12-20 体力作り
体を鍛える。俺がそう言った途端にナタリアはこっちを向いた。その意味を理解はしてくれると思う。体力がないと戦いはつとまらないもんな。
それからリゼも付き合ってくれるという言葉に、彼女は首をかしげた。
ついでに言えば、俺が足場にしているリゼも同様の動きをした。
「えっと? コータ? つまりどういうこと?」
「リゼもナタリアと一緒に体を鍛えるんだ。お前、体力ないだろ?」
「いやいやいや。そんなことないよー? これでも旅の中で、結構鍛えられてます」
「疲れるってすぐに言うだろ?」
「うぐっ」
「ちょっと距離を歩くってなったら、ユーリに乗せてくれって言い出すだろ?」
「うぐぐ…………」
まあこれまで戦いを切り抜けてきた程度には、最低限の体力はあるのかもしれないけど。けれど、もっと強くなるべきだよな。
その方が俺としても戦いやすいし。いい機会だからリゼにもちょっとは体力をつけてもらおう。俺の置き台としての役割からは卒業だ。
その日は釈然としない表情のリゼを寝かしつけて終わった。そして翌日、さっそく俺とリゼとナタリアとで街の一角に集合。
人気はあまりないから周囲に迷惑をかけることもない、けれどそれなりに広さがある場所を見つけた。ギルドの裏手にちょうどそんな場所があった。
「じゃあ、まずは準備運動から始めるぞ。俺の世界での伝統的な運動だ」
「使い魔の世界?」
「そう。妖精の世界だ。まずは背伸びの運動から」
ナタリアには俺が異世界出身とは伝えていない。説明がややこしいからな。俺がすごい魔法を使えるのはリゼの魔力の供給があるからとだけは言ってる。
俺のせいで妖精の世界の文化が誤解されるのは心苦しくもあるけど、まあ仕方ない。
俺の世界における一般的な準備運動。体育の時間の始めにやったり、ラジオから流れてくるこれに合わせて早朝の公園で老人が集まってやる体操を指導する。
「えー。なになに? コータの世界って、こんな変な動きの運動をありがたがってやってるのー? こんなの余裕じゃない」
腕を左右に振る運動をしながら、リゼが早速調子乗ってる。まあ確かに運動としては軽い部類に入る。誰でもできるのが売りの運動だし。
「準備運動って言っただろ? 今度は走り込みだ」
「え? 走る?」
「そうだ。基礎体力をつけるには、とりあえず走ることだ」
まあ俺も、トレーニングに関しては専門外なわけだけど。でもランニングは運動の基本って言うしな。
というわけで、軽くこのあたりを走ってみることに。
「やだ! 走るの嫌いです! わたしはそういうのとは無縁な生き方をするのです!」
「うるさい走れ」
「むぎゃー! コータのばかー!」
こいつは実際、良家のお嬢様だったからな。走るだけじゃなく運動とは無縁な生き方をかつてはしてたのかも。
でも今は冒険者だ。諦めて走れ。
「ナタリアさんも何か言ってよー!」
「頑張ろう、リゼ」
「むあー!」
ナタリアの方は俺の指導に素直に従ってくれている。
町内ランニングなんて、ナタリアだって経験は今までないわけで。それどころかスポーツの類自体やったことはないかも。
それでも前向きに頑張る気にはなっていたようだ。
期待したとおりだな。
今まで街の人はナタリアに、慰める言葉しかかけてこなかった。サハギンと戦う方針で前向きに生きるよう言う者は、誰ひとりいなかった。
オロゾはそこについて理解していたからこそ、俺達に依頼したのかも。本当にサハギンが出てしまってからもそれは変わらない。
戦うための具体的な方法を指示してやる。あとは適度に褒める。自分はだめな奴じゃないと自信をつけさせる。
隣にバカでロクに体力のないリゼを置くことで、自分も少しはやれるって思わせられるかもとは思ったけど、どうやらうまくいったようだ。
「いいぞナタリア。その調子だ……ちょっと速度を落としてもいいかもな」
「い、いや。できるから。もっといけるから」
「そっか。そうだな。うん。よしリゼ、ナタリアに遅れないようもっと頑張れ」
「無理! むーりー! できないー! にぎゃー!」
駄々っ子のように騒いで、それからついに地面に座り込んでしまったリゼ。仕方がないからナタリアに声をかけて、一旦休憩ってことになった。
リゼの体力は本格的になんとかしないとな。
「疲れた。無理。もう立てない。ここで生きる」
「大袈裟な。せめて道の真ん中で座るのはやめろ。端に寄れ」
時刻的には、まだ朝って言っていい頃合い。一日は始まったばかりだ。
もちろんずっと運動し続けるわけじゃないけど、さすがにリゼがへばるのは早すぎる。
「リゼ。一緒に頑張ろう。大丈夫、あなたならできる」
「な、ナタリアさん。励ましてくれるのは嬉しいんですけど。でもわたし、ほんとに体力なくて……うへー」
リゼはその場でごろんと横になる。おい。はしたないぞ。
ナタリアも目を丸くしてその様子を見ていたけど、ふっと笑顔を見せてリゼの近くに座る。
「なんか、リゼのこと見てたら安心しちゃった」
「へ? 安心? なんでですか?」
「冒険者って、みんなすごい人ばっかりだとおもってたんだけど、そうじゃないんだなって」
「ほうあっ!? そ、それはつまり……」
リゼはすごい人じゃないのに冒険者やれてる謎な奴って事だ。いい加減受け入れろ。
「でも、リゼだってすごいなって思う。こんなリゼでも、なんとか戦場で生き延びられるって。すごくないけど、冒険者やれてるのはすごい」
「あー。褒められてるのかな。えへへ……」
たぶん、褒められてるでいいはず。どう褒められてるのかはわからないけど。
「ねえリゼ。リゼはどうして、今まで戦いの中で生き延びてきたの?」
「え? それは…………コータのおかげかな?」
「そうだな。俺がリゼを守ってきたから、かな」
迫りくる敵を手当たり次第に殺し、飛んでくる攻撃から守った。だから勝ててきたのだと思う。
「でもでも! コータが魔法を使えるのはわたしのおかげなので! わたしの実力でもあるのです!」
「おいこら。それは…………まあそうだけど。お前ひとりじゃ使えないからな」
「うー……」
「つまりそれって、このふたりだからすごいってこと?」
ナタリアに言われて、俺達は顔を見合わせた。
ロライザにも言われたことはある。リゼが俺を呼び出してしまった事は幸いだったと。あれは、世界にとってという意味だっただろうか。
けど、当人である俺達にとっても、幸いな事だったのかもしれない。




