12-23 鍛錬の続きと筋肉痛
討伐作戦の決行は四日後。それも船の手配が滞ればさらに伸びる。
その間海の向こうでサハギンを好き勝手にのさばらせておくのは癪だけど、準備不足で挑むわけにもいかない。仕方がない。おとなしく待とう。
それに四日もあるんだ。今以上にナタリアの事を鍛えられるはず。
精神的な安定を得てそれなりに戦えるようになれば、討伐隊に加えてもいいかもしれない。そうすればナタリアの心も晴れるというものだ。
そのためには当然、体力作りと鍛錬だ。もちろん数日のうちに得られる成果など知れている。けれど無意味じゃない。
「そういえばナタリアさんは? コータってばいきなり飛びだしたでしょ? 放っておかれたナタリアさん困ってると思うよ?」
「それもそうだな。よし、ギルドに戻るぞ」
「やだ。わたしはまだお茶を飲みたいのです!」
「行くぞ」
「むぎゃー!」
髪の毛引っ張ったらリゼは言うことを聞いてくれた。素直でよろしい。
ギルドにはナタリアの姿はなかった。カイ達もいなかった。ナタリアの酒場に戻ったところ、カイ達はそこにいた。
とりあえず帰って待機ってことになったらしい。
「簡単な依頼を受けてもいいけど、それよりもナタリアを鍛えたいんだろ?」
宿としている部屋で、カイにそう言われた。指導役を手伝うのも良いって雰囲気だ。
カイはともかくとして、ちびっ子ふたりをナタリアの先生にするつもりはない。教えるのは下手だからな。だからカイにはふたりの引率をお願いして、楽な依頼を受けて日銭を稼ぐようお願いしておいた。
とりあえず、最初の二日ぐらいはそうするべきだ。ベルの基礎体力作りが目的だから。
最後の一日ぐらいで、あらためてカイに剣術を教えてもらうのはありかもしれないけど。でも今はその段階じゃない。
「なるほど。精神の鍛錬か。わかった。それじゃあコータに任せる。必要があったら声をかけてくれ」
「うん。ありがとう」
話のわかるリーダーでよかった。
「ところでナタリアは?」
「図書館にいる」
「図書館?」
「クーガンさんから、サハギンの生態について教わってるそうだ」
なるほど。敵について知識を持ってるのは重要だよな。
クーガンは図書館に寄贈した本を書くために、図書館のサハギンの本を何冊も読破したらしい。それも文字の勉強をしながらだ。
つまり彼の本の内容の多くは、すでにある本をまとめたものに過ぎない。要はパクリってことな気はする。
誰もこの本を買うどころか注目すらしてこなかったから、そこまで咎める事でもないかもしれないけれど。
それでも、ひと巻きの本でサハギンのおおよその事が知れる価値はある。それにクーガン自身、サハギンについて詳しくなった。ナタリアにとっては理想の先生と言えるだろう。
良い傾向だな。共通の話題を持つ友達ができるという目的は果たされてるようだ。
「コータ、どうする? 勉強の邪魔はしちゃダメかな?」
「そうだな。一日中運動させるのも体に悪いし、座学も大事だよな」
「やったー!」
「でもきりのいい所で、ナタリアと一緒に走るぞ」
「うへー……」
ナタリアの勉強は昼過ぎまで続いた。夕食のまでは時間があるから、リゼと一緒にランニングの続きだ。
「ま、待って……ナタリアさん速い……」
「おいリゼ。休憩してたのはお前も一緒だろ! ナタリアに負けて情けないぞ!」
「だってー!」
相変わらず運動ができないリゼを叱咤しつつ、その日は終わった。
翌日も基礎体力作りという工程は変わらない。走り込みを続ける。そのつもりだったんだけど。
「こ、コータ!? どうしよう!? 体中が痛い! なんか怪我とかじゃないんだけど、手足の中が痛いというか……」
「そっか。いつからか? 朝起きたときからか?」
「う……ひどくなったのは朝からだけど、昨日の夜からなんか変な感じはしてたんだよね。どうしよう。動いただけでものすごく痛い。まさか変な病気なんかじゃ……」
「いや、それは筋肉痛だ」
「きんにくつう…………?」
「激しく体を動かすと後からそうなるんだ。ていうか、今までなったこと無いのか……」
これまでだってリゼなりに激しい運動をしてきただろうに。命懸けの戦いとか。
それらの運動量より、昨日のトレーニングの方が激しかったのか。
まあそうだよな。これまでのリゼの運動って、必要に応じて走り回るだけだったもんな。しかも疲れたらすぐに座り込んでたもんな。
それを許さずひたすら走らせたら、こうなるってこと。
「ううっ。確かに今までも、なんか足痛いなーっていうのはあったけどさ……こんなのは初めてです……動けない……」
「まったく。仕方ない」
「コータさん。ナタリアさんの様子を見てきましたけど、体中が痛いって言ってました」
「そうか」
別の部屋で寝ているナタリア様子を、フィアナに見に行かせていた。リゼがこうなら向こうもと思ってたけど、案の定のようだ。
「わかった。今日は激しい運動は無しだな」
「やったー!」
「一日寝ていいって意味じゃないぞ。リゼ、ナタリアの部屋に行くんだ」
「なんでー!? やだ! 体中痛いのに! 動きたくありません!」
「フィアナ、手伝ってくれ」
「あ、はい。えっと、どうすればいいですか? リゼさんのお尻叩けばいいんですか?」
「なんでそうなるかな!?」
「あ、起きた」
「にぎゃー!」
ベッドの上で痛みで動けない状況でフィアナに叩かれるという恐怖から、リゼは咄嗟に飛び起きた。そして全身の筋肉痛に襲われて悲鳴をあげた。
相変わらず賑やかな奴だ。でも、元気そうでなにより。
「筋肉痛を治すにも方法論があるんだ。ストレッチ、柔軟体操っていうのをしてもらう」
「じゅーなんたいそう?」
「体を伸ばす体操だぐえー」
リゼが俺の体の頭と足を掴んで、縦に引き伸ばしはじめた。おいやめろ。痛い。
体を伸ばすってそういう意味じゃない。ていうか、俺は筋肉痛じゃないから柔軟体操する必要もない。
「リゼさん! コータさんになにするんですか!?」
「ひゃん!?」
すかさずフィアナがリゼのお尻を思いっきり叩いたため、俺は比較的すぐに解放された。酷い目にあった。
そのまま、フィアナをけしかけながらリゼをナタリアの部屋まで連行する。歩くだけでも体中が痛いとうるさい。
痛みを解消する方法を教えてやると言ったら、ちょっとは興味を示したようだけど。まあ、筋肉痛が治ったらまた運動再開なんだけどな。
 




