世界では領主の持っている軍かギルドが担当するわけだから、領主の犯罪はギルドで調べなければならないという。
聞けば国立の司法機関というのはあるらしいけれど、国内にいくつかの大都市だけが管轄でありこういう地方領では軍かギルドと決まっているらしい。
領主から命令を受けてオークの集落を作るのに加担させられたという兵士達の証言はすんなり集まった。
皆脅されて仕方なくやったと言う。オークは商人から密かに買ったとのことだが、それがなんという商人なのかは誰も知らなかった。
オークなどの化け物を扱う商人などは聞いたことがないとカイは言っていた。需要がほとんどないからだ。都市圏での研究施設などでは生きたオークを研究対象として扱う所もあるが、そういう所は自分で捕獲する事ができる能力を持っているし商人から買うことはないだろうと。
もしかすると、今回みたいに非合法な行為に使う人間のためにオークを卸す商人が存在するのかもしれない。けれど実態はわからなかった。
領主は全く口を割らない。
領主は俺達の取り調べには全く口を開こうとはしなかった。驚くべきことに、この期におよんでまだ、下々の者と自分は立場の差があり口をきくに値しないと考えているようだ。
仕方がない。これ以上は国からの人間が到着するのを待つしかないようだ。いずれにせよ他の証拠はだいたい揃っているから、この領主が罪に問われて罰を受けるのは間違いない。ほぼ間違いなく死罪だろうとみんなが言っている。
壊滅した村に関しては、これからどうするかは決まっていない。放っておけば狼などの獣が住み着くからこれも対処をしなければならない。生き残った少数の村人が住むには広すぎるし。
いずれ、他の村や街の住民たちに呼びかけて移住してもらうことになるだろうな。
「連絡が来た。明日にはこの街に、役人共が来るらしい。国の偉い連中にとっても前例のない事件だから、どう対処したものか誰が行けばいいのかで時間がかかったらしい」
夜、酒場で食事をしていたギルドの冒険者達の前にガルドスが現れてそう言った。やや嬉しそうな声があがる。慣れない仕事を数日やっていて、本来のギルドの仕事が後回しになっていた。
それもようやく終わるのだから、そりゃ喜ばしいことだ。
「ガルドスさん。ひとつお願いがあるのですが。領主に少しだけ会わせてもらえますか? 俺とリゼと領主の三人だけで」
ふと思い出したことがあった。あの男が明日には国に引き渡されるならばチャンスは今だけだ。ガルドスは少し悩んだ素振りを見せたが、今回の件の功労者である俺達の頼みならと許可してくれた。
領主の屋敷の地下にある牢屋。そこに元領主は監禁されていた。会話するだけだから鉄格子越しでも問題はない。牢の外に立つリゼの肩から声をかける。
「リーゼロッテ・クンツェンドルフという名前に心当たりはあるか?」
俺の声に元領主は顔を上げた。相変わらずだんまりか。もう少し続ける。
「今回のオーク騒ぎには関係ない。個人的に気になったことだ。お前のところに誰かからの使いが来て、リーゼロッテという魔法が使えない魔女を探すように要請しただろ?」
だからフィアナの村でもリーゼロッテ探しが行われていた。
「誰から頼まれたか。それだけ教えてくれ。教えてくれたら、すぐに立ち去る。…………明日には国から人が来てお前をここから連れて行くだろう。この街で過ごす最後の時間だ。それを邪魔したくはない」
「…………そんなこともあったか。お前がなぜそんなことを知りたがるかは知らないが。その名字の人間だよ。それが使いを出した。クンツェンドルフの家の者が、その家の名を騙る少女を探す。金持ちの家の名を騙って悪事をする輩はたまにいるし、金持ちの家は名誉を守るために人と金をあちこちにばらまいてそんな奴らを探す。珍しいことじゃない」
なんとなくずっと引っかかっていたことが、ふと腑に落ちた。
リゼの家がリゼを探すのは、家の恥たる無能な娘を野放しにしないため。だったら無能な娘がいますよと喧伝しながら探すのは、よく考えたらおかしい。
リーゼロッテ・クンツェンドルフとは、クンツェンドルフの家の名を騙って悪事を働く不届き者。そういう名目で捜索をしているらしい。そういうことならわかりやすい。
「そうか。家からの使いだけか? 他には誰もいなかったか?」
「家族だけだ」
「…………わかった。ありがとう。行くぞ、リゼ」
リゼ。リーゼロッテのことを気にしている使い魔の持ち主。その名前を聞いた途端、元領主は少し表情を変えたように見えた。けれどすぐに戻る。今の彼にはどうでもいいことだ。
「やっぱりお父さんが探してるのかな」
「そりゃな。お前を放っておいたら何するかわからないから」
「えへへ……」
「なんで嬉しそうなんだよおい」
「だってさ。わたしが旅に出るって決めたからコータと出会えたわけだし。それにフィアナちゃんの村を助けられたし悪い領主を捕まえられた」
「貴重な魔導書を盗んだ結果だがな」
まあそれで、人助けができたと考えれば悪い気はしないけど。
「にしても、追っ手は家族だけか。魔導書泥棒の被害者とかも探してると思ってたんだけど」
「あんまり怒ってないとかじゃない? きっと許してくれる、いい人なんだよ」
「嫌な奴だから盗んだってお前言ってたよな…………」
その頃、王立イエガン魔法学校の寮でファラ・ニベレットは頭を抱えていた。
魔導書を返してほしいという父の手紙が来てから数日。返すと返事を出したはいいが肝心の魔導書が見つからない。
盗まれたのは間違いないだろう。だが誰なのかはわからない。学校の知り合いの中で心当たりを探ってみたが手応えはなかった。
そして今、再び父から手紙が来た。
今度、学校に伺い直接返してもらいに行くと、そこには書いてあった。
相当にまずいことになっている。しかしファラにはどうすることもできなかった。
長くなりましたがこれで第3章は終わりです。次回からはまた新しい冒険となりますのでお楽しみに。
ここまで読んでいただきありがとうございます。これからも続けて読んでもらえるならばうれしいです。
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