12-19 仕方ないこと
たぶんだけど、寝て目覚めて、自分のやった事を改めて思い出したのだろう。
悪いことやったとは自覚しつつも、素直に謝ったり何もなかったように接するのは無理。目覚めてしまったのを見られた以上、寝たふりをするのもできない。
だから、さっきみたいに黙りこくるしかなかった。
「ナタリアさーん。ちょっとこっち見てください。布団の隙間から覗くだけでいいので」
リゼはそう言いながら、枕元に置いてあるナイフを手に取る。
「消失魔法って知ってますか? ものすごく優秀な魔法使いしかできないんですけど、実はわたしはできるのです。よく見ててくださいね」
握っているナイフは、リゼの手には少々大きいもの。でも関係ない。
「ナイフよー。消えろ!」
手を振った一瞬でナイフを隠す。まあ服の中に隠しただけなんだけど。
暗がりな上に布団の隙間なんて、視界の制限されているナタリアにとっては消えたようにしか見えないわけで。
「ちょっ! シャーダ!?」
中にいる使い魔が消えたのかと、ナタリアは慌てて起き上がった。そんな彼女にリゼは笑顔でナイフを手渡した。
「驚かせてすいません、ナタリアさん。でも、こうしたら元気になってくれるかなって思って」
「…………」
「落ち着いてお話ししませんか? ナタリアさんの事情は聞いていますけど、でも人から聞いただけです。ナタリアさんの口から聞きたいなって」
「……………………わかった」
ベッドの上で膝を抱えた姿勢で座りながら、彼女はぽつりぽつりと話し始めた。
「十年前、わたしは七歳だった。ううん。もうすぐ七歳になるあたりの時期に、あの事件は起こったの」
もうすぐ誕生日。この世界でも子供達は、両親や親しい人にお祝いをしてもらえるこの日が大好き。もちろんナタリアも同じ。
両親がサハギンに連れていかれた日の昼も、母は誕生日になにか食べたいものはあるかって聞いてきた。ささやかな祝い事をする予定だったらしい。
ナタリアはそれを楽しみにしていた。それを、あの魚の怪物はぶち壊してしまった。それだけ。
「なんであの日だったんだろうって、ずっと考えていた。ただの偶然だけど、だからこそ巡り合わせが悪いって」
「そっか。それは辛いですよね。幸せな気分から、一気に不幸になったんですから」
「それに……どうしてパパとママが一度に死ななきゃいけないんだって。それもずっと…………わからなくて」
両親は酔客を家に送る途中で襲われた。でも、そんなのはどちらかひとりだけで行けばいい話。
ふたりとも一度に失うのは、確かに理不尽なお話だ。
「それに、わたしは両親の仇を討ててない。大人達がいつの間にか、憎いサハギンをみんな殺してしまった」
「本当はナタリアさん、自分の手で一匹ぐらいは倒したかったんですね」
ナタリアは顔を伏せながら無言で頷いた。ベッドには水滴がポタポタと落ちている。
だからあんなに必死だった。仇を討つと叫んでいた。
ナタリアは幼かく、危険な生物のいる場所には連れていけない。だから仕方がない。
サハギンによる被害が増える前に、一気に殲滅させないといけなかった。だから仕方がない。
討伐は予想よりあっさり終わり、街には平和が戻った。サハギンの事は昔あった出来事として記録に残り、それで終わり。だから、仕方ない。
仕方ないの積み重ねで、ナタリアの悲しみは世間から取り残され、時々かけられる言葉といえば可哀想な相手に対する憐憫だけ。
その後、ナタリアは確かにサハギンを見たのに、誰も信じようとしなかった。
終わった事だから。可哀想な被害者だから。そんな幻覚を見ても仕方がない。
この十年間、ナタリアはそうやって憎悪を肥大化させてきた。
「それでもサハギンがいたっていう島に行って、本当にみんな死んだんだって知れたら、諦めがついたかもしれない」
「でもその前に、本当にサハギンが出てきちゃったですもんね。大変ですよね」
諦めかけていた仇討ちが本当にできるとわかった。間が悪く武器も持っていた。使い魔も多少は魔法を使えるようになっていた。
そうなれば、必死になるのは当然か。素人の戦いのために、周りに還って危険が及んでいた事実から目をそらすわけにもいかないけど。
「そっか。…………そっかー。どうしようかなー」
一通りの話を聞いてから、リゼは改めて頭を抱えた。
ナタリアが落ち着いているのはいいとして、現状を解決する方法は特に思い浮かばないらしい。
「よしリゼ。俺にバトンタッチだ」
「ばとんたっち? なにそれ」
「…………交代しろって意味だ」
この世界に、陸上競技のリレーは存在しない。バトンも存在しない。コータ覚えた。
それはいいとして、俺はリゼの頭の上からナタリアに話しかける。
「なあ。さっきの自分の戦いぶり、振り返って我ながらどう思う?」
「それは…………」
そのまま黙り込んでしまった。つまり、言いたくない。評価に難しい。主に褒めるところがない点が。そういうこと。
「そうだよな。酷かったよな」
「ちょっとコータ! そういう言い方は失礼じゃないかな!?」
「ぐえー。やめろ。苦しい。事実だから仕方ないだろ……」
落ち着いて続きを聞け。俺の必死の訴えに、リゼは握りしめる手を離してくれた。
「いいかナタリア。わかってほしいのは、戦いの場には素人はいちゃいけないって事だ。戦えない人間を守る余裕はなかなかないし、足手まといが出来たらそれだけ誰かが傷つく危険が上がる」
ナタリアは俺の話を黙って聞いていた。言い返す事もないからな。
「だから、戦場に立つのはちゃんとした兵士だけであるべきなんだ。それなりに場慣れした、優秀な人だけ」
かすかに、立っている場所が揺れた気がした。つまりリゼが頭を動かしたわけで。見れば自分が優秀だと呼ばれた気がしたらしく、ない胸を張っていた。
「リゼみたいなバカは例外中の例外だ。俺のおまけと思ってていい。俺が全力で守ってるから、死なずに済んでる」
「ほあっ!?」
「リゼ単体だと、本当に無能なただのバカだからな」
「ぐぬぬ…………言い返せない……わたしが活躍できているのはコータのおかげです。はい……」
わかってきたようで大変よろしい。相変わらずのやりとりに、ナタリアはまたくすりと笑う声をあげた。
俺の説得は結局、ナタリアを抑えつけてきた、仕方ないという言葉の反復にすぎない。だからナタリアの想いを根本的に解決させるには至らない。
解決には今後の努力と、それから今どうにかしてナタリアを元気づける必要があった。
だから、俺は次にこう提案した。
「ナタリア。体を鍛えよう。リゼも一緒に鍛えてくれるってさ」




