12-21 船の手配
いやいや。待て待て。俺にとっては、日常を突然破壊されたって出来事でしかないわけで。元はといえば幸いなことではないぞ。断じてな。
それはそうとして、リゼと俺とがなんだかんだで良いコンビになっているかと問われれば、それは正しいのかもしれない。
こういうのって本人が評価すべき事じゃないよな。周りから見てどうかってのが大切だよな。
そして周りの人間は俺達の組み合わせを、割と好意的に受け取っているように思える。
ナタリアも同じだ。
「羨ましいって思えた。冒険者として、ふたり揃って初めてやっていけるふたりの関係っていうかさ。……でも、わたしも負けたくない。とりあえず、サハギンを一匹殺せるだけの力をつけたい」
「うん! そうだよね! それがいいよ! その意気だよ!」
ナタリアが前向きな気持ちになった事に、リゼも嬉しいらしい。そりゃな。とりあえずこの状態なら荒れる事もないからな。
もちろんいざサハギンを前にすると、再びああなってしまう可能性は否定できないけど。そういう精神面の訓練もやらなきゃいけないな。
「よしリゼ! もっと鍛えないとね! 早く走ろう!」
「うあー! やっぱりこうなる! コータどうしよう!?」
「最初からナタリアを鍛えるのが目的だからな。ほら、お前もすごい冒険者なら走れ」
ナタリアは訓練の再開を早くしたくてたまらない様子。頑張りすぎるのはよくないけど、傾向としてはありだろう。
「すごくなくてもいいから! 走りたくないです! ううんすごいって言われたい! 偉大な魔女って言われたい!」
「ほら。健全な魔力は健全な肉体に宿るって、昔から言うだろ?」
「言わないもん! そんな言葉聞いたことないです!」
「だよな。俺も今初めて言ったし聞いたこともない」
「もう! コータってば!」
とまあ、不毛なやり取りをして時間を浪費してしまった。でもナタリアは、そんな俺達を見てクスクスと笑う。
笑われてるのかな。まあいいや。前向きになってくれるなら、それで。
結局その後、リゼの頭をバシバシ叩いて走らせた。
にぎゃーと奇妙な叫び声をあげながらバカはしばらく走り続けて、今はギルドの建物の机に突っ伏している。
マジで体力ないな。いや、リゼの頭に乗ってるだけの俺が言えることじゃないけど。でも人間だった頃の俺なら、これくらいのランニングは余裕だったぞ。
ナタリアはといえば、やはり疲れてないってわけには当然いかない。けどまだ走れると言っていた。基礎体力はそれなりにあるのか。
バーの店員とはいえ、日々それなりの労働をしてきたのだろうからな。お嬢様だったリゼと比べたら、まだ日頃の運動量があった。
「いいのかリゼ。冒険者じゃないやつに負けてるぞ」
「うー。戦ったらわたしの方が強いもん」
「俺抜きなら?」
「…………ナタリアさんにも負けます……」
「そうだな」
「だからコータ、ずっと一緒にいてね」
「ぐえー」
苦しい。やめろ。おいこら。
「コータ。さっき、ギルドマスター達の協議が終わったらしいぞ。サハギン討伐の正式な依頼が出る」
ギルドにて情報取得していたカイが、俺達の姿を見て話しかけてした。
「お。ようやくか。いつだ?」
「四日後」
「遠いな」
それなりの規模の討伐作戦になるから、そりゃ当日やりますってわけにもいかない。準備が必要だからな。至急救出すべき人がいるってわけでもないし。
けど、そんなに日を開ける事も今までなかった気がする。
「船がないそうだ。交易用の船をいくらか用立ててもらったとしても足りない。造船所の所から借りてくるそうだけど、その手配に時間がかかると」
「あー。なるほど」
決して漁師達の船が都合が付きやすいってわけではないけど、この街にある多くの交易船はそれ以上に航行スケジュール厳しそうだもんな。
なにしろ、他国との貿易を含んだ街同士のやり取りなのだから。
それに前回のクラーケン退治は、そうしないと漁ができないって事情があった。だから漁船の調達は早かった。
この街で交易船なりその護衛用の船なりを使おうとしても、予定がありますって断られるだけ。
サハギンだって、沖合のかなり遠くの場所にいるわけで。交易に直ちに影響があるわけじゃないからな。
そしてそんなことより。
「造船所から用意するって?」
「そうだ。というより借りるかな。漁業用の船にまとまった数の買い手がついたそうで、それを納入前にちょっと借りればいいんじゃないかって」
造船所だって、タダで船を貸すのはありえない。特に討伐任務ともなれば、商品に傷がつくかもしれないから。
使うなら買い取れって言うかもしれない。ギルドにとっては、そんなに使い道のない船だし、それはできない。
では、都合よく漁船をたくさん買うって顧客がいればどうか。その顧客に交渉して、金は払うからちょっと貸してくれと言う。買い取るよりは安く済むし、仕事が終わったら向こうから厄介払いしてくれる。
それにしても漁船の買い手な。思いっきり心当たりがあるな。
「その買い手とやらに、話はついているのか?」
「どうかな。もうギルドの誰かが伝えには言ってると思うけど。でも了承を得ているかどうかはわからない」
「なるほどな。おいリゼ。起きろ。その買い手さんに会いに行くぞ」
「うへー。ちょっとは休ませてよー……」
「だめだ。さっさと歩け!」
「にぎゃー!」
造船所は、当然海沿いにあった。俺の世界でいう造船ドッグって場所は、近代的な設備が並んでる工場なイメージなんだけど、さすがにこの時代は違うか。
船の材料はほぼ木だし、それを一気に加工する工作機械があるわけでもない。造船所というよりは、大工の仕事場って印象だ。
「ねえコータ。コータの世界の船って、木じゃなかったら何でできてるの?」
「鉄」
「えー? 嘘だー! 絶対沈むじゃんそれ!」
「嘘じゃないから」
「ていうか、コータの世界って馬車の代わりに鉄で動くんだよね? 鉄で空を飛ぶんだよね? 鉄好きすぎない?」
「便利な材料だからな。てか、飛行機はもっと軽い金属を使ってるって言っただろ? ていうか、鉄で空を飛ぶってのはちょっと語弊があるぞ。正確には構造が大事で」
「ちょっとリゼさん! 今大事な商談中なんですけど!」
「あれ? ルファさん? なんでここに?」
「お前、まさか気付いてなかったのか……」
造船所では、すでにその買い手とギルドの職員らしい人物が話し合っていた。そんな場の近くで鉄で空を飛ぶなんて意味不明な話をされたら、怒られるに決まってる。
でまあ、このバカ以外はみんな気付いてると思うけれど、船の買い手ってのは知り合いの商人だった。




