3-21 決戦と捕物
カイとレオナリアは少しの間鍔迫り合いをした後にお互いに飛び退きまた仕掛け合う。実力は拮抗しているようで、何度も剣と剣がぶつかり合い音を立てる。
お互い本気で殺し合わなければ決着がつかないような状況に見えるし、どちらかといえばレオナリアの方が押していて積極的に踏み込みカイを斬ろうとしているようにも思える。
だったらすぐにカイの援護をしなきゃいけないのに、他にも兵士がいて襲いかかってきた。すかさずそれをスリープ魔法で眠らせる。
それから他にも対処しないといけないものが。
「領主様! 今のうちにお逃げください!」
レオナリアが剣を振りながら叫ぶ。そうだ領主だ。彼はどこに? 周りを見回すと、俺たちが入っていった扉の方に何者かが走ってくのが見えた。領主かと思ったがその人物は痩せていた。ついでに言えば武装してないため兵士でもない。
「領主の息子です! 待って!」
フィアナが叫びながらその人物の前に立ちふさがる。息子か。そういえばそんなのもいた。こいつも今までずっと隠れてたのか。
フィアナに殺す意思はないのだろうけれど、その男に向けて思いっきり弓を引く。そして躊躇せずに射る。直前で狙いを反らしたのか矢は男には当たらず頭上を超えて天井に刺さった。それでもこの男は驚いたのか腰を抜かす。
「動かないでください。手荒なことはしたくないので」
弓を下ろして今度はナイフを取り出して領主の息子に突きつける。動けばすぐに刺せるぞとでも言うように。やはりフィアナには殺意はないだろうし刺すのも脅しなんだろうけれど。
「あなたとあなたの父親には、わたし達散々お世話になりましたから…………」
その目は本気で怒っているように見えた。こんな支配者を持ってしまった村の人達の怒りを代表するように。
「あなた達のために、お父さんもお母さんも村長もみんな苦労して…………絶対に、動かないでくださいね? 動いたら本気で殺してしまいかねません」
その怒りにフィアナの倍の長さは生きているはずの男はすっかり怯えてしまって失禁。その場から動けなくなったようだ。
よし、この男の確保はフィアナに任せておこう。
それで領主はどこにいるんだ? 部屋を見回しても見当たらない。視界に入るのは兵士やそれぞれ敵と対峙してる味方だけ。騎士様に助太刀しようとした兵士がいたからそいつを眠らせた。別方向からもう一人がカイに迫ろうとしたが、そいつはユーリに阻まれ小さな体で懐に潜り込まれて横腹を一発殴られてぶっ倒れた。あいつ小さいままでも意外に強いのかもしれない。
そのままレオナリアも眠らせてカイの戦いを終わらせようとしたけれど、その時に外から声がした。
領主が逃げようとしてる、と。
咄嗟に窓に駆け寄る。屋敷の正面側を向いている窓で街の様子がよく見える。声をあげてくれたのは正面玄関を見張っていた兵士のひとりで、彼はこっちを指さして領主様だと叫んだ。
正確には俺達ではなくもう少し下の方向だった。それに従って視線を落としたら、領主がいた。
開いた窓からロープを垂らして、それに捕まって地面まで降りようとしている。
とはいえ普段からそんな事をしているタイプの人間ではないだろうし、日頃の不摂生のおかげで体力のある人でもない。
部屋から出たはいいがそこからどう降りればいいかもわからずロープに掴まって止まっている。一応、握力が不足しているため掴まりが足らず徐々に下に下がっているようにも見えるが。つまり、放っておけば下に逃げられる。
ここは建物の二階でそこまで高さがあるわけでもなく、あまり時間の余裕はない。
「おい待てこら! 逃げるな!」
とりあえず上から声をかけて牽制する。それだけだが、領主は怯えたようにこちらを見つめて動きを止めてしまった。よし、次は。
「引っ張り上げるにしても俺とリゼだけじゃ無理があるよな。力持ちになる魔法とかないのか?」
「ないわけじゃないけど……それより、眠らせて下に落とした方が早くない?」
「あいつ死ぬぞ」
もう殺してしまった方がいろいろ簡単に解決するとも思ったが、さすがにそれはやめておきたい。殺したい気持ちはみんな同じだろうけど。
「僕に任せて」
と、ユーリがいつの間にか隣に立っていた。そしてローブを脱いだと思えば窓から身を乗り出して、躊躇なく飛び降りる。空中で狼に変化しながら四本の足で見事に着地。
「ガウッ! ガウッ!」
そして、頭上にいる領主にすごい勢いで吠えた。あのかわいい姿と性格を知っている俺達は別に怖くはないのだけど、領主に対しては敵意を向けているわけだし奴にとってはとてつもない恐怖だろうな
大の男が情けない悲鳴を上げながら必死にロープを登ろうとする。けれど運動など普段から殆どしない人間の腕力が肥えた体を持ち上げることなどできるはずもない。
「炎よ集えー」
極めつけにリゼが魔法を使おうとしてる。ロクに集まらない炎だが、それで領主にとっての文字通りの命綱であるロープを焼き切ろうとしている。
もちろんリゼの魔法でロープが燃えるだけの炎なんてすぐには集まるはずもないのだけど、領主はリゼを実力のある魔女だと思っている。きっと今も、わざと時間をかけてゆっくり領主を追い詰めるとかに見えているのだろう。
リゼはもしかすると本気で領主を下に落とすつもりなのかもしれないが、結果としてかなり性格の悪い行動になってしまっている。いい気味だざまあみろ。
同情はできないが哀れな支配者は、上に邪悪な魔女下に狼という絶体絶命の危機に陥った結果気を失った。その状態でロープに掴まっていられるはずもなく、重力に従って地面に落下。ユーリの体に受け止められたから死んだということはないだろう。
「あー! ユーリのモフモフ羨ましい! よしコータ! わたし達も跳ぶよ! 待っててユーリ!」
「おいやめろ。マジでやめろ!」
リゼを制止するのにも相当な苦労がかかる。けれど、これで領主は捕まえられたわけだ。
残る敵は…………。
「おい! どうやら領主様は捕まったみたいだぞ! お前も剣を下ろせ」
「断る! お前たちを蹴散らし領主様をお救いする!」
「そうかよ!」
互いに一歩も譲らない戦い。レオナリアが振った剣をカイはギリギリで身を引いて回避。レオナリアはさらに追撃しにかかる。使っている剣はレオナリアの方が大きいのに動きは両者さほど変わらないように見える。それだけ。レオナリアの方が実力は上ということだろう。
もしかするとカイは押し切られて負けるかもしれない。そう考えてスリープ魔法を発動しようとした。
でもその前に勝負が決まった。
後退を続けていたカイは、領主が普段使っていると思われる家具の場所にまで追い詰められた。テーブルと椅子に阻まれこれ以上後退できないと思われたその時、椅子を片手で掴んでレオナリアに向けて振る。鈍器の如きそれをレオナリアは剣で受け止め、その隙にカイが剣でレオナリアを突く。当然レオナリアは後退するけれど、そこをカイが踏み込んで彼女の胴を思いきり蹴った。
重い鎧を着たレオナリアは起きるのに手間がかかり、その間にカイは彼女の喉に剣を突きつけた。
「騎士の戦いに……椅子を振り回すなど……」
「騎士道に反する? これが冒険者の戦いです」
苦々しげなレオナリアと涼しい顔のカイ。
ともかく、これで戦いは終わった。




